16

日々のルーチンワークに徹する中で、《動物もどき》に成る為に魔法で身体を造り変え、両腕が完全に鳥の足になり、恐らく鳥か何かに変身するのだろうと分かる頃には、もうクリスマス休暇が目前に迫って来ていた。

外は雨から雪に代わり、銀世界が広がる中で、城の中はすっかりクリスマスムードに満ち溢れていた。魔法薬の教室以外はどこもかしこもキラキラ輝く魔法のオーナメントで飾られており、生徒たちは浮足立ってクリスマス休暇について計画を練り合う日々を過ごしていた。それは私たちも例外ではなく、ロンやハーマイオニーは今年はホグワーツに残るのだと嬉しそうに言っていた。恐らく、クリスマス目前にホグズミード行きが許されるからだろうと思った。案の定、学期最後の週末にホグズミード行きが許されると、私以外の全員が諸手を上げて喜んだ。



「クリスマス・ショッピングが全部あそこで済ませられるわ!」



ハーマイオニーは嬉しそうに両手を合わせたが、ハッとなって私を振り返った。気にしてないってのに、この子たちはほんと、変なところに気を使うなあ。

私はといえば、《動物もどき》の魔法と並行して、本格的に守護霊の呪文を練習しつつあった。しかし、みんなから隠れるように、夜こっそりベッドをカーテンで覆っての練習が捗る筈もなく。何度やっても、何日かけても、せいぜい、巨大な霧の塊を吹き出す程度に留まっていた。



「くっ……」



流石、OWLレベル以上と言われる魔法だ。そう簡単には習得出来ないってか。おまけに何時間もぶっ続けで練習していると、疲労感が身体に蓄積してしまう。ベッドの上に置いた枕に力なく倒れ込み、私は一人嘆息をした。はーあ、もっとこうさ、ゲームみたいに手っ取り早く魔力を回復させる方法はないのだろうか。こう、なに、エーテルとか、魔法の聖水みたいなアイテムっていうのは無いのだろうか。

寝転びながら、そんなことを考えつつぐっと腕を伸ばす。すると、何かがじゃらりと音を奏でた。



「……ん、」



ああ、なんてことはない。去年セドリックからクリスマスに貰った、翠玉と水晶のブレスレットだった。何だかんだ、ヘアピン共々、ずっと身につけているのが当たり前になりつつある―――ああそうだ、もうすぐクリスマスだ。入院続きで中々完成にこぎつけない、トランクの中にある物を想い浮かべながら、はあ、と溜息交じりに寝返りを打つ。そろそろ寝なきゃ、ああでもやることは山積みだ。時間はいくらあっても足りないのだと痛感しながら、私は疲労感に負けてそのまま眼を閉じたのだった。

次の日、ホグズミード行きの土曜の早朝。二か月もすれば慣れぬ作業もようやくサマになってきた。まあ、それでもジョギングを行いながらだと中々上手くはいかないが。そうしていつものように部屋に戻り、嫌がるシュバルツを抱えてシャワーを浴びて着替えて、予習をする。そしてみんなが起きてくる頃に合わせて談話室へ行き、暖かい暖炉の傍でシュバルツを膝に乗せながら、珍しく早起きしたロンとチェスをした後、朝食へ向かう。そしてシュバルツをマフラー代わりに首元に乗せながら、ホグズミードへ行くロンとハーマイオニーと別れ、一人で大理石の階段を登る。



「(今日は、《動物もどき》の練習に行かなきゃ)」



あれを練習と言うべきなのかは分からないが。んー、両腕の次は足でもやってみようか、流石に臓器のある胴や脳に手を出すのはまだ少し怖いし。そんなことを考えながらとんとん、と一人で階段を登る。ホグズミード行きの日は、城の中がびっくりするほど静まり返る。今日はクリスマス休暇前ということもあって、一段と静かだった。窓の外は雪がちらつき、より静けさを醸し出している。

すると。



「アシュリー、おおい!」

「こっちこっち!」



グリフィンドール塔に戻ろうと階段を登っている最中、四階の廊下で誰かに呼び止められた。振り返ると、フレッドとジョージが背中に大きなこぶのある隻眼の魔女の銅像の後ろから、ひょっこり顔を覗かせている。



「なあに? 悪戯に協力しろって話なら、もう断った筈でしょ?」

「違う違う。君にお祭り気分を分けてあげようかと思ってね」

「とりあえず、こっち来いよ」



フレッドかジョージかが銅像の左側にある教室を指差してそう言った。この双子が揃っている時は大概ロクなことがないので、私はいつでも杖を抜けるよう気を張って二人についていく。三人で、誰もいないがらんとした教室に入って、ドアをしっかりと締める。



「一足早い、クリスマス・プレゼントだ」



双子のどっちかが、マントの下から仰々しく何かを引っ張りだした。クソ爆弾じゃないだろうな、と私は右手を杖に伸ばしながら構えていると、なんてことはない、ただのボロボロの羊皮紙を取り出しただけだった。……あれ、これってもしかして。



「ああ、アシュリー。何も言ってくれるな」

「これは僕たちの、謂わば成功の秘訣なのさ」



突然、芝居がかった口調で説明を始める双子。



「君にやるのは実に惜しいぜ。でも、これが必要なのは僕たちより君の方だって、昨日、ジョージと二人でそう決めたんだ」

「それに、僕たちはもう暗記してるから必要ないしな。我々は、涙を惜しんで汝にこれを譲ろう」

「……それで? ただの羊皮紙ってワケじゃあないんでしょう?」



そう、説明を促すフリをする私。

ああ、そっか。そうだった。今年はマージおばさんの襲撃の所為で、今後の展開が書かれたノート、あの日本語で書かれた青いノートを開いてないから、すっかり忘れていた。クリスマス休暇前、そうだ、私は双子からコレを貰うことになっていたんだった。やだ、すっかり忘れてた。せっかくノート自体は持ってきたのに、忙しさにかまけてちっとも確認できてなかったし。

ふいに、ヒュッと首元に冷たい風が吹き込み、私は思わず身を縮こまらせる。フレッドとジョージは気にも留めず、話を進める。



「よろしい、説明してあげようアシュリー。ああ、あれは我々が一年生だった時の事だった―――まだ若くて、疑いを知らず、汚れなき頃のことだ」

「そんな時代があったって言うの?」

「今よりは、の話さ。さて、我々はフィルチの御厄介になる羽目になった」

「クソ爆弾を廊下で爆発させたら、何故かフィルチのご不興を買った」

「(そりゃそうだ)」

「やっこさん、僕たちを事務所に引っ張っていって、脅し始めたのさ。そしてそんな最中、我々はあることに気付いてしまった。書類棚の引き出しの一つに『没収品・特に危険』と書いてあるじゃないか」



双子に盗んで下さいと言わんばかりのフィルチの部屋でのシーンが、脳裏にありありと浮かんだ。ほんと、ホグワーツってこういうところ、ザルだよなあ。



「さて、君ならどうしたかな?」

「僕たちはこうだ。ジョージがもう一回クソ爆弾を爆発させて気を逸らせている間に、僕が素早く引き出しを開けてムンズと掴んだ―――それが、これだ」

「……前置きが長いわね。そろそろ本題に入って頂戴」

「急かすなよ、アシュリー。このかわい子ちゃんはな、学校中の先生を束にしたより多くの事を、僕たちに教えてくれたんだぜ、っと。さて、ジョージ、呪文を」

「オーケーだ。いくぜ、アシュリー。良く見てろ。『われ、此処に誓う。われ、よからぬことをたくらむ者なり』」



ジョージがそう唱えて、杖でぽんとぼろぼろの羊皮紙を叩いた。するとたちまち、杖先から光が溢れたかと思うと、細いインクの線が蜘蛛の巣のように広がり始めた。そして一番上の羊皮紙に、花が開くように渦巻型の大きな緑の文字がポツポツと現れ出した。



『  ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ

 我ら魔法悪戯仕掛け人の御用達商人がお届けする自慢の品

 ―――忍びの地図  』



ジョージの手の中にあるのは、もはやぼろぼろの羊皮紙ではなかった。それは、ホグワーツ城と学校の敷地全体を詳しく描いた地図だった。そして地図には、今現在地図に記された場所に居るであろう人物の名前もまた、リアルタイムに刻まれている。人物だけではない、猫も、ゴーストも、己が意思で動けるもの全て、この地図全てに掌握されている。

……なんて魔法だ。こうして、魔法を学んだ上で目の当たりにすると、改めて彼らの底の知れない探求力には頭が下がる。……うーん、位置探知の呪文だけじゃ、こうも詳細には記せないだろう。消せるところから、形状記憶の魔法もかかっている―――いや、消しているのではなく見えなくしているから、カメレオンの呪文だろうか。人間でなく猫やゴーストの位置まで把握できるなんて、これはどういう呪文なのだろう。マジマジと、地図というよりは、地図にかけられた魔法が知りたくて観察してしまう。



「(天賦の才ってのを、感じるよ)」



ホグワーツ始まって以来の秀才が二人とその親友二人が叡智を結集して作ったのであろう、この『忍びの地図』。……いやあほんと、ここまで見事だと嫉妬を通り越して感嘆しか零れない。それくらい、完璧な魔法が組まれていた。勿論、地図自体の出来も素晴らしい。流石に秘密の部屋は描かれていないが、抜け道抜け穴は私の知る以上のものが記されている。教室から教室へ抜ける道もあれば、城の外へと続く道もある。

私の視線に気付いたのか、双子も城の外へ続く道を指差す。



「これを辿れば、ホグズミードに直行できる」

「道は全部で七つ。ところがフィルチはその内の四つは把握してる。この四つは使わないほうがいいな、ウン」

「それ、確かなの?」

「五年かけて検証済みさ、そこは信じてくれていい。さて、残る三つの道はフィルチも絶対に知らない。けど、此処の五階の鏡の裏の道は崩れて塞がっちまってるからもう通れないし、こっちの道は使ったこと無いけど、真上に暴れ柳が植わってるから、怪我したくなきゃ通らないことを進める」

「そして最後。この四階の隻眼の魔女のばあさんのコブは、ハニーデュークス店の地下通路に直通だ。道も安全、フィルチにもバレてない。多少寒いが、何時でもホグズミードに行けると思えば安いもんだ、そうだろう?」



二人はぱちっとウインクを飛ばす。そしてそのまま、ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ、と地図の表紙に書かれた名前を、楽しそうになぞって溜息をついた。



「我々はこの諸兄にどんな御恩を受けたことか」

「気高き人々よ。後輩の無法者を助けんがため、かくのごとく労を惜しまず、だ」



厳かにそんなことを言い出す二人を見て、そのうち一人が私のパパで、そのうち三人がこの学校に潜伏している上に、一人は狼人間で、もう二人が未登録の《動物もどき》と知ったら二人はどんな反応をするだろう、と思った。



「あ、そうだ。使った後は消しとけよ。誰かに読まれちまう」

「呪文はこうだ。もう一度地図を叩いて、『いたずら完了』だ」



そう言って、二人は私に忍びの地図を差し出した。私はその大きな地図を、おずおずと受け取って、少しだけ思案する。

内容は単純、どうして二人はこんな貴重な物を私に譲ってくれるのだろう、ということだ。確かに、素晴らしいアイテムだ、貰えるというのなら是非貰いたい。忍びの地図と、ポッター家に伝わる死の秘法、透明マントがあればもう無敵だ、いつだって校内徘徊出来るだろうし、上手くやれば目と鼻の先にスネイプが居たってやり過ごせるであろう。それくらい素晴らしい発明だ。しかしそれは、フレッドやジョージにしても同じこと。悪戯に人生を費やす二人が、その最たる協力者であるこの忍びの地図を手放すメリットはどこにあるのか。居てもたってもいられず、私はその疑問を打ち明けた。



「ねえ、どうして私にこんなすごいもの、譲ってくれるの」



すると二人は、鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔になった。そうして二人は互いの顔を見合わせて、もう一度私を見つめた。



「なあ、アシュリー。僕ら、これでも君に感謝してるんだぜ」

「え?」



えーっと……さっきあっちがジョージって呼ばれてたから、こっちはフレッドかな。多分フレッドが、急に真面目腐ってそんなことを言い出すので、私はもう一度聞き返した。フレッドは、急に照れくさそうに鼻を擦る。



「いや、なに。なあ、ジョージ」

「ああ、そうだな。……アシュリー、君にとっちゃ些細なことかもしれないけど、去年、君は僕らの妹を秘密の部屋に乗りこんで助け出してくれたんだぜ」

「それに、敗戦続きだった僕たちのクィディッチチームを、勝利を導いてくれたのも君だ。事件続きで優勝杯は取れず終いだけど、君は間違いなく、過去最高のシーカーだ」



あの双子に、真面目腐って褒められている。私は、はしたなくもぽかんと口を開けたまま、双子を見上げる。

確かにそう言われると、感謝されるいわれも、少しはあるのかもしれないと思った。けれど、ああ、けれど。それをこの双子が、直接私にそれを告げている。それがなんだか、すごくくすぐったくて。けれど、どうしようもなく嬉しくって。湧き上がる笑みをそのままに、私はそっか、と一言零した。



「だから、僕らはこれを譲ることに悔いは無いんだ」

「君にはホント、感謝してもし足りないんだから」

「……そっか。分かった、上手く使わせてもらうわ。ありがとう、二人とも」

「そうしてくれると、僕らも助かるよ。―――さて、そろそろ僕らも、たまには真っ当な道からホグズミードに行こうかね、フレッド」

「ああ、そうだな。じゃあな、アシュリー。ハニーデュークスで会おう」



ニヤリ、と笑って双子は満足そうに教室から出て行った。私は忍びの地図を抱えたまま、しばしの間、その場に立ち尽くしていた。相変わらず、地図の中で多数の名前がうろうろとしているのが見えた。

さて、どうしようか。ああは言ったものの、正直私にはやらなきゃならないことが山積みで。……しかし、と、いつもより圧倒的に名前の点が少ない地図を見る。せっかくのクリスマス休暇、やるべきことばかり腕に抱えていては気が滅入るというもの。少しくらい、そう、今日くらいは息を抜いても良いかもしれない。そう決めて、私はまず、透明マントを取りに帰ろうと教室を後にしようとドアノブに手を伸ばす。ふと、いつの間にか首のぬくもりが消えていることに気付き、教室内を振り返る。



「……シュバルツ?」



けれど、返る鳴き声は無い。あれ、と思って地図を広げるも、『シュバルツ』の名前はこの教室には見当たらない。双子と話している間に、気付かぬうちにどこかへ向かってしまったのだろうか。一応この辺りの廊下、先に寮に帰ったのでは、とグリフィンドールの寮も調べてみるも、そこにシュバルツの文字は無くって。人気の少ないグリフィンドールの塔には、下級生の名前がちらほらと―――。



「……ピーター・ペティグリュー」



一つ、男子寮でぴくりとも動かない名前を見つけて、思考が止まる。……いや、いや。今動いた所で―――……仮に、だ。もしも、もしも、今からピーターを密告してみたら、どうなるだろう。シリウスは寒空の下、一人クリスマスを過ごすことは無くなるかもしれない。ルーピン先生も狼人間だとバレずに過ごせるかもしれない。この地図を持って、ダンブルドアの元へ駆け込めば、今年の事件は全て終わるのではないだろうか。

一瞬、迷う。けれど、私はそれをしなかった。地図を杖で叩いてから消して、地図をローブに仕舞ってから、教室を出て、グリフィンドール塔へ進みながら、思う。やめておこう、と。確かに今、行動を起こせば、全てが終わる。死んだ筈の男がグリフィンドール塔の男子寮で震えている。ダンブルドアにでもタレ込めば全てが終わる話だ。けれど、と、私はお粗末な己の守護霊を思い描く。だめだ、このまま普通に練習したのでは、私は一生守護霊の呪文を身につけられない気がした。あの絶体絶命のピンチを迎えて初めて、私は己が本領を発揮できる―――そう思っていた。これもまた、過信だろうかと一瞬思った。けれど、《まね妖怪》というまがい物を用い、ルーピン先生の保護下で学ぶ守護霊は絶対に不完全なままだという気がしていた。やはり、本物を前に、あの恐怖に打ち勝てなければ何の意味もない。そう、出来る出来ないではない。過信したかしてないかではない。あの場面に直面しなければ、意味が無いことなのだ。

あの状況が打破できなければ、意味が無いのだ。



「(……ごめん、シリウス)」



グリフィンドール塔に戻り、透明マントを引っ掴み、防寒具一式を身につけて来た道を戻る中で、私は今頃森の中で寒い思いをしているであろう名付け親に、そっと謝罪をした。今じゃ駄目なんだ、あの日あの状況下、役者が全て揃うあの場面でないと、今年は私が成長できないのだ。だからごめんと、私は後ろ髪引かれる思いで四階まで戻る。

辺りに誰もいないことを確認してから、隻眼の魔女の銅像のコブの後ろに回り込む。展開こそは忘れていても、呪文だけは忘れていなかった私は、杖でコブを叩いてから唱えた。



「ディセンディウム」



すると像のコブが割れ、大の人間一人がやっと通れるくらいの割れ目が出来た。私の体格では大腕振って歩いても掠りもしないだろうが……って自分で言ってて悲しくなってきた、やめよう。

割れ目に身を滑り込ませると、その先は石の滑り台のような下り坂が待っていたので、私は身を滑らせて降下する。かなりの距離を滑り落ち、しばらくすると湿った冷たい地面に着地した。辺りは真っ暗だったので、杖で明かりを灯して先に進むことにした。寒々とした洞窟を早足で進めば、四十分ほどで上り坂になった。滑らないよう足元に気をつけながら登っていくと、石の階段が見えた。そこからはか細い光が差し込んできており、ゴールが近い事を窺わせた。私はもう一息、と石段を登っていく。しばらくすると観音開きの撥ね戸のようなものが見えた。人の気配がしないことを確認し、その撥ね戸をえいやと開けてよじ登る。部屋自体は倉庫のようだった。お菓子の在庫やらが入った木箱がうず高く積まれている。恐らく、ここがハニーデュークス店だろう。さっさと店を出て、透明マントを被っても違和感のない、広く人気のない場所へ行こうと、私はもこもこのマフラーで顔を埋めるようにして隠し、なるべく下を向きながらハニーデュークスの倉庫から抜けだし、お店へと出た。



「(う、わ)」



店内は日本の満員電車を想起させるほど人でごった返しており、足の踏み場もないほど混み合っている。商品棚には数え切れないほどのお菓子が天井高くまで陳列されている。色取り取りのヌガー、ピンクに輝くココナッツ・キャンディ、はちみつ色のトッフィー、何百種類もある様々な形のチョコレート、百味ビーンズの入った大きな樽、浮上炭酸キャンディはワゴンで投げ売りされていて、ミツバチがプリントされたチョコレートファッジの大きな箱は平積みにされている。その向こうには『特殊効果』というお菓子屋に相応しくない注意書きが見えたのでそっと目を逸らし、私は店を出ようと足早になったその時だった。

店の一番奥、『異常な味』という看板が引っ提げられたコーナーの下に、ロンとハーマイオニーを見つけたのだ。私は身を屈め、人波をかき分けて二人の元へと歩いていく。二人はこちらに気付かないまま、血の味がするキャンディを吟味している。



「ウーッ、だめ。アシュリーにこんなの持っていったら、呪いの一つでも飛んできそう。これ、多分吸血鬼用なんだと思うわ……」

「じゃあこれは? ゴキブリ・ゴソゴソ豆板」

「ブン殴られたいの?」



思わず、そんなことを口走ってしまった。まずい、と思ったがロントハーマイオニーは手に持った商品を取り落とす程飛び上がり、こちらを振り返った後だった。



「アシュリー!?」

「どうしてこんなところに!?」

「シーッ、声大きい! ちょっとね、詳しくは後で話すわ」



驚く二人に静かにするよう言うと、二人はこくりと頷いた。どういう訳で来たか分からない私を、二人は何だかんだと暖かく出迎えてくれたロンは変装するならと、栗色のニット帽を貸してくれたので、私はニット帽を被り、顔の半分をマフラーに埋めながら案内してくれる二人に付いて回る。



「なあ、これ見て。ナメクジ・ゼリー」

「虫系は勘弁してよ、ロン」

「じゃあこっちは、すっぱいペロペロ酸飴!」

「ウッワ懐かし! この飴、僕が七歳の時にフレッドがくれたんだ。そしたら僕、酸で舌にぽっかり穴が開いちゃって。フレッドがママに箒で叩かれてたの、よく覚えてる」

「その頃から悪戯好きだったのね」

「そうだよ、全く困ったもんだぜ。……なあ、二人とも。ゴキブリ・ゴソゴソ豆板を持ってってピーナッツだって言ったら、フレッドが齧ると思うかい?」

「思わないし、この店に関しては双子の方が詳しいでしょ」

「だよなあ……」



なんて会話を楽しみつつ、私たちは買い物を楽しんだ。私は大きなチョコレート・ヌガーのクリスマス限定の詰め合わせセットを購入し、それをハーマイオニーにお金を渡して代わりに払ってもらい、一足先に店を出た。外は吹雪と言っても過言じゃないほど荒れていて、これは透明マント無しでも私の姿は分からないだろうと思いながら、あまりの寒さにニット帽を深く被った。

やがて会計を終えたロンとハーマイオニーが出てきたので、私たちはとりあえず話をしようと『三本の箒』へ向かうことになった。猛吹雪の中、三人で歩き、三本の箒が描かれた看板を引っ提げた小さな居酒屋に入った。中はあったかく、人がごった返していた。空いているテーブルに席を陣取り、ロンが三人分の飲み物を買ってきてくれると言うので、それを待つ。カウンターの向こうには小粋な顔をした曲線美の女性が居て、にこやかな顔で荒くれ者の魔法戦士たちに飲み物を振る舞っている。



「マダム・ロスメルタよ」

「綺麗な人ね」



美しい女性だ、と純粋に思った。あれで既婚者なんだから驚かされる。そんな取るに足らない話をしていると、ロンが大ジョッキ三つ抱えてやってきた。居酒屋で働く大学生のようだなと思いながら感謝とお金を渡して、バタービールを受け取った。樽を模したジョッキの中で、バタービールが熱く泡立っている。



「メリー・クリスマス!」



ロンの掛け声と共に、私たちはジョッキをぶつけ合い、バタービールを口に含んだ。暖められた爽やかなジンジャーエールと、ふわふわしたバタークリームの甘い泡が口の中で混ざり合い、身体の芯まで暖まったような気がした。ニット帽とマフラーを脱いでしまいたくなるところをぐっと我慢し、そわそわと説明を求める二人を前に、私は忍びの地図を引っ張りだして小声でいきさつを説明してから、さっと地図を仕舞った。

ハーマイオニーは少し怒った顔をして、ロンはどこか憤慨していた。



「フレッドもジョージも、そんな便利な地図があるんなら教えてくれたって良かっただろうに! 僕、弟なんだぜ!?」

「でも、危険よ。アシュリーはこの地図、持ってちゃいけないわ」

「嘘だろ、こんな便利な地図を取り上げるって言うのか?」

「そもそも、アシュリーは此処に来ちゃいけないのよ! そりゃ、そりゃあ、クリスマスぐらいちょっとはって思うけど……でも、アシュリー、私はこの地図を、マクゴナガル先生にお渡しするべきだと思う」



相変わらず、真面目なハーマイオニーだ。去年の事もあるし、落ちてるものが安全とはとても言い切れないことを、彼女は良く知っているのだろう。



「地図が危険な物だったら、五年間使いこんで何も起こらなかったフレッドとジョージの説明が付かないじゃない。……大丈夫、私も何度も抜けだしてきたりしないわ。今日だって透明マントを持ってきたし―――ねえ、ハーマイオニー、今日くらい、だめ? 私のこと、言いつける?」



そう言って、小首を傾げる私に、ハーマイオニーはウッと言葉を詰まらせた。一昨年のクソ真面目なハーマイオニーならいざ知らず、今のハーマイオニーにはそんなことは出来ないことを、私は知っている。地図の安全性は五年もかけて双子が証明しているのだ。ほぼ疑いようはないだろうことは賢い彼女も分かっている筈だ。



「そんなこと、しないわよ……分かってる、くせに」

「じゃあ、いいじゃない」

「でも、さっきの抜け道を、シリウス・ブラックが知っていたとしたら? 地図はともかく、抜け道ぐらいは、先生に申告しても良いんじゃないかしら……」



そのシリウス・ブラック率いる愉快な仲間たちが作った地図なんですけどね、とは言わないで。心配そうに眉を顰めるハーマイオニーに、ロンは意味ありげに咳払いをした。



「おいおい、ハーマイオニー。フィルチでも知らない道を、ブラックが知ってると思うか? それに、ホグズミードは夜間、この村をパトロールして周るんだ。こんな人の多い村、ブラックがノコノコ押し入るってのなら、拝見してみたいぜ」

「それはそうだけど―――でも、」

「いいじゃないか、ハーマイオニー。せっかくのクリスマスなんだ。アシュリーだって城に籠ってお勉強じゃなくて、たまには思いっきり羽根を伸ばさなきゃ。なあ?」

「私、そこまで引き籠ってる?」

「物の例えさ、真に受けるなよ。さ、腹減ってきたし、何か頼もうぜ。此処のクリスマス限定のスペア・リブの味は格別ってチャーリーが―――」



そう言いかけたロンは、入口を見つめて凍りついた。私もハーマイオニーもハッとして振り返る。そこには、マクゴナガル先生、フリットウィック先生、ハグリッド、そして何故かこのメンツには似合わぬ、コーネリウス・ファッジが四人連れ立って店に入ってきていたのだ。

私は咄嗟に自分の大ジョッキを懐まで引き寄せると透明マントを被った。そしてマントの下で息を顰めながら、ようやくこの後の展開を思い出した。そうだ、そうだった。私―――じゃない、私たちは、此処で聞いて、知らねばならないのだ。私の親が、誰の手によって殺されたのか。そうだ、その為の地図だったのだ。この為のフラグだったのだ。ああもう、ちゃんと寮に戻ったらしっかりノート、確認しなきゃなあ。



「それで大臣、どうしてこんな片田舎にお出ましに?」



先生方に飲み物を作り、誘われるがままに四人席の向かいで飲み物を呷りながら、そう話題を切り出したのはマダム・ロスメルタだった。ロンとハーマイオニーは先生方が腰を下ろしたカウンターバーをちらちらと見やりながら、さも自然そうにバタービールのジョッキを呷っているが、背筋が妙にピンと伸びているし、動きは錆び付いたブリキのようにカチコチだった。そんな二人に苦笑しながら、私は透明マントを被ったまま、ゆったりとバタービールを呷る。うん、美味い。

先生方とファッジは、こちらが張りつめながらもじっと聞き耳を立てているとも知らずに、マダム・ロスメルタと話を続ける。



「他でもない、シリウス・ブラックの件でね。ハロウィーンの日に学校で何が起こったかは、薄々聞いているだろう?」

「確かに耳にしていますわ」

「ハグリッド、あなたはパブ中に触れまわったのですか?」

「とんでもねえ、マクゴナガル先生。生徒たちでしょう。生徒は噂話が大好きな生き物です。それに―――その、アシュリーのことも、ありましたし」



マクゴナガル先生に言い訳をするハグリッドの口から出た私の名前に、二人は思いっきりバタービールをむせ込んだ。マダム・ロスメルタは、美しい顔を悲嘆に暮れさせ、少しだけ声を落とす。



「では大臣。ブラックがまだこの辺りに居るとお考えで?」

「間違いない」

「……吸魂鬼が私のパブの中を二度も探し回ったことをご存知? お客様が怖がってみんな出て行ってしまいましたわ。大臣、商売あがったりですのよ」

「ロスメルタのママさん。私とて、連中が好きなわけじゃない。だが、用心に越したことは無い……しかし、ブラックの力を持ってすればだ、」

「でも大臣。私はまだ信じられないんですわ。どんな人間が闇に加担しようと、シリウス・ブラックだけはそうならないと思っていました。あの人がまだホグワーツの学生だった時のこと、私はよーく覚えています」

「君は話の半分しか知らないんだよ、ロスメルタ」

「どういうことですの?」

「……ブラックのホグワーツ時代を覚えていると言いましたね、ロスメルタ」

「ええ、ええ。マクゴナガルさん。私は今でも脳裏にハッキリ思い描けますわ。いつでも一緒、影と形のようだった。此処にはしょっちゅう来てましたもの。ああ、あの二人にはよく笑わされて……まるで漫才だったわ、シリウス・ブラックとジェームズ・ポッターの二人には!」



ポカン、と口を開けたのはロンだけじゃなかった。ハーマイオニーもまた、信じられないものを聞いた鳩のような顔で、見えない筈の私の表情を窺おうとこちらを振り返る。透明マント越しの二人は何とも間抜けな顔をしていて、私はくつりと笑いながら、もう一度バタービールを喉に流し込む。

それから、五人はシリウス・ブラックとジェームズ・ポッターの思い出話に花を咲かせた。親友だった二人、双子のようだった彼ら、卒業後もその友情は損なわれずに、やがてリリー・エヴァンズと結ばれ、産まれた子どもの名付け親にするくらいには―――そう話した時のロンの顔といったら。全て知ってる私はただただぼんやりと、バタービールのぬくもりに触れながら、話を聞き流す。忠誠の術、『秘密の守り人』、ポッター夫妻の隠れ家を唯一知る秘密の守り人の役目をシリウス・ブラックが買って出たこと。そうまでして守られた二人が死んだ、つまりシリウス・ブラックが裏切ったと誰もが理解した。ハグリッドがシリウスへの怒りを露わにジョッキを握り潰さんばかりに怒鳴り声を上げた時、ハーマイオニーは小さく飛び上がった。



「くそったれの裏切り者め! 奴に最後に会ったのは俺に違ぇねえ。ジェームズとリリーが殺されちまった時、あの家からアシュリーを助け出したのは俺だ! 崩れた家の中で、静かに寝ちょった可哀想なアシュリー! 女の子だってのに、額に大きな傷を受けて、両親は死んじまって!」

「ハグリッド、シィーッ!」



マクゴナガル先生が諌めるが、顔を赤くしたハグリッドは聞いちゃいなかった。シェリー酒をぐいっと呷り、ぽろぽろと涙を零しながらしゃくりあげ、ぶつぶつとうらみつらみを連ねる。



「そんで、俺はシリウス・ブラックに会った。いつもの空飛ぶオートバイに乗って、俺の前に現れた。奴め、真っ青になって震えちょった。ほんでもって、俺が抱っこしてるアシュリーを見て奴は言うんだ! 『ハグリッド、アシュリーを渡してくれ! 俺が名付け親だ、俺が育てる!』ってな! ヘッ、俺にはダンブルドアからの言いつけがあったからな、ブラックに言ってやった! 『駄目だ。アシュリーはおじさんとおばさんのところに行くんだ』ってな。ブラックはゴチャゴチャ言うとったが、結局は諦めて、俺にオートバイを譲って去っていった……」



ダンブルドアの介入さえなければ、そうなっていたのだろうか。ハリーも私も、おじさんもおばさんもそうであった方が幸せだったろうに。そうすればシリウスは敵討にと向かって無実の罪でアズカバンに投獄されることもなかっただろうし、私もハリーも少なくともおじさんたちよりは愛情を注いでくれる大人の元で育っただろうし、おじさんもおばさんも『魔法』という普通でないものにビクビクしながら生活する事も無かっただろうに。血の守りを永らえさせる必要があったから、今更どうしようもないことだけど。

そうしてそのブラックを追い詰めたのが、小さな凡夫の英雄だったという話まで来た時、ようやく湖畔のように静まっていた私の心に、波風が立った。



「(あいつさえ―――いなければ)」



私は今頃、傷を負うこともなく、生まれ変わったという奇妙な立場以外は全てが普通。賢い父と、優しい母が居て。父の親友や母の友人に囲まれて、幸せな日々を送っていただろう―――か。

否、それもありもしない幻想だ。そもそも、パパが死に、ママが私を守ってヴォルデモートを滅ぼさなければ、闇の時代は尚、続いたんだ。続けば続くほど、犠牲者が多く出たのなら、ピーター・ペティグリューの裏切りもまた、この世界には必要だった―――のだろう、か。私たちポッター家とシリウスの人生全てを引き換えに、この世界の犠牲者を少しでも減らせたのだとしたら。



「(―――少しは彼も、救われただろうか)」



なんて疑問は、投げかける価値すら無い。救われた世界はあまりに膨大だったかもしれない。あるいは、救われた世界はあまりにちっぽけで、私たちの犠牲無くしても近いうちにヴォルデモートは破滅を迎えていたのかもしれない。そんなことは、誰にも分からない。そう、一読者であった私にさえ、そんな可能性の話は分かる筈もなくって。

五人の話題は裏切り者のシリウス・ブラックによって吹き飛ばされたピーター・ペティグリューから、再びシリウス・ブラックの話へと移ろっていた。



「先日、私がアズカバンの見回りに行った時、ブラックに会ったのだ。あそこの囚人はみな正気を失っているというのに、ブラックはあまりに正常だった。筋の通る、理論立てた会話を、十二年収監されて尚、口にしたのだ。奴は退屈そうだった。私に向かって、新聞を読み終わったのならくれないか、と言ってきたのだ。……洒落てるじゃあないか、クロスワードパズルが懐かしいと言うんだ。……私は、大いに驚いたさ。どんな手段を使ったのか、ブラックは吸魂鬼の影響を殆ど受けなかったのだよ」



そしてシリウスはファッジに与えられた新聞の切り抜きを見つけ、事件が終わっていないと理解した―――か。しかし、今の話が本当だとしたら、彼はその瞬間まで、理性を保ちながら脱獄を考えてなかったと言うのだろうか。無実の罪で、生涯をアズカバンで終える気だったのだろうか。パパが死に、ママが死んで、全てを諦めていたのだろうか。それとも、裏切り者で結果的には自爆だったとはいえ、ピーターを見殺しにしたと思い込み、罪の意識を感じていたのだろうか。

いっそ理性を手放して死に絶えた方がマシとも言える状況下で、一体何が彼の正気を保たせたのだろう。自分は無実だと言う幸福以外の気持ちを抱いていたから?でもそれは、結果だ、理由じゃない。いくら執念や事実という、吸魂鬼には吸い取れない感情であったとしても、正気を保とうと努めなければ十二年も生き伸びれる筈は無い。では、彼にはあったというのか、正気を保とうと思えるほどの、理由が。檻の向こうに、彼はまだ夢を抱いていたと言うのだろうか。全てを失って尚、そうするだけの理由が―――。

思案に暮れる私の視線の向こうで、マダム・ロスメルタが重々しい溜息をついた。



「だけど、だったらシリウス・ブラックは何の為に脱獄したとお考えですの? 例のあの人は居なくなってもう十二年も経つと言うのに」

「それは―――アー、奴の最終的な企てだと、言えるだろう」



ファッジは下手くそに濁したが、ロンもハーマイオニーもシリウス・ブラックが脱獄した理由だけはとうに知っている―――ヴォルデモート卿を失脚させた張本人、アシュリー・ポッターを殺す為―――と、二人は思い込んでいるが。

十二年前、家族を殺され、何故か家族を殺した本人を打ち滅ぼした英雄、アシュリー・ポッター。一家の死の原因は夫妻の親友の裏切りがあって。名付け親という、後見人とも呼べるその存在が、命惜しさに親友を裏切り、ご主人様に売った。そうして夫妻が死に、赤子だけが生き残り、ブラックはもう一人の小さな英雄によって全てを失い、アズカバンに投獄された―――十三歳の少年少女が受け止めるには些か重すぎる話だろうと、当の本人である私でもそう、他人事のように思ってしまう。だからこそ二人はかける言葉も見当たらないと、見えない筈の私を見つめる。まあ、当の私は冷静だ。流石に何十年も前から知っている情報なのだ、しかも嘘に塗れた情報だ。今更憤ることもない―――けれど。



「(……紙面で読むのと、話を聞くのとじゃ、やっぱ違うな)」



先生方の話を聞きながら、改めて、これがたくさんの人が関わる『人生』なのだと思い知らされた。これはもう、紙面上の物語ではない。私の、シリウス・ブラックという一人の人間の、人生そのものなのだ。波乱と死に満ちたアシュリー・ポッターの人生、裏切りと汚名に塗れたシリウス・ブラックの人生。生きた人間の口から聞く、見知った筈の情報は何故か私に重く圧し掛かる。こんな生活を二年も続けて来た筈なのに、どうしてこうも、気が重くなるのか。やはり、私は―――“私”は。



「(……否。これも望んだことだろう、アシュリー)」



古ぼけたトランクの前で、見るも無残な“私”を跳ね退けたのは他でもない、私なのだ。だからこれを、嘆いてはいけないんだ、“私”。寧ろそう、喜ばしいことじゃないか、私。知った情報を他人事と思えなくなっている。知った情報が、知識ではなく記憶として重みに感じる。そうそれは、少しずつ私がアシュリーを受け入れている証拠だ。物語の登場人物ではない、私がアシュリーとして、世界を見つめ始めているということだ。良い兆候だろう―――なあ、そうだろう、そうだと言ってくれよ、“私”。

そうしてこんな明るい居酒屋で話すには到底相応しくない話題を繰り広げた先生方とファッジは一人、また一人とゆっくり退散していき。先生方のグラスを片付けに奥へ引っ込むマダム・ロスメルタを見送った後、茫然としたロンがどんなふうに私を呼んだのかは、あまりよく、覚えていなかった。


*PREV | TOP | NEXT#

- ナノ -