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「素晴らしい! ミス・ポッター、グリフィンドールに十点!」



杖を振る授業に関して、私はハーマイオニーにすら劣ること無く、妖精の魔法、変身術はもはや私の得意科目となった。パパとママの遺伝子が私の中に生きているのだろうか。嬉しい様な、なんか悔しい様な。

勿論、それは杖を降ることに関してのみなので、知識面ではやはりハーマイオニーには勝てない。それでも、彼女は私を敵視しているようだった。まあ、そこまで必死に努力してるようには見えない私が自分より成績いい教科があるなんて信じられない、腹立たしい、といった感じかな。次第に敵意に満ちて行くハーマイオニーは、ドラコよりも近寄り難くなった。これもまた時の流れが解決してくれる……よね……?

そんなこんなで十月に入った頃。いつものようにジョギング、筋トレ、魔法薬学の復習を終えて談話室へ降りると、顔を輝かせたロンが待ち構えていた。



「おはよう、ロン。どうしたの?」

「アシュリー、掲示板見た?」

「まだよ。どうしたの?」

「飛行訓練、やるって!!」



どうやらあれこれ忙しなく過ごしているうちに、みんなが待ちに待った授業が訪れるらしい。ドラコもロンもシェーマスも魔法使いの家の子はみんなクィディッチや箒に乗るの話をし、逆にネビルやハーマイオニーは飛行訓練に対してピリピリしていた。本を読んでなんとかなる話じゃないもんなあ、こればっかりは。朝食時も、ハーマイオニーは『クィディッチ今昔』から仕入れた飛行のコツをみんなに講義していた。だが、ふくろうたちが翼を広げて大広間に押し寄せてきたため、講義は途絶えた。

ネビルが、小包を受け取ったようだ。開封すると、少し大きめのガラス玉が出てきた。ほほう、あれが思い出し玉かあ……。



「『思い出し玉』だ! ばあちゃんが送って来てくれたみたい! こうやってギュっと握って、何か忘れてると玉が赤くなって──あれれ……?」



ネビルがそう言いながら思い出し玉を握ると、玉は見る見るうちに真っ赤に光り出した。



「何か忘れてるってことなんだけど……」

「何を忘れてるのかまで教えてくれれば、完璧なのにねえ」



どうせ送るなら、そういう機能がついてる奴にすればいいのに。ネビルは、何を忘れたのかも忘れているらしく、必死に思い出そうとしている。するとそこに、ドラコがグリフィンドールのテーブルの傍を通りかかり、玉をひったくった。



「あっ!」

「こら、ドラコ」



ネビルが悲しそうな顔をしたので、私がドラコを嗜めると、ドラコは母親に悪さが見つかった子供のような顔をして、スルリと逃げて行った。怒られると分かってて何故ちょっかいをかけるのか……。

その日の午後、私たちは初めての飛行訓練を受ける為に校庭へ急いだ。ほんとに箒乗れるんだあ……楽しみだなあ……某魔女が宅配してくれるアニメとかの影響もあって、やっぱり箒って憧れの的だよねえ……みんな、掃除用の箒にまたがったりしたよねえ……それが、ごっご遊びじゃなくて、ほんとに空を飛ぶんだもんねえ。ちゃんと、私に飛行術の才能があればいいなあ。高い所や絶叫系は好きだから、やっぱ私もクィディッチの選手になりたい。それにほら、クィディッチの練習はひいては未来の戦いに役に立つしね!

飛行訓練はスリザリンと合同授業だ。スリザリン生は先に着いていた。二十本以上の箒が地面に並べられていた。おぉー、と箒を眺めていると、マダム・フーチがやってきた。



「何をボヤボヤしてるんですか。みんな箒の傍に立って、さぁ、早く! 右手を箒の上に突き出して、そして、『上がれ!』という!」



言われたとおりに、私たちは一斉に「上がれ!」と叫んだ。パシッ、とすぐさま私の箒は手に収まった。まあ、これは馬と同じだ。こちらが堂々としていれば、箒は安心してこちらに身を委ねてくれる。ネビルのように震えてる態度や、ハーマイオニーみたいにガチガチに緊張したような態度では、箒たちも地面に足をつけていた方が安心できるのだろう。

横に立つロンも、命令するにはやや自信なさげな声なので、箒は浮きはすれど彼の手には飛び込んできてはくれなかった。



「上がんないなあ……」

「ロン、こういうのは、堂々としていればいいの」

「堂々と……?」

「そう。乗り手は私だ、って自意識過剰なくらい堂々としてればいいの。ドラコを御覧なさい、あの子も一発で箒を手に収めたけど、箒の持ち方は間違ってる。間違ってても良いの、堂々としていることが大事なの」

「ふーん。……上がれ!」



はっきりとしたその命令に、ロンの箒はパシッと彼の手に収まった。



「すっげぇ」

「ほら、出来たじゃない」



ロンはとても嬉しそうに私の顔を見た。かわいいやつめ。

次にマダム・フーチは箒の端から滑り落ちないように箒にまたがる方法と、箒の握り方を教えてくれた。



「さぁ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴って下さい。二メートルくらい浮上したら、すぐに降りてくるように──こ、こら! ロングボトム、どこへ行くんですか!! 戻ってきなさい!!」



先生は笛を吹いていないにもかかわらず、ネビルの箒は勝手に浮き出し、シャンパンのコルク栓が抜けたようにヒューッと飛んで行ってしまった。生徒たちは真っ青でネビルを見上げる。ネビル自身はそれ以上に真っ青になり、声にならない悲鳴を上げていた。やがて箒に振り回されたネビルは、箒に振り払われ、空中に投げだされ、落下してくる。まずい!



「モリアーレ!」



ネビルに向かって杖を振り上げ呪文を唱えると、落下中のネビルは突如無重力状態になり、すーっと地面に降り立った。慌ててネビルに近寄って見ると、ネビルは失神しており、白目をむいて倒れていた。



「まあまあ……クッション呪文なんて、よく知っていましたね、ポッター。あなたの機転に、グリフィンドールに十点差し上げます」

「ありがとうございます。ネビルは、大丈夫でしょうか……」

「気を失っているだけです。私はこの子を連れて医務室へ行きます。その間、誰も箒に乗ってはいけません。いいですね、さもないとクィディッチの『ク』の字を言う前に、ホグワーツから出て行ってもらいますからね!」



そう言うと、フーチ先生はネビルを担ぎあげて、ホグワーツ城へ歩いて行った。呪文を使わないのか、フーチ先生ったらカッコイイ。先生を見送っていると、ロンが背中をばしばし叩きだした。



「アシュリー、君すごいぜ! 咄嗟にあんな呪文が出てくるなんて!」

「いたた……たまたま知っていただけよ。ネビルが無事でよかった」

「まあ気を失っちゃったみたいだけど、ケガするよりマシだろうね」

「だといいんだけど……」



でもすごいなあ、かっこいいなあ、なんてロン以外のグリフィンドール生にも囃され、なんだかむず痒くなる。なんて思っていると、スリザリン生たちが大笑いし始めた。



「あいつの顔見たか? あの大間抜けの!」

「ドラコ、あなたってほんと懲りないのねえ……」

「ぐっ……アシュリー……」



やれやれ、とはやし立てるドラコたちを諌めにいくと、スリザリン生の気の強そうな女の子が、ドラコの前に立ちはだかった。わー、パグ犬そっくり。パンジー・パーキンソンかな。



「あぁああら? 有名人のポッター様は、あーんなチビデブの泣き虫小僧に気があるなんて! あなたのファンが知ったら、さぞ悲しむでしょうね!」

「あら、私にファンなんているの? 変な人たちねえ……」

「……ちょっと顔が良いからって調子に乗らないでよね。いつもいつもドラコに構って。ドラコに取り入ろうったって、そうはいかないんだから!」

「この顔を褒めてくれるの? ありがとう」

「あ、あのねえ──!」



冷やかされた所で、こちとら踏んだ場数が違う。交わし方もお手の物。にこにこしながらパンジー・パーキンソンに相対していると、パンジーは顔を真っ赤にして、ネビルが落としていった思い出し玉を拾うと、箒にまたがって飛び上がった。おや、その役割は君が担うのか、パンジー。



「ここまで取りに来なさいよ、ポッター! それとも、退学が怖いの?」

「あらあら、可愛い挑発。望むところよ、ってね」

「駄目よ!!」



箒を手に、パンジーを見上げると、ハーマイオニーが叫んだ。久々にハーマイオニーと会話した気がする。が、仲良くしたいのにかけられた言葉はお叱りという。涙が止まらない。しかも私はまた、ハーマイオニーの機嫌を損ねるようなことをしなければならない。



「あなた、いっつも冷静じゃない。こんな馬鹿みたいな挑発に乗らないで! フーチ先生が仰ってたでしょう、私たちみんなが迷惑するのよ!」

「仲間が馬鹿にされて黙ってちゃ、グリフィンドールの名が廃るわ」

「関係無い──って、待ちなさい!」



ハーマイオニーの制止は聞かず、私はひらりと箒にまたがって、地面を強く蹴った。風を切り、ローブがはためく。短い髪が切り込むような風を孕み、ぐんぐんと高度を上昇させる。空の青がどんどん近付き、緑の芝生がどんどん遠ざかる。頭上で鳥が旋回しているのが肉眼で見える。うわああああああ私箒に乗って空飛んでるすげえええええええええ!



「ちょっとアシュリー! あなたスカートなのよ!!」



下からハーマイオニーの声。あっ、やっべ忘れてた。下の方で私を見上げていた男子生徒達は一斉に私から目線を逸らす。いやさ、そもそも制服のまま飛行訓練はどうなのよ。なんかこうさあ、ジャージとかないのかな。フーチ先生に直訴することとしよう。

……さて。



「言われた通り、ここまで来たわよ?」

「フ──フン、度胸だけはあるようね、ポッター!」



そういうパンジーの箒は、少し震えている。飛べてはいるが、そこまで上手ではないらしい。箒にまたがっているのでいっぱいいっぱいなようで、地上に居る時ほど声に覇気がなかった。強がっちゃって、まあ。



「ほら、慣れないことするもんじゃないわよ。早く返してちょうだいな」

「あんたの──そ、そういうトコが、気に食わないのよ! そんなに返して欲しけりゃ、勝手に取りに行きなさいよ! ほーら!!」



と、叫んで、パンジーはガラス玉を空中に放り投げ、ダッシュで地面に降り立った。アクシオでも使えば確実に思い出し玉を手にできるが、と冷静になる自分が居る一方で、私は無我夢中で身体を前に倒して箒を飛ばした。

玉が高く高く上がり、そして落下していく様が、私にはまるでアニメーションのコマ送りに見えた。一コマ一コマ、しっかりと目に映っている。箒を両手でしっかり掴み、前屈みになると箒は迅雷の如く飛んでいった。風が顔に突き刺さるのを感じながら、そのまま箒の柄を下に向けると玉を目がけて急降下した。ふわりとした無重力感のあと、重力が襲いかかる。髪が逆立ち、ローブがばたばたとはためいて、私は思い出し玉と競争していた。ラベンダーとパーバティが悲鳴が通り過ぎていく。大丈夫、絶対取れる。ぐっ、と手を伸ばす。風が唸り声を上げ、行く手を阻む。もっと前屈みになれば、更にスピードが上がった。



「いける!」



空中でくるりと一回転して、思い出し玉をしっかりキャッチした。と、同時に箒の柄を水平にし体制を立てなおす。箒がしっかり止まったのを感じて、またゆっくりと地面に降下した。思い出し玉は無事だよ、と玉を掲げると、グリフィンドール生たちが歓声を上げて私に近寄ってきた──と、そこに。



「アシュリー・ポッター……ッ!!」



マクゴナガル先生が走ってきた。顔は険しく、唇はワナワナと震えている。グリフィンドール生たちは、顔面を真っ青にしてマクゴナガル先生に弁明を始めた。他人事なのに、そんなことをしてくれるなんて、嬉しいなあ、なんてそれこそ他人事のようにその光景を観察していた。



「まさか──こんなことはホグワーツで一度も……よくもまぁ、そんな大それたことを……首の骨を折ったかもしれないのに──」

「先生、アシュリーは悪くないんです!」

「おだまりなさい、ミス・パチル」

「でもパーキンソンが──」

「くどいですよ、ミスター・ウィーズリー。ミス・ポッター、さぁ、いらっしゃい」

「はい」



今にも泣きそうなグリフィンドール生の視線と、勝ち誇ったようなパンジーの視線を感じた。ドラコは、どう反応していいか分からないようで、わたわたしている。どっちに味方して良いのか分かんないようだ。ほんと可愛いなあの子。一言も物を発しないマクゴナガル先生について、私はホグワーツ城に入った。

……ていうかほんとに大丈夫だよね? 原作通りなら退学にならないけどいやほんとに大丈夫だよね? 私の物語はここで終わったりしないよね? やばい、ちょっと不安になってきた。マクゴナガル先生ったら何も言わないんだもの。なんて考えながらついていくと、マクゴナガル先生は教室の前で立ち止まり、ドアを開けて中に首を突っ込んだ。



「フリットウィック先生。申し訳ありませんが、ちょっとウッドをお借りできませんか」



あ、あぶねー。よかった、退学フラグではなかった。教室からたくましい青年が、何事だ、と言わんばかりの顔で出てきた。マクゴナガル先生はウッドと私を連れて、人気のない教室に連れてきた。



「ミス・ポッター。こちらはオリバー・ウッドです。ウッド、シーカーを見つけましたよ」

「本当ですか!?」

「間違いありません。この子は生まれつきそうなんです。あんなものを私は始めて見ました。ミス・ポッター、初めてなんでしょう? 箒の乗ったのは」

「あ、はい」

「この子は、今手に持っている玉を十六メートルもダイビングして掴みました。かすり傷一つ負わずに。しかも、学校のボロ箒で! チャーリー・ウィーズリーだってそんなことできませんでしたよ!」



ウッドの顔が見る見るうちに希望に満ち溢れて行く。そういや、チャーリーが優勝杯を捧げて以来、グリフィンドールはクィディッチで優勝して無いんだっけか。そういや、ウッドに熱く語るマクゴナガル先生もまた、学生時代は優秀なクィディッチ選手だっんだっけ。しかし、スリザリン戦での自身の怪我が原因で、優勝杯を逃している。この人は是が非でも、グリフィンドールに勝たせたいんだろうなあ。



「ポッター、クィディッチの試合を見たことはあるかい?」

「いいえ、ないです」

「ウッドはグリフィンドール・チームのキャプテンなんです」

「すごい……体格も小柄で……いや寧ろ小柄すぎるぐらいだが、シーカーにぴったりだ。身軽ですばしっこい……相応しい箒が必要だ。先生、ニンバス二〇〇〇とか、クイーンスイープの七番とか──あ、でも、ポッター、君は一年生か……」

「心配しなくとも大丈夫ですよ、ウッド。私からダンブルドア先生に話してみましょう。一年生の規則を曲げられるかどうか……でもやるしかありません。是が非でも去年よりは強いチームにしなければなりません。あの最終試合でスリザリンにペシャンコにされて……! おかげで私は、それから何週間もセブルス・スネイプの顔をまともに見れませんでしたよ……」



ウッドとマクゴナガル先生が熱く語りだす。ていうか小柄すぎるとかほっといてくれって思う。なんでみんないちいちそれを口に出して言うんだよ。

にしても、あの厳格なマクゴナガル先生がこんなに子どもっぽい面を見せるなんて、こうして目の当たりにすると不思議な感じだった。ていうかスネイプも熱くなるのかな、クィディッチに。いつものピリついた授業風景を思うと、全く想像できないけど。

すると先生は、少しだけ寂しげな表情で微笑んだ。



「ポッター、あなたのお父様がどんなにお喜びになったことか。お父様も、それは素晴らしい選手だったんですよ。彼ほど優秀なシーカーを、私は見たことがありませんでした」



マグコナガル先生が、切なくも嬉しそうに言うもんだから、私も嬉しくなった。親譲り、親に似ているってことは、喜んでいいのか分かんなかった。なんか、私自身の実力じゃない気がするんだもん。けど、こんなにも笑顔になってくれる人がいるなら、それもそれでいいのかも、しれない。

あれ? そういやパパって、チェイサーじゃなかったっけ?






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原作ではチェイサー、映画ではシーカーという謎改変されているジェームズ。
本連載ではシーカーとさせて頂きます。


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