私がここに来てから数日が経った。
足利さんは私の世界に興味があるらしく、よく話をせがむ。
一日で話しきれる量でもないため、殆ど毎日数時間呼ばれる。
覗き見た異世界と称して、私の好きな漫画の話なんかもした。
某麦わら帽子の海賊とか、某ジョの付く主人公とか。
それ以外の私の時間は自由なので、屋敷の中庭を見たり、書物を借りて読んだりしている。
この時代の字なんて私は読めないはずなんだけど、なんとびっくり現代の言葉で書いてあった。
バサラだから仕方ない。のか?
確かに助かってはいるんだけれど。
仕事らしい仕事もないため、ぶっちゃけニート状態。
楽っちゃ楽なんだが、これ生の実感とはほど遠い。
まあ、お世話になっている身の上なので、そんなことは口が裂けても言わない。
朝の食事が終わると、女中さんが言った。
「今日は午後からお客様がいらっしゃるのですが、将軍様が夢叶様も同席なさるように、と」
「承知しました」
ちなみに、私は敬語を使う女中さんもそうでない女中さんもそのままにしている。
敬語使ってくれなんて言いたくないし、敬語使うなといっても向こうが迷惑だろう。
あくまで私とは仕事上の付き合いなのだから、必要以上に関わりたくない人もいるだろうし。
私が不死身だという話を聞いていたのか、何人かは明白に怯えていた。
傷つくというよりは何か萎える。
正直、どう思われようがどうでもいい。
影で化物とでもなんでも言っていればいい。
個人的に悪口は本人に言わなきゃOKだ。
なんだかんだで時間になり、足利さんのもとへと向かった。
謁見の間とかではなく、普通の部屋だったので、ある程度親しい間柄らしい。
嫌な予感しかしない。
案の定、やってきたのは乱世の梟雄だった。
いや、気に入っているキャラだけれども、あくまでもそれは画面の向こう側での話で。
現実世界では会いたくない人物ベスト10に入る。
創世ルートでの悪行は忘れることができないだろう。
あれ、もしかして風魔の顔見せ?
向こうが風魔出してくるから、こっちは私出そう的な?
「ごきげんよう、帝。おや、そこのお嬢さんは誰かな?」
口調は丁寧な上にいい声だが、怖い。
こっち見んな頼むから。
史実でも蓑虫踊りを楽しんで見ていた人だから、本当に得体が知れない。
あ、でも私死なないや。
そう思うと酷く気が楽になった。
正直いらないオプションだと思っていたが、妙なところで役に立つ。
「彼女は異なる世の未来からやってきた巫女だ。なかなか興味深い話を聞かせてくれる。久秀にも、会わせてみようと思ってな」
「夢叶と申します」
頭を下げて挨拶をする。
一旦落ち着いてしまえば、私はいつものペースだ。
それなりに図太いと自負している。
「それはそれは。私もぜひ聞かせていただきたいな、異なる世のことを」
琥珀色の目は単純に綺麗だ。
昔誰かが目を見れば人柄が分かると言っていたが、嘘だと思う。
こんなに透き通った目をしていても、この人は問答無用で悪人だから。
それでも、自分の思うがままに生きる姿は、あこがれを抱かせる。
松永さんのために死んでもいいという人は、かなり多いだろう。
本人はよくわかってないみたいだけど。
そのへんは鈍感なのかもしれない。
「ところで、予に合わせたいものがいるのだろう?」
「嗚呼、そうだった。おいで、風魔」
風が部屋に吹き込んだかと思うと、松永さんのとなり、将軍の前に人が現れる。
背は高くて多分2mくらいあるだろう。
甲で目を隠した彼は、間違いなく風魔小太郎だ。
何を考えているかわからないし、正直近寄りがたい雰囲気を持っていた。
でも私は知っている。
彼は北条のじっちゃんを助けた。
私は庇護対象にないだろうが、片手で人を掴んで持ち上げた上に爆発させる人よりか、よっぽどましだと思う。
そういえば松永の息子はどうなってるんだろうか。
史実では将軍暗殺首謀者の一人なのに。
というか創作物で全く扱われないよね。
私結構好きなんだけどなあ。
どうでもいいことを考えている間に、ゲーム通りの会話が行われた。
ちょっと感動する。好きなやり取りだし。
と、席を立とうとした松永さん。
「もう帰るのか? 賢き朋よ」
「実はこれからせねばならないことがあってね、残念だがあまり長いはできないのだ」
「それは残念だ。また近くに来たら寄ってくれ」
部下に自分の暗殺を言いつけた人と普通に友人の会話をしてる。
足利さんは多分どっかおかしい。
まあ、そのおかしい部分があったから、私を拾ったりしたんだろうけど。
「お待ち下さい松永様」
なるべく丁寧な言葉で呼びかけると、松永さんは振り向いた。
言葉遣い合ってるだろうか。
とにかく、ここでひとつ言っておかなくちゃいけない気がする。
いや、私が言いたいだけか。
「虚を持つ存在はありますが、虚のみの存在はありえません。
また風魔様には、松永様の興を引きそうな事柄がございます。」
「ほう、それは一体何かな?」
「北条家の歴史をお調べになられてください。私が言えるのは、それだけです」
「北条家の歴史……。帝よ、事の次第によっては、風魔への命令を取り消すかも知れない」
「なんと!」
なにか思い当たるフシがあったのか、松永さんはそう言ったので、足利さんは目を丸くした。
おもちゃを取られた子供みたいな顔でこっち見ないでください。
小太郎が不幸になるかどうかの瀬戸際なんですから。
そう思っていると、松永さんと目があった。
「君とは是非一度ゆっくりと語り合いたいものだ。異界の巫よ」
……もしかしなくても、いらないフラグを立てたな、私。
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