1.5

「お前なんか──お前なんかっ、産まなければよかったッ!!」



それが、生きた母親の、最後に聞いた言葉だった。

もうたくさんだった。息の詰まるようなこの家も。子守歌代わりに聞かされる純血主義も。俺をブラック家の嫡男としてしか価値を見出せない親戚も。打ち首を望む気の狂ったハウスエルフも。聞き分けのない弟も。血を守ること以外に関心を示さない父親も。ただの一度も、“シリウス・ブラック”の在り方を鑑みることもなかった母親も、何もかも。

だからこの家を捨てると決めた。それこそ、ホグワーツに入学してから、ずっとそのチャンスを狙ってた。方々に声をかけて着実に準備も進めてきた。ジェームズ、リーマス、ピーターだけじゃない。俺にとっては先駆者とも呼べるアンドロメダに、その夫であるテッド、それからエリックに、バブリングのバアさん──後者二名は協力者に数えていいか微妙なラインだが──、そして何より、資金援助をしてくれた叔父のアルファード。みんな背中を押してくれた。みんな、自分のために生きろと言ってくれた。待つこと十六年、決して短い年月じゃなかった。だが、ようやく準備が整った。心配性のリーマスはあと一年待つべきだと忠告した。当然だ、俺はまだ未成年で、外で魔法を使うことを許されない。大人としての権利を認められない状態で無謀なことはするべきではないと。その言葉も尤もだと、頭では理解していた。だが、それ以上に、あと一年こんな家に閉じ込められることを良しとするほど、俺の気は長くなかったというわけだ。だから俺はこうして、この辛気臭いグリモールド・プレイスから飛び出すのだ。今日、今。俺はこの家から、解放される。

無論、静かに見送ってくれるような殊勝でお優しいご家族であるはずもない。ホグワーツ特急に乗って帰ってきたのが数時間前。荷物をまとめてそのまま家を出ようとする俺を目ざとく見つけた母親は、何時間もギャンギャンと喚き立て、俺も負けじと対抗する。いつしか泣き崩れる母親を案じたレギュラスが慰めるも、俺はその光景に何の心苦しさも抱かなかった。仮にだが、天と地が交わるぐらいありえないことだが、もし仮にこの女が『俺という息子を失うこと』に対して涙していたとしたら、なけなしの良心の一つでも傷んだのかもしれない。しかし、現実は違う。この女は息子を失うことが悲しいから泣いているのではない。自らの肉体から俺みたいな出来損ないを産み落としたという、その情けなさやら悔しさやらでヒステリックに泣き叫んでいるのだ。それが理解できるから、一層胸糞が悪くなる。吐き気すらもよおす母親の姿にも、母親を哀れむように抱き締めるレギュラスも、全部全部全部!!



「……一生そうやってろ。どうせ、分かりっこない」



そうして、広間を後にする。自分の部屋に荷物を取りに行き、トランクを引っ張って玄関に向かうが、その間誰かが引き留めに来ることはなかった。途中、クリーチャーが立ちはだかったが、主人たる俺に逆らえるはずもない。命令で下がらせ、俺は階段を駆け下りる。もうすぐだ、もうすぐで自由になれる。

だが、玄関のドアノブに手をかけたその時、背後に迫る足音を聞いて振り返った。



「後悔するぞ」



重々しく、一言そう言ったのは血を分けた父親だった。毎朝毎朝、こいつに似た顔に成長する自分をどれほど疎ましく思っていたか知りもせず、偉そうなことを言いやがる。うるせえ、うるせえ、うるせえ! 何も知らねえくせに! 俺がどれだけ、この家に生まれて後悔したか!!



「これよりお前は、ブラック家の一員ではなくなる」

「ハッ、願ってもない申し出だな」

「もう二度と、この家に戻ることは許さん」

「頼まれたって戻るかよ、こんなクソみてえな家」

「お前は未来永劫、“家族”を失うのだぞ!!」

「その“家族”の言葉を、一回でも本気で顧みたことがあったかよ!!」



下らねえ。誇りだとか血筋だとか家族だとか。耳障りのいい言葉で縛り付けようとして、ただの一度でも俺の言葉に耳を貸したことがあったかよ、クソ親父。お前らは狂ってる。純血主義なんて馬鹿馬鹿しい。本当におかしいのはこの家だ。そう言った俺に、お前らはどうしたよ。坊ちゃんは気が触れてる? いやいや若い故の迷いだろう? グリフィンドールに入ったせいだ? 育ちの悪い連中とつるんでいるせいだ?

そうやってあれが悪いこれが悪いと、ギャアギャア勝手に喚き立てて、自分たちに非があるなんて一度だって考えたことのない、その面の厚さがひどく腹立たしかった。どうしてそんな風に生きていられるのか、ちっとも分からない。まるで別の生物みたいだ。俺だけが人間で、周りの魔法使いがまるで人の姿を模した別の何かにしか見えないほどに──尤も、それは向こうから見てもそうなんだろうが。

だから行くんだ。俺は俺と同じ生き方をする人の元へ。

お前らは一生、この薄暗い家の中で好きに清らな血を混ぜ捏ねていればいい。



「……では、お前がこの家の敷居を跨げぬよう、呪いをかける」

「どうぞお好きに」

「私は忠告した。お前は必ず後悔するぞ、シリウス!」

「ご忠告痛み入るぜ、お父上様」



──後々になって思い返してみると、意外にも、父親は引き留める素振りは見せなかった。思えば、何かと付けては俺をレギュラスと比較しては慟哭していた母親と違い、父親は俺に対して関心を見せなかった。理由は単純だ、長男を失っても優秀な次男がいるから、俺個人に執着する理由がないのだ。『ブラック家の人間として、恥ずべき行動を取るな』──父親が俺を嗜める時は、決まってそんな言葉ばかりだった。口を開けば『我が骨肉の恥』だの『産むべきではなかった』だの『一族の面汚し』だのと、ただただ罵倒するだけの母親に比べれば、なんとお優しい言葉だっただろう。

だが、その程度で父親に情の一つでも生まれるかと言われれば、全くそんなことはない。引き留める気のないことを察し、俺は父親を残して玄関から飛び出した。手にはトランク一つ。これより先、この家に戻ることはなく、俺は未来永劫家族を失ったらしい。だが、それがどうした。叫びたくなる気持ちを抑えながら、俺は真っ暗のグリモールド・プレイスを往く。夏の夜空は、俺を祝福しているように輝いて見えた。





***






それから俺は、マグルの汽車──リーマスは何て言っていたか、サブウェイ? とかいったか──に乗って、ノッティング・ヒルへ向かう。地図を頼りにトランクを引き摺りながらしばらく歩いていくと、閑散とした住宅街に出る。一見、人気のない通りだが、路地の奥の奥、暗がりには何かが蠢いている。耳を澄まさずとも聞こえてくる、悪態、侮辱、そして差別的なワードでの罵り合い。どこの世界も似たようなもんだ。ここ最近は治安が悪いから、というテッドの忠告をしっかりと聞き入れていた俺は、胸元で輝くウルとマンのルーンを指で弾く。バアさんの性格は素直に褒められたモンじゃないが、鍛え上げたルーン魔術は一級品だ。人避けのルーンはしっかりと効力を発揮しており、誰からも絡まれることなく、トランクを引き摺って進んでいける。

その時、目の前を通り過ぎた看板の内容に、二歩三歩と戻って目を凝らす。



「リンデン・ガーデンズ──此処か」



『リンデン・ガーデンズ』、此処が今日から俺の住む家。

ホグワーツに居る関係上、在学中に自力で借家を確保できないと踏んだ俺は、適当なフラットを見繕ってほしいと予めトンクス夫妻に頼んでいた。俺はどこでもいいと言ったんだ。言ったのに、良い家を押えた方がいいと言って聞かなかったのはアンドロメダで、ふくろう便を山ほど飛ばしてまで候補のフラットの間取り図を送ってよこしたのはテッドだった。どうせ夏休みの間しか帰らない、気に入らなきゃ卒業後に引っ越すと言ったのに、やれ交通の便は気にしろだの周りにマーケットがあるかは大事だのと言い始め、結局此処、リンデン・ガーデンズに決まったのは、夏休みが始まるほんの三週間前だった。屋根と壁があればいいだろとは、入居の手続きどころか引っ越しをまで手伝ってくれた二人には言い出せない程度には、俺にも分別はあったわけだ。

とはいえ、俺一人では学校の外で魔法を使うことも、生きていくための金を稼ぐことも、フラットを契約することもできなかったわけだ。どれだけよい成績を修めても、外じゃ何の役に立たないことを改めて思い知った。だが、そんな無力な俺を、手助けしてくれる人がたくさんいた。

だから俺は、この家に足を踏み入れることが出来るのだ。



「……静かだな」



新しい家。俺の、帰る場所。

誰もいない家に足を踏み入れるというのは、なんだか不思議な感覚だ。いつだって、俺の帰る家には誰かいた。グリモールド・プレイスにしろ、ホグワーツにしろ。けれどこの家には何もいない。しいんという音さえ聞こえてくるような、夏だというのに寒気がする静けさ。今まで誰一人、この場所に足を踏み入れたことのないような、張り詰められた空気が、ドアを開けて尚そこにあった。

だが、部屋は予想以上に片付いていた。片付いているどころではない。掃除され、整頓され、これでもかというぐらい清められていた。アンドロメダは器用な魔女だった、家事の魔法も得意だったのだろう。ベッドのシーツは皴一つなく、先に送った俺の荷物は残らず備え付けのチェストに収納されていた。すっげえ、靴下一枚一枚まで丁寧に畳まれている。非常に助かる。俺はまだ十六、つまり外じゃ魔法が使えない。一人で暮らすには広すぎる家を掃除することを思うと、肩にどっと重力がかかる。ただ、部屋の隅にある屑籠だけ、何故か無造作になぎ倒されていた。二人の娘、ニンファドーラの仕業だろうか。ドーラは確か、まだ三歳だったはずだ。



「つかれた……」



ぼふん、と水面を破るようにベッドに身を投げた。たかだか家を飛び出しただけなのに、そんな台詞が飛び出してきた自分に驚く。いつもはもっと、学校中を走り回って、悪戯仕掛けて、フィルチから逃げ回って、その合間に授業をこなして、暇があれば『夜の散歩』に繰り出して。なのに、あんな家からトランク引き摺ってきたぐらいで、こんな。

そんなことをつらつら考えている間に、俺の意識は眠りへと落ちていったのだった。





***






気付けば朝日が差し込んでいた。おかげでルーン語を刻んだ洋服が皺くちゃだ。ぼうっとしたまま、シャツを脱いでジーンズ脱いで、眩しいぐらい朝日差し込む部屋の中で一人、俺はがしがしと頭をかいた。あー、シャワー。あとメシ。あと荷解き。それから、ジェームズんちに連絡だ。俺はふくろうを持っていないので、両面鏡の出番というわけだ。無事に家を出れたことを、ポッター家に伝えなければ。きっと、ジェームズ以外は心配しているだろうから。

元々、俺は家を出てすぐの夏は、ジェームズの家に向かう予定だった。ポッター家は誰も彼も気のいい人ばっかで、俺を第二の息子同然に出迎える気満々だと、ジェームズは鼻高々に語った。その一言にどんだけ感動したか、きっとあいつには理解できまい。血脈でしか絆を結べない連中に育てられたような俺を、彼らは何でもないように家族として出迎えると言った。毎年の事でしょうと、ジェームズの母さんに言われる程度には、夏休みもクリスマスもイースターも、遠慮の欠片もなく入り浸っていた俺の厚かましさも、大概だろうけど。だから、今年も是非にと呼ばれていた。本来ならそうするはずだったし、そうしろよと、ジェームズにも言われた。俺だってそうしたかった。

だが今年の俺には、どうしても家を空けられない理由があった。



「──いけねっ! あいつ、大丈夫か!?」



その理由を思い出し、微睡んでいた意識が一気に覚醒した。俺はベッドから飛び出す。昨日引き摺ってきたトランクの鍵を右に三回、左に五回、更に押し込みながら十一秒待つ。するとトランクはガコンガコンとギアが回転するような音が鳴る。すぐにトランクを開けて、中から奴を引っ張り出す。夏休み初日から、課題をフイにするなんて冗談じゃない。だが俺の心配は杞憂に終わり、奴は静かに脈打つだけだった。



「よーし、よし、いい子だ」



まあ、たかだか数時間で変化があっても困る。今更ながら手のかかる奴だと思いつつ、それでもこいつを軽々しく手放すぐらいならやむを得ないか、と俺はこいつの体温と脈を測る。体温……ジャスト九十八度。やや高いぐらいか。あーでも、ロンドンはホグワーツより暑いから、こんなもんか。脈は正常、体重も……変化なし、三ストーン・二ポンド。不純物が混じれば、いの一番に変化するのは体重だとフラメルは教えていた。不思議なもんだと、俺はホムンクルス体を見下ろす。凹凸もなければ顔もない姿を晒したまま、そいつはソファにもたれ掛かっていた。

こいつは、俺が先学期に錬金術の授業の一環で造ったホムンクルス体。本来ホムンクルス体は、使用用途がなければすぐに破棄しなければならない。魂を持たない肉体は、よからぬモノを引き寄せるからだ。だが、一年かけて汗水垂らして錬成したホムンクルス体をすぐ破棄するってのも、なんとも味気がない。何かに使えないのか、とフラメルに聞いてみたところ、信じられない回答が返ってきた。



『じゃあ、そいつを探してみろ。それを夏の課題にする』



フラメル自身も、空の器を他の用途に利用できるかは研究したことはないらしい。だから、他に用途があるのか、俺自身で確かめろと言う。つくづく、教師としてどうなんだと思わざるを得ない。



『危険なんだろ!?』

『管理さえ怠らなきゃ、さほど問題はない……筈だ』

『おい』

『けど、失うには惜しい──そう思ったんだろ?』

『……それは、まあ』



そりゃあ、錬金術なんて既に余すところなく拓かれた学問。俺が学んだのは全てフラメルが既に実証し、証明した技術ばかり。今更俺一人が数か月研究したところで何か発見されるとは思えない。けど、それじゃあんまりにも、虚しすぎないか。あんだけ苦労して、面倒な工程の数々を乗り越えて、ようやく完成して、はいゴミ箱行きなんて。

けれど、俺はそこまで勉強熱心でもなければ、錬金術に思い入れがあるわけでもない。リスクを背負ってまでやる価値があるとは思えないと言えば、フラメルは何故かにやにやと笑みを浮かべる。



『いーんだよ。一瞬でもそいつに執着した、そこには必ず“何か”あんだよ』



何かあんなら、追及するのが研究者ってもんだ。フラメルはそう言った。俺はすぐ言葉を返せなかった。執着、そんな大層な感情だったのだろうか。そりゃあ、惜しいとは思ったさ。費やした時間を思えば、誰だってそう思うだろ。無駄にしたくない、何かに活かせないのか、そう思うのが当然なんじゃないか?



『違うね』

『え?』

『そうじゃないから、お前は此処にいる』



どういう意味なのか、フラメルはそれ以上語るつもりはないようだった。俺にホムンクルス体の管理方法だけ押し付けて、それが錬金術の授業は最後になった。釈然としない気持ちもあるが、フラメルも発見できなかった空の器に有用性を見出す──まあ、そう考えれば悪い課題でもないのかもしれない。



『ただし、他の人間にはホムンクルス体を晒すんじゃねえぞ。共同研究もナシだ』

『へえ、もし誰かに見られたら?』

『ホグワーツは千人もガキがいるんだろ、一人ぐらい消えてもバレねえさ』



ストレートに社会的抹消を宣言されたが、どこまで本気か未だに分からないのがフラメルの恐ろしいところだ。そんな訳で、錬金術の為に俺は今年、ポッター家に世話になるのを諦めた、というわけだ。まあ、毎年毎年飽きもせず入り浸ってたんだ。一人暮らしに慣れる為にも、今年ぐらいはポッター家の団欒を邪魔しないことにしたのだ。

さて、朝一の体調チェックはこれでいいだろ。後は風呂入ってメシ食って、こいつの研究に取り掛かるとしよう。他の課題はさっと目を通したが、どれも俺にとっては簡単すぎるものばかり。つまり、どんだけこいつに時間を割いても、問題はないということだ。試したいことは山ほどある。ホムンクルスを悪戯に使えるかどうかは未知数だが、その過程で培った知識は無駄にはならないはずだ。



「あー……メシか……」



ふと、今日からは自分で用意しなければならないことを思い出した。今日からは誰も俺に食事を用意してくれない。屋敷しもべ妖精も、ジェームズの母さんも、誰もいない。嫌々ながらキッチンを見る。大理石の立派なキッチンが、俺を待ち構えるようにそこにあった。……ほんと、独り暮らしだってのに、立派過ぎだろ、この家。

手配してもらって今更文句は言えないが、この家はどうにも、眩しすぎるというか、落ち着かない。柔らかな木目の床も、傷一つない白い壁も、白煉瓦の暖炉も、朝日が差し込むでかい窓も、真っ白なシーツが被せられたベッドも、ぴかぴか光る大理石のキッチンとシャワールームも、全部全部、目が眩みそうだ。ホグワーツはどちらかといえば薄暗いし、グリフィンドール寮は明るいってよりは暖色の家具が多い。グリモールド・プレイスは言うまでもなく、薄暗く、家具だって気味の悪い品ばかりが立ち並ぶのだから、この家がどれだけ俺に馴染んでいないのか、嫌ってほど思い知る。……いや、ダメだな。こんなことばっか考えるから、俺はいつまで経っても、あの家の呪縛から逃れられないんだ。

いつか、この家に慣れる日も来るに決まってる。

この白い部屋も。広いキッチンも。



「……ポリッジでいいか」



夏だけど。だが、俺が何を食っても誰に咎められることはない。あーでも、料理か。したことねえけど、できるだろうか。魔法薬で失敗したことないんだし、イケるか。こういう時、未成年であることがどれほど不便かと痛感する。だからってあと一年、家出を先送りにできるほど、俺も辛抱強くはなかったわけだが。

ぐっと伸びをする。天井まである窓からは眩い朝日が差し込んでくる。眩しい。白い壁に反射して、部屋全体がきらきらと光っているようだった。あまりに眩しくて、目を開けていられないほどで──あ?



「はあ!?」



光っている。朝日でも部屋の壁でもない。先ほどまで温度や脈をとっていた、ホムンクルス体そのものが。まるで内側から発光しているように、輝いている。それは徐々に、目を開けていられないほどに、強く、強く光り輝いていく。なんだ、これ。なんだよ、これ。

ホムンクルス体は俺の止める間もなく発光を続ける。もはや直視できずに、手の甲で顔の前に影を作りながら、何事か確かめるべく目を細める。光は徐々に強くなっていき、太陽光よりも煌々としていた。ただホムンクルス体は動くこともなければ、音を出すこともない。ただ光だけが溢れんばかりに発していて──いいや、違う。目を凝らして発光体を観察する。動いている、ぼこぼこと泡立つように、ホムンクルスのつるんとした表皮が、蠢いている。



「な、なんだよ……なんだ、これ……」

『──……、……』



零れた俺の声は、決して誰に向けたものではなかった。だというのに、俺の声に、それは反応したのだ。何て言ったかは分からない。声らしい声ではない。

だが確かに、何かを返した。



「誰、だよ……!」

『──……ッ、……!』



反応している。何かを、発している。光じゃない、音をだ。俺の言葉に反応しているのか。思えば、何でそんな怪しい発光体に、『誰だ』と言ったのだろうか。ホムンクルスといえども、ヒト型をしていたからだろうか。ヒト型をしていれば、それがヒトの言葉が通じるモノだと、無意識のうちに思ったのだろうか。

だから俺は何の疑問もなく、問いかけたのだ。



「お前、誰だよ!」

『──……!!』

「誰だって聞いてるんだよ!!」

『──!! ──!!』

「言えよ!! お前、誰なんだよ!!」



何か聞こえるのに、それが何なのか分からない。言葉なのか吐息なのか、それすらも判別できない音。あまりの意味の分からなさに。あまりの訳の分からなさに。それに対する恐怖よりも、理不尽な憤りの方が勝った俺は、叩きつけるように叫んでいた。

すると──光はついに、こう叫んだ。





「うるさいなあ、シリウス!! アシュリーだっつってんでしょ!!」





瞬間、ホムンクルス体に更なる異変が発生した。

凹もなければ凸もないようなつるんとした表皮が、まるで沸騰するように泡立っているのだ。さながら、いつだったかジェームズたちとポリジュース薬を飲んだ時の反応に類似していた。音もなくホムンクルスの肉体が内側から蠢き、その形を変容させていく。べきべきと身体が一回り小さくなっていき、髪が生え、黒く伸びてゆき、顔や体に凹凸が生まれていく。だんだんと、俺の目の前でそれは徐々に『人間』の形に姿を変わる。なんだ、これ。一体、何が起こってやがるんだ。そんな俺の混乱は置き去りに、眩いほどの光が収まる頃には、全裸の女が目の前に座っていた。


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