19.5

こういう時、俺の親友は非常に厄介極まりないことを思い出す。



『ねえ君なんか隠し事してない?』

『ホムンクルスの面倒? その程度で君をマグルの街に一人、大人しく閉じ込めておけるもんか』

『なあ、せっかくの夏休みだぜ。家にいるなんて一秒だって損だ!』

『どうしてもホムンクルスの傍から離れられないって言うなら、良い手がある』

『──僕が遊びに行く分には良いだろう?』



ここ最近、ジェームズから届く手紙の数々に、俺は頭を悩ませていた。どうも我が親友はどこへも遊びに行かずにマグルの町にある家に引きこもっている俺を、非常に怪しんでいるらしい。当然だ、毎年毎年飽きもせず親の目を盗んではあの家を飛び出してジェームズの家に転がり込むなり漏れ鍋に泊まり込んでいた俺が、今年に限っては『授業の一環だからな』の一点張りで遊びの誘いを全部蹴ってるんだから、当然と言えば当然の反応だった。

幸いジェームズには家の住所を教えてなかったので──どうせ教えてたとしても一人では来れないと思うが──、突如家に突撃される心配はさほどしてない。ただ、ジェームズの勘の良さにはほとほと参った。どんなに足掻いたところで俺は来月ホグワーツに帰り、あいつと顔を合わせなきゃなんねえ。そうなると、当然ジェームズは根掘り葉掘り聞き出すだろう。夏休みの間、一体何をしていたのか、と。まさかホムンクルスに未来から来た俺の知り合い(?)が入り込み、その女と二人で一か月半俺の家で過ごしながら時間旅行の研究に着手していた、など。口を滑らせたらフラメルに消される。記憶で済めばいいレベルだ。俺は今、魔法界最高機密の事件に首を突っ込んでるのだから。



「おっす。突然だが泊まり込みで試験やっぞ」

「突然すぎやしませんかね」



だから、昼飯にあいつの焼いたピザ──塩辛い魚卵とチーズともちもちした米の加工品が乗ったピザは悔しいが絶品だった──を食ってる時、突如現れたフラメルがそんなことを言い出した時、チャンスだと思ったんだ。聞けばこいつ、アシュリー・グレンジャーは編入試験を受けるために家を空ける必要がある。その間女の面倒はフラメルが見てくれるから、俺は一泊二日だけ自由の身になると分かった。

一泊二日──時間にしてみれば些か短いが、アリバイ作りには十分だ。要は『俺だって遊びに行きたかったのにそれができなかった、今回フラメルに我儘言ってようやく要望が通った』という体でジェームズに会いに行けば、あいつを納得させるには十分な材料になるのではないか、と。どうせジェームズんちのおじさんおばさんには無事家から出れたことを直接報告したかったし、丁度いいタイミングだと思った。そのことを伝えればフラメルは少しばかり考える仕草を見せたが、すぐに頷いてみせた。



「なるほどな。ま、いいんじゃねえの? 二日目の夜には帰って来いよ」

「分かってる。ったく、めんどくせー奴だよ、あいつも」



言いながら、俺はピザを胃に押し込む。そうと決まれば早速ジェームズにふくろう飛ばさねえと、こいつがいなくなるのは一週間後、夏休みも半ば。息抜きにしちゃ些か短すぎるが、文句は言えない。ただでさえこの間、マグルの街に出るだけでトラブルに見舞われたんだ。大人しく、ジェームズんちに顔を出す。元気な姿を見せる。ホムンクルスの世話は予想以上に大変で家を放れる暇が中々ないことを伝える。それが俺の、息抜き兼任務だ。

──浮かれすぎないこと。それはもう、あいつらに追いかけ回された日に十分理解したから。



「けど、どうやって行くつもりだ? そもそも、ポッターってどこに住んでんだ?」

「ゴドリックの谷。俺んちの暖炉、煙突飛行ネットワークは繋いでねえから漏れ鍋から行くつもり」

「なるほどな。道中、トラブルに巻き込まれないようにしとけよ」

「流石に学んだっつーの。人避けのルーンかけてく」

「おい、未成年」

「元々服に刻んでるのがあるんだよ」

「賢しいねェ」



フラメルが呆れ半分で返す。女は何も言わず、黙々とピザを頬張っている。特にこの件で口出すつもりはないらしい。家を出て他人に気を使わなければならないのかと辟易したものの、女は俺のやること成すことにいちいち口出ししないのでまだマシだと思ってる。

そうしてフラメルは一週間後迎えに来ると言い残し、俺たちのピザをちょいちょいとつまんで帰っていった。明日の分まで食いやがって、とアシュリーはぼやいている。どうせまた何か作るから良いだろ、と思いながら俺は今日も今日とて皿洗いを始める。今日は比較的洗いもんが少なくて助かる。スポンジと洗剤を手に、こんな姿をジェームズに見られた日には死ぬほど馬鹿にされんだろうなあ、と思った。あいつ、おばさんの家事手伝ってるとこ見たことねえし。全く、親不孝者め。





***





その後俺はジェームズにふくろうを飛ばし、来週そっちに行ってもいいかと連絡した。夕方になる頃には返事はすぐに返って来て、『そんなに家に来られたくないなんて、家に何を連れ込んだんだ?』とかいう中々に鋭い一文は綴ってあったものの、両親には話を付けたからいつでも来い、と〆られていた。この分だと直接会った時に問い詰められそうだと、嫌な予感がする。あのリーマスやピーターならまだしも、あのジェームズ相手に一芝居打つとなるとこちらもそれ相応の準備が必要だった。まあ、一週間の猶予はある。せいぜい上手い言い訳を用意して行くつもりだ。



「えっ何──うわっ、」



すると、ベランダで煙草吸ってるアシュリーの声に、ジェームズの手紙──というかほとんどメモに走り書きしただけのものだが──から、俺は顔を上げた。ふくろうが六羽ほど、でかい荷物を足に括り付けてベランダに置き去りにして去っていくところだった。おかしい、ふくろう通信で買った食材やらは朝方届く。こんな時間に、一体何だ。見てみればアシュリーにも覚えはないようで、煙草の火を消して訝し気に荷物の方を見にきていた。



「……君宛てだ」

「は?」

「アルファード・ブラック……君の叔父じゃないっけ」

「アルファード!?」



予想外の名前に、俺は慌てて包みの宛先を見る。……本当だ。この字、住所、間違いない。アルファードからの荷物だ。俺が両腕で抱えるほどの包みだが、一体何を送りつけてきたのやら。俺は荷物を部屋の中に運び入れる。持ち上げてみたが、そこそこ重い。あのオッサン、また妙な発明品を送って寄越したんじゃねえだろうな、と思いながら包みを破いて中身を見る。

……なんだこれ。包みには箱が入っていた。ガラスケース内には黒い円盤があり、針のようなものが刺さっている。包みの底には、似たような黒い円盤がいくつも入っている。ケース内の円盤の中央には『Sheer Heart Attack』と刻まれている。



「は? レコード?」



テーブルに荷物を広げる俺を見て、アシュリーはまるで歴史上の遺物でも見るような目つきで、俺の手の中にある黒い円盤を見ている。



「セックス・ピストルズ、ザ・クラッシュ、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン──ロックばっか──おおー、クイーンもある」



円盤をいくつか見ながら、聞いたこともない単語を並べる。ぽかんとする俺の視線に気付いたアシュリーが、顔を顰める。



「何?」

「お前、これが何か分かるのか?」

「……魔法界ってレコードもないんだっけ。蓄音機だよ」

「こ──このちっせえのが!?」

「で、こっちがレコード。蓄音機で音楽を再生できる」



これが、と黒い円盤と箱を交互に見やる。蓄音機ってあれだろ、でっけえ金色のスピーカーがついてるやつ。魔法がかかってて、好きな音楽を鳴らせるやつ。こんな薄っぺらい箱で同じことができるのか、ふうん。

そういやアルファードへ、暇潰せそうなモン寄越せってこないだ手紙出したんだっけか。得体の知れない発明品ではないようなのでそこは一安心だが、どこからどう見てもマグルの──なんつったけ──気電、違うな、電気製品だ。どうやって使うのか、見当もつかない。ようやく洗濯機と掃除機の使い方に慣れてきたが、まだまだマグルの機械には慣れない。操作が複雑とか分かりにくいとかいうわけじゃなく、例えば『どらいやー』なんかを使ってると、杖があればすぐなのにとやきもきするからだ。マグル式は何をやるにも時間がかかる。



「……どうやって使うんだよ、これ」

「知らないけど……多分こうじゃないの」



肩を竦めながら、女は顔を顰めたまま箱から線を引っ張り出して壁に繋いだり、円盤を張りの上に載せたりガラスケースを開け閉めしたりする。すると──。



「!」



箱から音が鳴り始めた。ジャカジャカと、弦楽器や打楽器の音がこれでもかと詰め込まれたような、なんだかごちゃごちゃした音楽。アルファードってこんな趣味だっけか。



「……変な曲」

「天下のクイーンも、魔法使いには通じない、か」



思った通りの感想を呟けば、鼻を鳴らして、アシュリーはどこか小ばかにしたように笑っていた。こういう時に雑談を挟んでくるなんて珍しい、そう思いながら俺は会話を返してみた。



「そんなに、有名なのか?」

「向こう何十年と語り継がれる伝説のバンドだよ。全世界が夢中になった」

「ふうん」



音の鳴る箱を見て、相槌を打つ。

夢中に“なった”──か。この円盤がどれだけマグルの人間を熱狂させてるのか、知らない。どれほどの価値なのか、このぐちゃぐちゃっとした音楽を聴いてても、よく分からない。だが、アジア人のこいつも知るほどのアーティストと考えれば、どれほど影響力があるのかは何となく想像はつく。だが、それすらもこいつにとっては、『過去』なのだと思い知らされる。俺にとっては耳慣れないモノながらも目新しいそれも、そいつにとっては見知った曲。とんとんと、流れてくる音楽に合わせて指でリズムを刻むアシュリー。たったそれだけなのに、よく分らねえ苛立ちが、腹の底でぐるぐると唸り声を上げる。

アルファードの奴、こんなのの何がいいんだか。頼んどいてなんだが俺の趣味じゃないな、と思いながらテーブルの円盤を片付けて、ラテン語で綴られた時間魔術の小論文を引っ張り出す。今日中にこれを訳し切りてえ。耳障りな音楽を止めようかと迷ったが、リズムを取りながらもダンブルドアが送って寄越した古代ギリシャ神話の本を読むアシュリーを見ると、その気も失せる。仕方なく、本当に仕方なく、俺は黙って円盤が奏でる音を耳にしながら頭が沸騰しそうなほど難解な時間魔術の基礎知識を叩き込むのだった。



『I'm just a just a new man Yes you made me live again──』



ふと気付くと曲が変わって、そんな歌詞が耳に飛び込んできた。じゃかじゃかと煩いぐらいに弦楽器が鳴り響き、もはや聞きなれた男の声がそんなことを紡いでいる。なんだかホムンクルスのことを差してるような気がして、ふっと笑みが零れた。



「この曲、俺らっぽい」

「……最後まで聞いて同じこと言えるか、見物だね」



対してアシュリーは呆れて物も言えないとばかりに顔を険しくさせていた。ノリ悪い奴、誰のために聞かせてやってると思ってんだ、そんなことを考えながら羊皮紙を捲り羽根ペンを走らせる。

──だがこいつの言う通り、最後まで聞いて自分の言葉を撤回するのに、三秒とかからなかった。


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