「やあ、早かったな」
部屋は私のものよりよほど広く、部屋の主もやはり私などは足元にも及ばないような、強烈な何かを持っていた。
これが所謂オーラ、なのだろうか。
すごい人なんて肉眼で一目見たこともない私は、呑まれてしまいそうになる。
けれど、何でもかんでもペラペラと話すわけにはいかない。
いくら恩が合って、これから先も恩を受け続けるとしても。
私程度の嘘なんて足利さんは容易く見破るだろうけど、私程度の嘘を見抜けないふりもしてくれるはずだ。
それが風流人というものなのだろう。
毛利の策も見て見ぬふりをしていたようだし。
……あの人と私を一緒にすると、各方面から苦情が来そう。
足利さんは武具をつけておらず、いかにも普段着だ。
まあ、当たり前っちゃあ当たり前か。
あんな重くて暑そうなもの、年がら年中着ているわけにはいかないだろう。
つらつらとそんなことを考えている私をおいて、先ほどの女中さんは何処かへか行ってしまった。
勧められるままに座布団に座る。
座り方にも礼儀があった気がするが、そんなもの覚えちゃいない。
「さて、夢叶といったか。
予の質問に答えてくれるかな?」
「私に答えられる質問でしたら」
鮮やかな赤色の瞳は声と相まって、某少佐を思い出させる。
ゲーム中で松永さんもビックリな瞬間移動を披露したこと、忘れてはいない。
通常の3倍なんてもんじゃなかった。見えなかった。
くだらないことを考えて意識を逸らす。
そうでもしなくちゃ、いよいよこの人の言いなりになりそうだったから。
「異なる世とは、平に連なりし世界のことか?」
「近いですが、それよりももっとこの世界の軸から遠い場所です。
私の世界に婆娑羅者はいませんし、過去にいたという文献も残っていません」
「では何故この世界のことを知っている?」
「私が、巫女だったからです」
嘘だ。
私は巫女なんかじゃない。普通の高校生。
でもだからと言って、バカ正直にゲームやってて知ってましたなんて言えない。
信じてもらえないだろうし、私はあなたは0と1の存在ですなんて言われたくない。
だから人にもそう言わない。
自分がされたくないことは人にしない主義なんだ私は。
なるべく、だけれど。
着替えの間に作った急ごしらえの設定だが、足利さんは興味を持ったようだ。
目を輝かせて、面白そうに笑う。
そこには悪意なんて微塵もなく、子供みたいだなと思った。
「予の知る巫女とは、大分違った印象を受けるが」
「あなたが言っているのは、鶴姫様のことですね。
私は彼女と違って自分のいる世界のことは見えません。
その代わり、異なる世界のことを人に伝え、それを参考に他の人が政を行うんです」
敬語が微妙だ。
仕方がない。あんまりしっかりした言葉を喋ろうとすると、絶対噛む。
せっかく格好つけてるのに、そんな醜態晒したくない。
「それは、やりがいのある役目だろうな。
ならばどうして、夢叶は生きている実感がない?」
「……役目を負っているの者は大勢います。私はその一人でしかない。
いてもいなくても変わらないのです。
それに、私の世界は平和でした。
当たり前のように与えられる明日は、輝きなんて持っていなかった」
半分は本当だ。
何も考えなければ、普通に生きて普通に死ねただろうに。
どうして生きているのかと思い始めれば、それはただ惰性でしかなかった。
死にたくないとすら思っていなかったのだ私は。
そう思うのには、あまりに遠すぎた。
ダイヤモンドに価値があるのは、手に入り難いからだ。
そのへんの石に価値がないのは、手に入り易いからだ。
ならば、手に入りやすい明日に、価値なんてない。
だから私は、価値なのない明日を捨てようとした。
手に入りづらい死が、価値あるものに思えたから。
その結果が異世界トリップした上に将軍様に拾われるなんていう、超絶おかしな展開なのだが。
もっとこの世界に来るべき人はいただろう。私なんかよりもっとふさわしい人が。
ご丁寧に死ねない体なんかにしやがって。
「夢叶は、予のことも知っているのか」
「ええ、よく知っていますよ。室町幕府元将軍、足利義輝様」
わざと口の端を釣り上げて悪そうに笑うと、足利さんも愉快そうに笑った。
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