6

隠れ穴に到着してから、私は隠れ穴をあっちこっち散策して回ったていた。



「ここがロンの部屋ね! 入っていい?」

「ああ、いいよ」



『ロナルドの部屋』、と描かれた看板が引っかかっている扉を開ける。中は切妻の斜め天井で、ロンは頭をぶつけそうだったが私は余裕だった。あれ……私……泣いてないよ……?

部屋は一面オレンジ色だった。びっくりして瞬いてよく見ると、オレンジ色に見えていたものは、全部壁に張られたポスターだった。ロンの贔屓にしている、チャドリー・キャノンズのチームだ。呪文の教科書が部屋の隅に積まれており、マンガがその隣に山を作っていた。床には勝手にシャッフルするトランプが無造作に散らばっていた。THE・男の子の部屋ってカンジがして、思わず笑みがこぼれる。



「ど、どうかな」

「ふふ、友達に見られるからって慌てて片付けたりしない辺り、ロンってほんとに素直よねえ」

「だってそれは……アシュリーだし」

「私が女として見られていないことがよく分かったわ……」

「?」



別に意識されたい訳じゃないけど、なんというか、もう流石ロンである、という感じだ。ごちゃごちゃになってるベッドを見やりながら、しみじみと頷く。

ふと、足の裏に何か踏んだ感触。足の裏を見てみると、なんてことない、蛙チョコレートのカードだった。拾い上げて見ると、『アレイスター・クロウリー』と書かれたカードだった。カードの中には、ガリガリの老人が険しい顔つきでこちらを睨みつけている。ふむ、名前くらいは生前でも聞いたことがあるくらい有名な男だ。こちらの世界では今は廃れた儀式魔術の使い手だったらしい。



「ああ、それ。この間当たったんだ。結構レアなんだ」

「だったらファイリングするなりすればいいのに」

「六百枚もあるんだぜ? 日が暮れちゃうよ」



と、言いながらロンは蛙チョコレートのおまけカードの束を見せてくれた。ファイリングどころかゴムで止めるとかもしないその保管方法に驚いてしまう。いやこう……レアカードって聞くとさ、こう、ちゃんと保存した方がいいんじゃないかな的なね……。

しばらく、ロンと二人でカードを眺めて楽しんだ。クロウリーに始まり、ダンブルドア、タダイ・サーケル、キャラドック・ディアボーン、腐ったハーポ、ゴドリック・グリフィンドール、ファルコ・イーサロン、ニコラス・フラメル、レティシア・ソムノールンズ──……確かにこれだけの量を綺麗にまとめるのは大変だろうと思える、膨大な量のカードがあった。



「よくこれだけ集めたわね」

「大変だったよ。特に、創設者なんかはとってもレアリティ高くって、誕生日とかに、たっくさんの蛙チョコレートをねだってようやく手に入れたんだ!」



どこか誇らしげに言うロンに、やっぱり男の子だなあ、とまたも笑みが込み上げる。くすくす笑っていると、ロンが機嫌を損ねたように唇を尖らせたので、私は部屋を見回しながら、言った。



「ここ、とっても素敵な部屋ね。あなたらしいわよ、ロン」



そう言うと、ロンは耳まで真っ赤にした。

次は双子が自分たちの部屋を案内すると言い出したが全力で遠慮した。私はまだ五体満足でいたい。逆にパーシーは部屋に籠って中には入れてもらえなかった。ま、彼こそお年頃だしね、ウン。

ジニーの部屋は花柄のカーテンや手作りと思われるベッドシーツなどが映える、なんとも可愛らしい部屋だった。だが、本人と一緒に居ることはできなかった。なんせジニーは私と居ると顔が真っ赤になり、物をひっくり返し、無口になり、逃げ出したりするからだ。私は女なのでジニーと一緒に寝泊まりしなければならないのに、ジニー本人が逃げ出してしまうので、私はジニーの部屋で一人で寝て、ジニーはウィーズリーおばさんとおじさんの寝室で寝ることになってしまった。なんでやねん。



「仕方ないよ、ジニーは君のファンなんだから」

「それもう何度も聞いたわよ……」



朝、起きて身支度をして朝食に降りると、ロンにそう茶化される。当のジニーはオートミール用の皿をひっくり返していた。双子はまだ寝ているらしく、テーブルにはロンとジニーとウィーズリー夫婦しかいない。



「おはようございます。お手伝いしますよ」

「おはようアシュリー。ああ、いいのよ座って座って。お客様なんだから、そんなに気遣わなくたっていいのよ。ここはあなたの住んでる、マグルのお家じゃないんだから!」



別に私は無理矢理労働を強いられていたのではないのだけど……なんて思う間に、おばさんは私を席につかせて、空いている皿にソーセージを五本も流し込んできた。食えない、おばさん、優しさは嬉しいけどこんなに食べれないよ。

すると、双子が今起きました、とばかりの顔で入ってきた。すごい寝ぐせだ、顔も洗っていないようだ。



「わっ」

「いけねっ」



私の顔を見るなり、双子は慌てて洗面所へ駆け込んで行った。おやおや、なんてにやにやしてしまう。ロンは不思議そうに首を傾げていた。



「二人とも、どうしたんだ?」

「私のせいだと思うわ」

「……どういうこと?」

「──全く、これだからロニー坊やは」

「──そんなんじゃ、アシュリーに愛想尽かされちまうぜ?」



双子がマッハで着替えて身支度を整えて戻ってきて、席に着いた。ロンは相変わらず首を傾げている。こんなんで本当に大丈夫だろうか、主にあと四年後とか。



「おいおい本気かよ。ひでぇもんだな」

「ああ。まだジニーの方が男心分かってるってもんだぜ」

「何のこと?」

「フレッドッ! ジョージッ!」



ジニーが顔を真っ赤にして言うが、私とバッチリ目が合うと、慌てて俯いた。可愛い。ねえ可愛いんだけど。フレッドとジョージは顔を見合わせて、肩をすくめてみせた。



「ロン、お前正気かよ。あのアシュリーだぜ?」

「あのアシュリーが、ウチにいるんだぜ?」

「星は見れても、引っ張って取ることはできないんだぜ、ロン」

「やれやれ、誰に似ちまったのやら、だ」



が、ロンは首を傾げるばかりだった。うーん、流石ロンっていうか、なんていうか、うん。流石だわ。私を女として見てるんじゃなくて、友達として見てるのか。多分、ハーマイオニーもそうなんだろうなあ。そんな鈍チンだから、あと四年後苦労することになるんじゃないか。

そのわりに一年生の頃、ロンは私の恋愛事情に関してはどうもお節介だった。多分、ジニーと同じような扱いを受けてるんだろうな。全く、人に気を回す余裕があるなら、少しは自分に回せばいいものを……まあ、それもロンにはまだ早いことか。

意外だわ、と私は双子に向かって零す。



「寧ろ、あなたたちの眼に私が女の子として映っていることの方が驚いたわ」

「そりゃあだって、なあ」

「君、自分の顔を鏡で見たことないのか?」

「あなたたちに、そこまでの洒落っ気があるのが驚きだって言ってるのよ」

「おいおい見くびってもらっちゃ困るぜアシュリー」

「僕らにだって、浮ついた噂の一つや二つぐらい……」

「あら、ミセス・ノリス以外のお相手がいたなんて、知らなかったわ」

「「ミセス・ノリス!」」



双子は苦しげに呻いた。フィルチは撒けても、ミセス・ノリスの動物的勘には逃れられなかったらしく、かなり痛い目にあっていた。まあキッチリお返しはするあたり、流石転んでもタダじゃ起きない二人である。



「そうだ、アシュリー。これからクィディッチの練習にいかないか?」

「最後に箒に乗ったのは試験前、だなんて知ったらウッドの奴、白目剥いて倒れちまうぜ」

「行きたい! で、でも、場所が……」

「任せろよ。高くは飛べないけど、とっておきの練習所があるんだ」

「僕も行きたい!」

「いいぜ、来いよ。じゃあ決まりだな。飯食ったらすぐ行くぞ」

「あ、でも待って」



私はトランクの中に押し込んだ荷物を思い浮かべながら考えた。



「どうした?」

「私、スカートかワンピースしか持ち合わせないのよ」

「グリフィンドールのユニフォームを着ればいいだろ?」

「目立つじゃない」

「誰も見ないからいいじゃないか」

「そうだよ。みんなアシュリーのユニフォーム姿は見慣れてる訳だし」

「ジニーとお袋以外はな」



双子はいちいちジニーをからかわないと気が済まないらしい。ジニーは髪の色と同じくらい真っ赤になって、オートミールの皿に顔を突っ込むようにして食事をしていた。

それから四人で着替えてから、箒を担いで丘の上にある牧場へ向かった。何と此処もウィーズリー家の私有地らしい。すげえ。牧場は木立で囲まれており、高く飛ばなければ練習が出来るらしい。なにそれ豪華。兄弟たちはいつもここでクィディッチの練習をしていたのだとか。いいなあ、ほんと楽しそう。ニンバス二〇〇〇に跨って地面を蹴ると、髪を撫ぜる懐かしい風に抱かれた。ああもうこれだよこれ。ほんと、ここ数カ月まともに箒に乗って無かったからなあ……。



「腕は落ちてないみたいだな、アシュリー」

「だといいんだけど」

「なあ、ちょっとニンバス二〇〇〇に乗ってもいいか?」

「ずるい! 僕も乗りたい!!」

「ええ、いいわよ」



しばらくは交代でニンバス二〇〇〇に乗って遊んだ。私も三人の箒に乗ってみたが、ニンバス二〇〇〇の性能の高さを噛み締めるしかなかった。ロンの箒の『流れ星』は、側を飛んでいる蝶にさえ追い抜かれていた。『流れ星』という名前は早急に改める必要があるのではないだろうか。

そこから林檎でキャッチボールをしながら日が暮れるまで遊んで、薄汚れて隠れ穴に帰宅した。汚れて帰った私を見たおばさんは私を即効風呂へ突っ込んだ。隠れ穴のお風呂は、天井から壁までいびつに歪んでいて、所々古めかしいのにちっとも汚れていないという、なんとも不思議な空間だった。おばさんがくれた魔法界のシャンプーを使ってみたが、ワンプッシュでものすごい泡が立った。しかもクッションみたいに弾力のあるショッキングピンクの泡で、洗い流すのにメチャメチャ時間がかかったが、髪がツヤツヤになった。さっすが魔法界。



「この癖っ毛も魔法で直らないものかな……」



お風呂上がり、バスタオル一枚で鏡を見ながらそうぼやいてしまう。パパそっくりの黒の癖っ毛は、猫っ毛っぽくて、とにかく真っ直ぐにだけはなってくれない根性曲がりだった。再来年ハーマイオニーが直毛薬みたいなの使うし、分けてもらうかなあ──その瞬間。



「だらしないぞ!! さっさと服を着ろ!!」

「!?」



鏡が喋った。思わずびっくりして尻もちをついてしまった。多分、家に住み着いていると言う屋根裏お化けだ。鏡の裏側にいるのだろう。にしても風呂にまで出てくるのか、ちゃんと名前通りに屋根裏にいろよ。

ほんと、ダーズリー家とは大違いだと思う。だけど、この温かい空間は、とても居心地のいいものだった。みんな親切にしてくれて、とても楽しい生活だ。ここが帰る場所だったらいいのに、とさえ思う。そんな、どうしようもないことを、思ってしまった。





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One may look at a star but not pull at it.
=高嶺の花、的なニュアンス


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