「まさか」 「ほんとよ」 「シーカーだって? だけど一年生は絶対だめなんじゃ……ウワア、なら君は最年少の寮代表選手だよ! ここ何年来かな……」 「百年ぶりだって、ウッドはそう言ってたわ」 「ウワーッ!!」 夕食時に、昼間の出来事をロンに話すと、ロンはステーキ・キドニーパイを口に入れようとしたポーズのまま、茫然として私を見つめていた。 「練習はいつからやるんだ?」 「来週からよ。でも誰にも言わないでね。ウッドは、私のことを秘密兵器にしておきたいんですって。大げさよねえ、ほんと」 「すげえ、君よっぽど才能あるんだな! 見に行っても良いかい?」 「こっそりね」 ロンは嬉しそうにステーキ・キドニーパイにかぶりついた。そこに、ニタニタした顔のパンジーと、困ったような情けないような顔をしたドラコがやってきた。 「あぁぁあああらポッター? 今からマグルに帰る汽車に乗るのかしら?」 「ううん、何事もお咎めもなしだったわ」 瞬間、ハァ!? と言わんばかりの顔をするパンジーに、どこかほっとした表情を浮かべるドラコ。君達ホント分かり易いのね。 「あら、ドラコ、どうしたのそんな顔して」 「あ、いや、その、何事もなかったのか……」 「ええ。びっくりよね」 「よ、よかったな……」 「あら、心配してくれたの? グリフィンドールなのに?」 「そ、それは……!」 「うそうそ。心配してくてありがとう」 「また君はそうやって……!!」 「──ポッター」 ドラコ、心配してくれたんだなあと思うとほっこりしてしまう。全く可愛い奴だなあ。なんて和やかな気持ちになっていると、パンジーが冷ややかに私の名前を呼んだ。 「いいわ。こうなったら、私が直接引導を渡してあげる。今夜、トロフィー室の前に来なさい。魔法使いの決闘をするわよ。どう? それとも、魔法使いの決闘なんて、お優しいアシュリー・ポッター様は聞いた事無いかしら?」 「勿論あるさ。僕が介添え人をする。お前はマルフォイでも連れて行くか?」 「えっ!?」 「えぇ、そうね。それでいいわね、ドラコ。じゃあポッター、待ってるわよ」 言うが否や、パンジーはドラコを引きずっていなくなった。巻き込まれた感が半端ないドラコ、可哀想過ぎて面白くなってきた。 「アシュリーにかかれば、あんなパグ犬ひとたまりもないぜ。あ、でももし、万一杖が使えなくなったら、杖なんか捨てて殴っちゃえばいいよ」 「いいのかしら。私、ボクシングやってたのよ。手加減出来る自信が無いわ」 「ぼくしんぐ?」 「拳で相手を殴り続けるマグルのスポーツよ」 「かっこいい!」 「ちょっと失礼」 興奮した声を抑えきれない様子のロンを制するように、ハーマイオニーが冷静な声で遮ってきた。最近よくハーマイオニーと喋っている気がする。仲は深まるどころか、溝が深まってるような気がしてならないが。 「まさか、夜に抜け出すつもりじゃないでしょうね?」 「君が話を聞くつもりがあったなら、答えは知ってるんじゃないのか?」 「絶対だめよ! 何点減点されると思ってるの!? 大体、相手はあのスリザリンよ、素直にトロフィー室に来るなんて思えないわ!」 「まあ、大方来ないでしょうね。フィルチなんかに報告すれば、わざわざリスクを犯さなくても、私を陥れることが出来るしね」 「分かってるなら、どうしてよ!」 「まあ、色々あるのよ。こちらにも、引けない理由が」 何故なら今夜、私たちはうっかり間違えて四階の廊下に行かないといけないからだ。あの廊下に何がいるのか、私たちは、ロンとハーマイオニーは知る必要がある。私たちが、廊下に何が居るのかを知らなければ、ハグリッドはニコラス・フラメルの名前を漏らしたりしない。それはいけない。自分たちで模索し、推理することが、私たちには何よりも経験となる。経験を得て、戦えるようにならなければ、ならない。 それから、ガミガミお説教するハーマイオニーを適当にいなして別れる。寮で宿題をしながら、みんなが寝静まるのを待った。こういう時、忍びの地図とか透明マントがあれば楽なんだろうけど、まあないものを頼ってはいられない。 そして気付けば二十四時。いつもなら寝ている時間だが、今日は夜の学校探検というビッグイベントがあるのだ。不思議と眠気は感じなかった。よし、と私は談話室へ降りる。一足先にロンがパジャマ姿で待ち構えていた。 「お待たせ。そろそろ行きましょうか」 「なあ、アシュリー。僕あれから考えてたんだけど、君の言う通り、ほんとにあいつらが来なかったらどうするんだ? 僕たち、行く意味あるかなあ」 「行った、という事実を誰かに知らせないといけないのよ。どうせ、フィルチあたりに密告してるわ。でも、私たちが行かなければ『何故決闘をすっぽかしたのか、臆病者』と罵られるのがオチだわ。例えでっちあげだとしても、その場に本当にパンジーたちが訪れたかどうか、私たちにはわからないんだから」 「ウーン……ハイリスク・ノーリターンって感じがするけどなあ」 「リターンならあるわよ。ハイリスクだけれどね」 「?」 「なんでもないわ。行きましょ」 パジャマの上にガウンを引っ掛け、杖を片手に私たちは談話室を横切った。暖炉にはまだわずかに火が残っていた。おや、おかしい。人がいなくなれば、暖炉は勝手に消える筈なのに。 「アシュリー、あなたにはがっかりよ」 ソファから、ハーマイオニーが現れた。ロンは頭を抱えた。 「また君かよ! いいからベッドに戻れよ!」 「同じ日に規則を二回も破るなんて、正気とは思えないわ。あなたってほんと目立ちたがりなのね」 「君が言うなよ!!」 「誰が目立ちたがりよ!!」 「ロン、騒がないで。みんなが起きちゃうわ」 「でもっ!」 「いいわ、どう思われようとも。……行きましょ」 先にフィルチにトロフィー室で待ち伏せされても困る。ハーマイオニーの横を通り過ぎて太った婦人の肖像画を押しあけ、その穴を乗り越えた。だが、ハーマイオニーは、小声でガミガミ言いながらついてきた。 「いいわ、ちゃんと忠告しましたからね。明日家に帰る汽車の中で、私の言ったことを思い出すでしょうよ。あなたたちは本当に──」 流石にトロフィー室まで付いてくる気はなかったのか、ハーマイオニーはくるりと踵を返して太った婦人の肖像画に向き合う。が、今しがた扉を開けてくれた筈の婦人はそこにはおらず、何もない額縁だけが、闇の中でぽっかり浮かんでいるだけだった。 「太った婦人、夜のお散歩に行っちゃったみたいね」 「──どうしてくれるのよ!!」 「知ったことか! 僕たちはもう行かなきゃ」 「一緒に行くわ」 「だめ。来るなよ」 後の夫婦は私をほったらかしにしてギャーギャーと言い争いを始めてしまった。口を挟む間もないと判断した私は、誰もいないだろうなとあたりを見回す。その中で、暗闇の中でぼんやりと影が浮かび上がった。半べそかいた丸顔に、私はほっと胸を撫で下ろす。 「あら、ネビルじゃない。どうしたの?」 暗闇から現れたネビルは、私の姿を見るなりぱあっと顔を明るくして駆け寄ってきた。 「ああよかった! 見つけてくれて! もう何時間も此処に居るんだよ! 医務室から帰ろうとしたのに、新しい合言葉を忘れちゃったんだ」 「まあ、ちゃんとメモしておかなきゃだめじゃないの。ところでネビル、もう具合はいいの?」 「うん。アシュリーのおかげで、傷一つないよ」 「それはよかった。でも悪いけど、私たち今から決闘に行かないと……」 「そんな! 置いて行かないで!」 決闘に行くという物騒なワードも大概だが、それよりも置いていかれる方に重きを置くネビルも、ある種肝が座ってるといえるのではなかろうか。怖い寒い置いてかないでと縋り付いてくるネビル、どうしたものか。 「困ったわねえ。……こらそこ、いつまで騒いでるの。シレンシオ!」 未だ口論を続けているハーマイオニーとロンに杖を向けると、二人は口をパクパクさせてもそこから声が出ることはなかった。この術はまだ十分に勉強して無いし、効果は長続きしないと分かってはいるが、仕方ない。喧しく騒がれても困るし、一時でも効力があればいい。 「二人とも黙っていないと、見つかるわよ。四人まとめて、明日はロンドン行きの汽車で泣き事を言うハメになりたくないでしょう?」 「「……」」 「さ、行きましょ。トロフィー室はあっちかしら」 「ど、どうしてこんなことに……」 黙ることしか出来ない二人と項垂れるネビルを引き連れて、私はトロフィー室へ行く為に、急いで四階に上がった。途中、誰とも会わなかった。そういや今気付いたけど、トロフィー室って四階なのか。これはますます禁じられた廊下に入りやすいってもんだ、っと。フィルチに嗅ぎつけられてパニックになった三人を、さも偶然を装って、廊下に誘導してあげるとしよう。 「さ、みんなこの辺に隠れて。汽車に乗りたくなければ、物音は立てないで」 「分かった……」 「な、なんで決闘なんかしようとしたの、アシュリー……」 「私の目的の為よ」 「パーキンソンを倒すんじゃなくて?」 そう尋ねるロンに、沈黙呪文はもう解けてしまったことを知る。流石にノー勉では効果はこんなものか。ちゃんと勉強しないといけないなあ、なんて反省を一つ。おまけに、ロンの質問に答えるより先に反対の扉からフィルチがミセス・ノリスを抱いてやって来るのが見えて、閉口せざるを得なかった。 「さ、こっちの扉から出て頂戴」 早くも半泣きになってるネビルを引っ張って、廊下を疾走する。タペストリーの裂け目に抜け道があったので、三人をそこに押しこんでから、杖を一振りする。赤や金の火花が錯綜し、鎧がたくさん飾ってある廊下にある、大きな鎧一体にぶつかった。火花が散り、鎧が引っくり返ると、ガラガラガッシャーンッ、という凄まじい音が廊下いっぱいに響き渡った。 「アシュリー! 何してんだよ!?」 「これで、『夜、トロフィー室の近くに誰かが抜け出してたこと』が証明されるわ。さ、この抜け道もフィルチは周知の筈。さっさと行きましょ」 半パニックになるロンやネビルを引っ張って、妖精の呪文の教室の近くまで来る。ネビルは青い顔が更に青くなっていて、ハーマイオニーは物凄く怒りそうだったので、もう一度沈黙呪文をかけている。ごめんね、ハーマイオニー。むすーっとしたハーマイオニーからの視線を気にしないふりをしていると、教室からピーブズが飛び出してきた。 「真夜中にフラフラしてるのかい? 悪い子だなあ! ええ?」 「あらまあ、ピーブズ」 呑気にしている私とは打って変わって、不味い奴に出会った、とばかりにロンは私のガウンの袖を引っ張った。 「アシュリー、逃げよう! ピーブズの奴、何するか分かんないぜ」 「寧ろ騒ぎ立ててくれる方が、好都合かもしれないわ。どうせ此処には長居しないんだし。さ、ピーブズ、お好きにどうぞ。歌うなり騒ぐなりして頂戴」 「……チエッ」 にっこりと微笑むと、ピーブズは悔しそうな顔をして消えた。あらら、何て呆気ない。 「君、ゴーストまで懐柔してるの?」 「人をシャーマンみたいに言わないでよ」 ピーブズ的には、嫌がらせをしたかったんだろうけど、私が許可を出したからへそを曲げた、とかなのだろうか。まあいい、まごまごしてられない。フィルチの足音が少しずつ近づいてきている。私たちは廊下を突っ切り、突き当たりに来た。廊下の突き当たりには部屋があったが、鍵がかかっている。 「アロホモラ!」 カチッと錠が開く音がした。……ていうかこの扉の先にはフラッフィーがいるのに、こんな簡単な呪文で開くなんて、大丈夫なのだろうか。好奇心旺盛な生徒──主に悪戯小僧たち──が、そのうちフラッフィーに喰い殺されてもおかしくないレベルのザル警備だ。なんて思いながら三人を部屋に押し込んで扉を閉めた。ドアに耳をぴったりとつけると、扉の向こうで、フィルチが悪態をつきながら、遠ざかるのが分かった。フィルチは確かスクイブ──つまり魔法族ながらあまり魔法が得意ではない。この扉を開ける術を持ち合わせていない筈だ。 「さて、ご対面といきますか」 「え? なんのこ──と……」 三人は扉に背を向けて振り返った。目線の先にある物を見て、三人は沈黙呪文をかけられずとも、言葉が出なかった。そこは、部屋ではなく廊下だった。そう、痛い死に方をすると噂の、禁じられた廊下だ。真正面には、床から天井までの空間全部を満たしている、巨大な犬。頭が三つもあり、それぞれの目は血走り、口からは縄のような涎が垂れている。 私は、三人とフラッフィーの間に立ち、盾となる。こうして対峙すると、恐ろしいものだ。鼻息荒く、雷のような唸り声が、私に襲いかかる。 「ハーマイオニー、ドアを開けて! ロン、ネビル、走って!」 「っ!」 ハーマイオニーがドアを開けるのと、フラッフィーが飛びかかってくるのは同時だった。私は、杖を振り上げて叫んだ。 「プロテゴ・マキシマ!!」 まだ練習して無いから、成功するかは分からなかったが、やらなければいけない。そんな我武者羅な思いを胸に叫ぶと、薄いながら、確かにバリアが張られ、フラッフィーはごつんとバリアにぶつかった。その瞬間、バリアは粉々に砕け散ったが、その一瞬の間に四人全員で廊下から出ることが出来た。瞬時に施錠し、弾丸のように八階に戻った。うおおおぉお……危なかった……危うくスネイプみたいに足を持ってかれるところだった……。 「まあ、一体どこに行ってたの?」 お散歩から戻ってきた太った婦人は、息も絶え絶えな三人と、そんなに息一つ見出してない一人を見て、不思議そうに首を傾げたが、合言葉を言うと中に入れてくれた。伊達に毎日ランニングして無い、この距離ぐらい、息一つ乱すことはない。談話室に戻ると、三人は震える足でソファまで行くと、ソファにへたり込んだ。ネビルなんか、一生口がきけないんじゃないかって思うくらい憔悴しきってる。 ……これも先のため未来のためと心に決め、怯えながらも何かを悟ったような表情をしているハーマイオニーを見やる。 「ハーマイオニー、見た?」 「……えぇ。──ま、まさか、あなたそれを見に行く為に……!?」 「まあ、そんなとこ」 「最低!! 私まで巻き込まないで頂戴!!」 それだけ叫ぶと、ハーマイオニーは女子寮に登って行った。うーん、更に嫌われてしまった気がする。もはや修復不可能なんじゃないかって思えてきた。自業自得だけど、これは必要な事なんだ……許して、なんて、冗談でも言えないけど、さ。 そんな私とハーマイオニーのやり取りを飲み込めず、首を傾げるロンの普段通りっぷりに、少しだけ救われる。 「え? なになに? なんの話?」 「……あの犬、仕掛け扉の上に立っていたのよ。きっと、何かを守っているに違いないわ。私は、それを見に行きたかったのよ」 「何かを……? え、何で、今なの? 一人で行けば良くない?」 「毎日授業で退屈そうなロンに、冒険した気分を味わってもらいたくて。私なら、あそこに何があっても生還できる自信はあったし。だめだった?」 息も絶え絶えなロンに尋ねると、ロンはパァッと顔を明るくした。 「アシュリー、君って最高だよ」 「ネビルには、申し訳ないことしちゃったけれどね」 ソファで引っくり返ってるネビルを見やりながら、二人で笑った。 ほんとは、笑い事じゃないって分かってる。一歩間違えば全員食われてるか、あるいは退学になっててもおかしくなかった。それでも立てなければならないフラグだったし、何しろ、試してみたかった、のかもしれない。自分の勇気とか、咄嗟の判断とか、そういうのを、さ。 全ては、これから生き抜くため。 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・― 引導を渡す、って本来は仏道の用語だけど 他に言い換えられなかったのでそのまま使ってます。 似たような言い回しが英語にあるって信じてる。 |