15


十一月半ばになると、めちゃくちゃ寒くなってベッドから出るのが億劫になってきた。早朝のランニングがマジでつらい時期になってきたなあと思いつつ、私は嫌々ベッドから這い出る。正直、夜のクィディッチの練習もつらい。身体を暖めたり、寒さを和らげる魔法を習得する必要がありそうだ。

そう、なんたって十一月はクィディッチシーズンの幕開けだ。明日は、いよいよ私の初舞台となる。一応、私の存在は“極秘”ということだったのだが、何故かみんなその“極秘”を知っていた。フレッドとジョージには色々問い詰める必要がありそうだ。



「あーっ、寒い!! 早く防寒魔法覚えないと……」

「アシュリー、寒いの苦手なのかい?」

「だいっきらい! ずっと夏で良いくらいだわ!」

「それは言い過ぎじゃないかしら……」



授業を終え、三人で廊下を歩いていた。ハロウィーンのあの事件から、ハーマイオニーは私やロンだけでなく、みんなに優しくなっていった。色々と口煩く言わなくなったし、多少規則を破ることに関して咎めなくなった。一緒に居て変に気を使わないし、年頃の女の子のように恋やお洒落に花咲かせるような子ではないので、私たちはすぐにハーマイオニーと打ち解けられた。



「ハーマイオニー、いい呪文知らない?」

「防寒魔法には及ばないと思うけど……」



ハーマイオニーは魔法薬の授業で使った、ヤマアラシの針を入れていた空きビンに杖を振った。鮮やかなブルーの炎が出て、空きビンを満たした。ハーマイオニーはすかさず蓋を閉め、私に差し出した。ほら、こんな風に教室の外で魔法を使うのは本来規則違反なのに、率先して魔法を使ってくれる。私の為に、だ。ふひ、なんて変な笑いを浮かべながら私は瓶を受け取る。



「あったかーい……」

「こりゃいいや。このまま中庭で『クィディッチ今昔』読もう!」



三人でくっつきながら中庭に行った。ベンチに座り、ビンを背中にあてがい、ハーマイオニーが図書室から借りてきた『クィディッチ今昔』を読んだ。この本によると、クィディッチには七百もの反則があるらしい、覚えられるか。死亡事故はないけど、試合中に審判が何人か消えたことがあること、消えた審判は数カ月後サハラ砂漠で見つかったことなどが書いてあった。なんかの間違いでクィレルが審判になったりしないかな。そんで私の手がうっかり滑ってクィレルに激突してアフリカの砂漠辺りで干からびないかな。そうすれば手っ取り早いのにな。

あーだこーだ喋っていると、向こうからスネイプが歩いてきた。今日はいつにも増して顔色が悪いのですこぶる人相が悪く見える。しかもスネイプは、どうやら足を引きずって歩いているらしく、動きがどこかぎこちない。怪我人は大人しくてればいいものを、と思っていると、私たち三人の前で止まって、ロンが手にしていた『クィディッチ今昔』を取り上げた。やはり、私の方を見ようとはしない。



「ウィーズリー、図書室の本は郊外に持ち出してはならんと、貴様の兄弟から教わらなかったかね? よこしたまえ、グリフィンドール、五点減点」



それだけ言うと、歩いて行った。ロンは「規則をでっち上げたんだ」と、ブツブツ文句を言っていた。そうしてスネイプが完全に姿が見えなくなったのを確認してから、ハーマイオニーは私を振り返った。



「それにしても先生、またアシュリーの方を見なかったわね」

「そうだな。アシュリー、ほんとに心当たりはないの?」

「あったら苦労して無いわよ……」



授業が始まり、スネイプと顔を合わせる機会は増えたが、私は今までに一度もスネイプに話しかけられたり、目が合ったりしたことがない。あからさまに、私を避けている。避けてるなんてレベルじゃない、私のことなんか存在してない物として扱ってる。あんまりにもあからさまなのでみんなもそれに感づき、「アシュリーはスネイプに何したんだ?」なんて聞かれたことすらある。気に入らない生徒はいじめたり、減点したりするのに、スネイプの私への態度は他には当てはまらず、みんな不思議そうに、あるいは苛められないからと羨ましそうに、私を見るのだ。

こっちは、あからさまに避けられて腹立たしいことこの上ないと言うのに。



「いっそ、苛められてた方がマシだったかもしれないわね」

「ヒエーッ、君ってほんとにおかしな人だね」

「私も、苛められない方が良いと思うけど……」

「そうかしら?」



だってムカつくんだ。あの男は私の存在を否定しているんだ。私の中に、母の面影を探しては、私と母は違うと叱責し、そして母はもうこの世に居ないのだと知っては、絶望するのだ。だから、私の存在ごと目に入れないようにして、苦しみから逃れて、罪の意識に蓋をする。全く、腹立たしい。これで私と同年代だなんて、信じられない。辛辣な扱いかもしれないが、苛々してしょうがないんだこっちは。



「それより、あの脚はどうしたのかしら」

「知るもんか。でも物凄く痛いといいよな」



ロンは悔しがり、ハーマイオニーも頷いた。君達も中々辛辣ね。

その日の夜、グリフィンドールの談話室はいつも以上に騒がしかった。何せ、次の日には寮杯をかけた初戦が幕を開けるのだ。フレッドとジョージが花火を暴発させ、パーシーをブチギレさせてた。パーシーの怒声は花火の爆発音より煩かったことは、誰も指摘しなかったが。

明日、私のデビュー戦となるが、それなりに落ち付いていた。怖いとか不安とか色々思うけど、まあそんなこと生前の学生時代や社会人時代に散々経験してきた。私は私のベストを尽くせばいいと、知っている。唯一不安に思うことは、ブラッジャーが私の頭をかち割らないか、ということかな。あ、そういや箒に呪いかけられるんだっけか。気をつけないといけないな。



「(まあでも、スネイプがいるしね)」



油断しているわけではないが、腹立たしいことにスネイプの実力は本物なのだから。

ロンとハーマイオニーは、逆に私以上にピリピリしていた。一緒に宿題をしている時、ずっとそわそわしたり、息詰まると唸りだしたりしていた。私が本来抱えるべき感情が全部二人に流れて行ってる様な気さえする。ロンは昼間スネイプに本を取り上げられたことがかなりのダメージだったようで、宿題を終えてからもずっと談話室を落ち付きなくぐるぐる歩いていた。高ぶる神経を、面白い本を読んで紛らわしたいのだろう。



「僕、本を返してもらってくる!」

「一人で大丈夫?」

「私が行こうか? スネイプ対策に」

「いいよ。アシュリーは心を落ち付けててよ。大体、なんでスネイプなんかを怖がる必要があるんだ? 他の先生の前で、スネイプは僕に意地悪はできないだろ?」



それだけ言うと、ロンは弾丸のような速さで寮を飛び出していった。多分、心を落ち着けるべき相手は、私ではなくロンじゃないのかなあ。見送る私に、ハーマイオニーはため息をついた。



「アシュリー、いくら苛々するからって、先生を呼び捨てにするのは良くないわよ。ロンにも、同じことは言えるけれど……」

「ん、あぁ、そうねえ……気が向いたら直すわ」

「もう!」



大体、マクゴナガル先生とは違い、私はスネイプとあまり年が変わらない。個人的に腹立たしいこともあり、なんとなく先生とは呼びたくなかった。ハーマイオニーの礼儀に対するお小言を聞き流しながら変身術の教科書をめくっていると、ロンが息を切らせながら談話室に戻ってきた。早いな。職員室は一階、此処八階なのに。



「返してもらった? どうしたの?」

「ス──スネイプが、三頭犬の話を、フィルチと、してて」

「三頭犬? あの、禁じられた廊下にいた?」

「そ、そう!」



本を返してもらいに行ったら、スネイプとフィルチしかいなかったと、ロンは言う。スネイプは足をズタズタに引き裂かれており、三頭犬の話をしていた。そして、ロンが聞き耳を立てているのに気付いたスネイプはロンを怒鳴り付け、追い出した、とのこと。ああ、なるほど、クィレルから石を守るために、廊下の中で待ってたら襲われたのかって話か。ロンとハーマイオニーが眉根を潜めて話をしている中、そんなことを考えてた。



「分かるだろ? ハロウィーンの日、あいつは三頭犬の裏をかこうとしたんだ。きっと、あの犬が守ってる物を狙っているんだ」

「じゃあ、トロールはスネイプ先生が入れたって言うの?」

「絶対そうだ、みんなの注目を逸らす為にだ。アシュリーもそう思うだろ?」

「この条件なら、スネイプを疑うしかないわね」



ここで真実を言ったところでロンが信じる筈もないし、ここは話に乗っておくことにする。明日は守ってくれるハズなのに、ごめんスネイプ。

だが、ハーマイオニーは譲らない。



「違う。そんなはずないわ。確かに意地悪だけど、ダンブルドアが持っている物を盗もうとする人ではないわ」

「おめでたいよ、君は。先生はみんな聖人だと思ってるのか?」

「そうじゃないわ。でも、スネイプ先生には動機がないわ」

「うーん、どちらにせよ、あまりに手掛かりが無さすぎるわね。仮にスネイプが犯人だったとして、ダンブルドアの信頼を得て教師をしている筈の彼が、何の目的で、何を、あの禁じられた廊下から盗もうとしてるのかしら」

「「ウーン……」」



二人は顔を合わせて、唸りだした。ここで結論を出すには、あまりに早急だと諭すと、それもそうだ、ということに話は落ち着いた。



「私は明日は忙しいし、そろそろ寝ることにするわ」

「そうよ!! アシュリー、あなたは早く寝なさい!!」

「そうだぜ! 君はシーカーなんだぜ! クィディッチで一番重要なポジションなんだから!! 明日はランニングなんてせずに、ゆっくり寝なよ?」

「それは出来ない相談ねえ」

「「アシュリー!!」」

「日課なのよ」



かっかする二人を残して、私は女子寮に上がってシャワーを浴びると、とっととベッドに入った。何か考え事が思い浮かぶよりも先に、私はすとんと眠りに落ちたのだった。

次の日になった。天気は晴れ。朝食時、大広間で、クィディッチ日和だと、ウッドが意気込んでるのを遠くに眺めながら、こんがり焼けたソーセージを頬張った。勿論ランニングはしてきた。横には、緊張しすぎてよく寝れなかったのか目のクマがすごいロンとハーマイオニーがいる。



「どうしてあなたたちが寝不足になるのよ……」

「君が余裕持ち過ぎてるだけだよ、アシュリー!」

「私、あなたが箒から落ちたらとか、ブラッジャーに当たったらとか、スリザリン生に突き落とされたりしたらとか、考えてたらもう寝てられなくて……!!」

「不吉な事、言わないで頂戴な」



二人の肩を、ばしんと叩く。



「私は、大丈夫」



だから、安心してなさい。そうやって笑うと、二人はようやく落ち着いたのか、おずおずとベーコンに手を伸ばした。二人が食事を始めると、ふくろう便の時間になった。



「あれ、アシュリーのふくろう、何か運んできたよ?」

「え? ヴァイスが?」



珍しい。私に手紙を出す人がいるなんて。いや違う。あの人見知りなヴァイスに手紙を持たせることができる人がいることが、珍しいのだ。決して私に友達がいないとかそういうことではないはずだが……大きな白い翼を広げて、ヴァイスは私の前に降り立った。ふくろうフーズを与えると、嬉しそうに私の膝に乗っかった。



「わあ、綺麗! アシュリー、触っても良い?」



雪のように白く、汚れの一切ないふくろうに、ラベンダーがうっとりしたようにため息をついた。日に日に丸くなっていくような気がするが、確かに美しいふくろうだ。多分痩せたらもっと綺麗になると思うけど。

ラベンダーがヴァイスに手を伸ばすと、ヴァイスは大きくホーッ、と鳴いて飛び上がってしまった。おいまだ手紙取って無いんだけど。



「あ、ラベンダーだめよ。ヴァイスは人見知りが激しいの」

「まあ、ごめんなさい。アシュリーにすごい懐いているから、人懐っこい子なのかなって。でも、アシュリーだけみたいね」

「えぇ、そうなのよ」

「それより、ヴァイスは何を運んできたの?」

「何かしら、手紙みたいだけど……」



ロンの言葉に、ようやく降りてきたヴァイスの足に括りつけられていた手紙を取り外す。差出人は……あれ、書いてない。誰からだろう。



「呪いがかかってたりしないかしら……」

「心配ね。今日が今日だし」

「ヴァイス、誰からの手紙なの?」



尋ねても、ヴァイスはホーと首を傾げるだけだった。かわいい。かわいいよお前。じゃなくて。ハーマイオニーと二人で呪い探知の呪文をかけたが、何の反応も無かった。警戒心は抱きつつ、手紙を開く。手紙には一言、こう書いてあった。



『頑張ってくれ』



細く、神経質そうな字だった。ふむ、何となく、誰からの手紙か分かった。そうだよな、今日はグリフィンドールとスリザリンの試合、堂々と応援なんて出来ないものね。フフ、と笑ってから、私は手紙をポケットに忍ばせた。



「アシュリー、誰からの手紙か分かったの?」

「まあね」

「え、誰だったんだい?」

「誰かしらねぇ」



みんなは、首を傾げていた。ハーマイオニーは差出人が思い当ったのか、ニヤニヤしていた──遠くのテーブルで、傷だらけの顔を顰めながら飲み物をむせている人影が見えたのは、きっと私の木のせいじゃないだろう。

十一時になった。私たち先週は、更衣室に集まっていた。選手たちはクィディッチ用の真紅のローブに着替えた。うおおおおおおかっこいいいいいい。スリザリンの緑色のローブもかっこいいなあ。更衣室から、グラウンドからの歓声が聞こえてきた。おぉ、流石に、ちょっぴり緊張してきた。



「いいか、野郎ども!」

「あら、女性もいるのよ」

「寧ろ女性の方が多いわね」



ウッドの掛け声に、アンジェリーナ・ジョンソンとアリシア・スピネットが突っ込んだ。女性は、アンジェリーナ、アシリア、ケイティ、私。男性はウッド、ウィーズリー双子だけなので、四寮の中で唯一、女性の方が多いチームでもある。



「そして、女性諸君」



ウッドが咳払いをして訂正する。



「いよいよだ」

「『大試合だぞ』」

「『待ち望んでいた試合だ』」



フレッドとジョージがウッドの後に続けた。



「オリバーのスピーチなら空で言えるよ。僕らは去年もチームにいたからね」

「あら、あなたたちほんとにビーターとしての素質あるのねえ」

「君ほどじゃないけどね」

「まあでも、僕らがいる限り、ブラッジャーは心配しなくていいぜ」

「好きなだけスニッチ探してていいぜ、アシュリー」

「助かるわ」

「黙れ、そこの三人。──今年は、ここ何年ぶりかの最高のグリフィンドールチームだ。この試合は、間違いなくいただきだ。頼むぞ、ポッター」



ウッドの声に、私は力強く頷いた。負けるもんか。あんなに練習したんだから、負けるもんか。負けたくない。ウッドの怒声と、寒さで血の滲むような練習を思い出し、ニンバス二〇〇〇を握り締めた。マホガニーの柄が、きらりと煌めいた。



「よーし、さあ時間だ。全員、頑張れよ」



私は、フレッドとジョージの後に続いて更衣室を出た。歓声の待つ、グラウンドへ、向かう。ポケットの中に忍ばせてある手紙を、しっかりと握り締めて。


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