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ロンとハーマイオニー曰く、「クィレルは自分たちが思ってる以上に粘ってるみたい」とのことだった。クィレルは日に日に青白くなってやつれていっているようだが、石が盗み出された気配が無いので、二人はそう結論したのだろう。

さて、冬を越えて、イースターが近くなってくると、先生方及びハーマイオニーは私たちに試験の為に勉強を強いてきた。試験は十週間も先のことだったが、ハーマイオニーは「フラメルにしてみたら十週間なんてたった一秒でしょう」などというトンデモ理論を掲げた。おかげでロンと私はハーマイオニーと共に図書室へ通いつめる羽目になった。《動物もどき》のこともまだロクに調べられていないのに、空き時間は全て試験勉強に回すしかなくなった。

なんつっても私は天文学の授業に関しては文字通り天文学的な成績を残している、底辺的な意味で。勉強の八割を天文学に回したと言っても過言ではない。何せハーマイオニーが煩いのだ。進級する為には全ての試験をパスしなきゃいけないのは分かるが、まあ人には向き不向きというものがあってだな……等と言い訳をしても、ハーマイオニーは聞く耳持たずだった。



「これから天文学の授業中に寝てたら、あなたの手にひらの上に角ナメクジを置くことにするわ」

「オニ、アクマ、ヒトデナシ」

「何とでもおっしゃい」



ガッデム。

賢者の石のことも、《動物もどき》のこともロクに分からぬままイースターが過ぎ去り、いつの間にか初夏になっていた。いやほんとロクにイベントもこなさぬまま、なんのフラグも経たぬまま、数カ月が過ぎ去った。私がここ数カ月してきたことは、ジョギングとクィディッチと天文学の勉強だけだった。学期末にこんなことになるのなら、来年はもう少し真面目に授業を聞いておくことにしようと思った。

そして、今日も今日とて私は図書館に縛りつけられ、天文学の教科書と参考書と睨めっこすることとなった。やばい、ほんと、目が虚ろになってきた……魔法薬も薬草学も闇の魔術に対する防衛術も魔法史も、みんながノイローゼになってる変身術も苦もなく復習出来ているのに、ほんとに、まじで、天文学だけは、こいつは、ほんとに……!! 大体私は実用的な勉強しか好きじゃないんだよ! まあ元々勉強好きじゃないけどさ!! 魔法史が何の役に立つか微妙だけど、歴史を知ると言うことは重要な事だし……でも天文学!! あれはだめだ!! なんだ、星が私の何の役に立つと言うのか!!



「ちょっとアシュリー! 聞いてた!?」

「は、はい! 五月の星座図はちゃんと作図したわ!!」

「違うわよ! 全く、なんにも聞いてないんだから!! ハグリッドよ! ハグリッドが賢者の石について何か教えてくれるみたいよ!!」



ハーマイオニーの怒鳴り声に、私は頭を垂れて星座図を差しだしたが、パシッと跳ねのけられた。ひどい、頑張って作図したのに。どうやら私が現実逃避をしながら作図してる間に、二人は珍しく図書室に来たハグリッドを捕まえ、石について問いただしたら後で小屋に来いと言われたのだそうだ。そりゃあこんな所でハグリッドも聞かれたくないだろうしね。



「え、あ、そうなの? じゃあ行きましょ、今すぐに!!」

「アシュリーの言うとおりだ! 今すぐ行こうぜ!」

「あなたたち勉強から逃げたいだけでしょう!」



小言を漏らすハーマイオニーだが、石のことを聞きたいのは本心らしく、みんなで本を元に戻してハグリッドの小屋へ向かった。小屋には何度か訪れたことはあるが、今日は少し異常だ。カーテンが全部締まっている。中に入れてもらうが、中はそりゃもう蒸し暑くて、吐き気さえ込み上げてきた。もう初夏だってのに、暖炉がゴウゴウと炎を吹き上げているのである。コートも着てるのに、ハグリッドは暑くないのだろうか。

ドアが閉まるや否や、ロンとハーマイオニーはハグリッドに詰め寄った。



「ハグリッド、フラッフィー以外に賢者の石を護ってるのは何か、教えてほしいんだ!」

「そんなことはできん! 第一に、俺も知らんのだ。それに、知っていたとしても、お前たちはもう知り過ぎておる。俺から言うことは何もないんだ。頼むから、この件については首を突っ込まないでくれ!」

「ねえハグリッド。私たちに言いたくないだけで、ほんとは全部知ってるんでしょう? だって、ここで起きてることであなたの知らないことなんかないんですもの」



ハーマイオニーの優しい言葉に、ハグリッドがぐらぐら揺らいでるのが分かる。その年で尋問誘導チックな話術をこなすハーマイオニーにも驚きだが、ハグリッドのチョロイことといったら。ていうかこれ私がいなくても、ロンとハーマイオニーだけで物語が進みそうな気がしてならない。



「私たち、石が盗まれないように、誰がどんな護りをかけたのか気になってるだけよ。ダンブルドアが信頼して助けを借りるのは誰なのかなーって、ハグリッド以外に」

「ウーム……いやしかし……」

「それに、今の私たちが知った所で、その幾重もの守りを突破できる筈が無いわ。石を盗みたがってる奴は、グリンゴッツにすら忍びこめるのよ。私たち、たかがホグワーツ一年生にそれ以上の芸当が出来るわけないじゃない?」



ハグリッドが渋るので、私がそっと追い打ちをかけた。ハーマイオニーとロンが、グッジョブ、といった顔でこちらを振り向いた。



「まあ、それくらいなら言っても構わんか……。まず、俺からフラッフィーを借りて……何人かの先生が魔法の罠をかけた。スプラウト先生、フリットウィック先生、マクゴナガル先生、クィレル先生。そして、スネイプ先生」

「「スネイプ!?」」

「ああそうだ。まだあのことにこだわっとるのか? スネイプは石を守る方の手助けをしたんだ。盗もうとする筈が無い」



ロンとハーマイオニーは顔面蒼白だった。スネイプは、守りの手の内が分かってるのだと思ったのだろう。どこまでも悪役なんだなあ、スネイプ……。

ひとまずは客観的な意見を述べるか、と私は口を開く。



「でも、ハグリッドは、ダンブルドアの信頼を得て、フラッフィーを貸したのよ。おいそれと、フラッフィーを大人しくさせる方法を、誰かに教えたりしないでしょう?」

「「それもそっか……」」



二人とも、不承不承と言った風に呟いた。とりあえず安心は出来たのか、ロンがキョロキョロと小屋を散策し出して──そして、目を止めた。暖炉でゴウゴウと燃えて温められているやかんの中に、黒い卵があるのを。その卵が孵れば何になるかなど、魔法界でちょっと過ごしてりゃ、五歳の子どもでも分かるほどに、危険なもので。

ロンは、信じられないと目を丸くした。



「ハグリッド、どこで手に入れたの? すごく高かったろう……」

「いんや、賭けに勝ったんだ。昨日の晩、ちょっとな」

「だけど、もし孵ったらどうするの?」

「その為に、ちいと読んどるんだ。この本によると、この卵はノルウェー・リッジバックという種類らしい。こいつがまた珍しい奴でな……」

「ハグリッド、一体どこで育てるつもりなのよ……」



ドラゴンの飼育は違法なのに、と三人で青い顔をした。

それから、一週間後にはドラゴンが孵った。凄いものを見たとは思うけど、これからこのドラゴンのことで奔走することになるのかと思うと、頭が痛かった。その一週間後、ドラゴンは生まれた時の三倍の大きさになった。頭痛が止まらない。その後は……ロンが噛まれたり何やらしたせいでゴタゴタしたが、なんとかハグリッドを説得してドラゴンをドラゴンの研究をしているというロンの兄、チャーリーへ預けることとなった。

さて、ここで問題だ。原作通りなら、私とハーマイオニーがその運び役を担い、真夜中の校舎を出歩いて、ドラコ、ネビルと共にマクゴナガル先生に捕まり、膨大な減点と、罰則を受けなければいけない。さて困った。私はなるべく人に嫌われたくない。めんどくさいし、好き好んで恨まれようと思う人はいないだろう。しかし、私は罰則で禁じられた森へ行き、見なければならない。相対しなければならない。私の敵に。石を求める者の裏に、誰がいるのか、この目で見て、確かめなければならない。さて、どうしたもんかな。



「(──ま、わざわざ嫌われ役を買って出ることもないでしょ)」



透明マントがあるなら、わざわざ罰則食らってまで森に行く必要はない。然るべきタイミングに、自分で森へ行っちゃえばいいのだ。ロンとハーマイオニーには、まあ、うん、なんとか言い訳しよう。そういえば、ドラコが私たちの秘密を嗅ぎ回って周りをちょろちょろする筈なのに、それがない。まあ、少なくとも私はドラコには嫌われてないから、それも当然と言えば当然なのだろうが……。

そんなわけで、ノーバートをチャーリーに渡す日がやってきた。ハグリッドは大粒の涙をボタボタとこぼして泣きながらノーバートが入った箱を私に差し出した。因みに、運び屋は私一人だ。ロンもハーマイオニーも自分が行くと言ったが、それは断った。そもそもロンは入院中だし、透明マントはそこまで大きくもないので、二人より一人の方が見つかりにくいと判断したからだ。私はホラ……その、みんなよりも小柄、みたいだし……。

ハグリッドが名残惜しそうにノーバートを引き渡す。



「長旅だから、ねずみをたくさん入れといたし、ブランデーも入れた。寂しいといけないから、テディベアのぬいぐるみも入れてやったんだ」



箱の中から布が引き裂かれる様な音が聞こえたけど、ノーバートなりに寂しさを紛らわしているのだと信じたい。しゃくりあげるハグリッドを小屋に残し、マントを被って箱を小脇に抱え、私は天文台の塔の一番高い所へ向かう。途中、ノーバートが煩いので消音呪文をかけた。なんせ真夜中にうろつくんだから、あまり物音が無いことにこしたことはない。

といっても、何度も真夜中にうろついて慣れてるせいか、事も無げにノーバート引き渡し作業は終わった。なんという流れ作業。ほんとに特記すべきこともないまま、あっさりノーバートは夜空へ旅立っていった。やれやれ、これでここ数週間の労力と噛まれたロンの手が報われたというものだろう。



「なんとまあ、」



呆気ないもんだ、と思った。未来を知っていると、こんなにもあっさりと上手く事が運ぶのか。私が知っている通りに未来を運ぶんだから、それは当然と言えば当然だろう。さて、私もとっとと談話室へ帰ろうか──その瞬間、今までに感じたことのない激痛が脳天を貫いた。



「ぐ──うぐぅ、ぐぁッ……!!」



思わず、その場にへたり込んだ。額だ。額の傷が、燃えるように熱い。目がくらみ、頭がガンガンと鳴り響く。何故、どうして、今この状況でこんなことが──とにかく、場所がだめだ。この場を離れて、早く談話室に──!



「く、そ……何、が──」



その瞬間、私の意識は暗転した。何の前触れもなく、何が起こったかも分からず、何がどうなったのかも知らないまま、私の意識は痛みと共にブラックアウトしてしまった。最後に見たものは、星座図を書く時に飽きるほど見つめた、初夏の星空だった。


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