*要塞の鍵(110321)

「秘密の要塞」続編。

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許可なく触れれば怪我してしまいそうな存在に、触れることを許されている。静かな優越感を与えてくれるこのポジション。


カイの身を守るタンクトップは薄い。それに手を忍び込ませると、「冷たい」と文句を言われた。手が冷たい自覚はなかったけれど、相手は風呂上がりだ。珍しく、今はカイの方が体温が高いのかもしれなかった。
「すぐ温まる」暗に、これからのことを示すように呟くと、バカか、とだけ小さく返ってきた。
散々優しく優しく、割れ物を扱うように抱き寄せてキスをしてふやかした身体は、芯が抜けてしまっているように無抵抗だ。本当に、優しくされることに弱い。

「あ」
ベッドに腰掛けていた身体を、そのまま後ろへ倒す。つられて、カイもレイの上に倒れ込む。予想外に勢いよく倒れてきたカイに、眉を寄せて呻いた。
「うっ……」
「バカか、いきなり倒れるからだ。大丈夫か」
「大丈夫大丈夫。ちょっと、予想してたより重かっただけ…」
「殴るぞ」
「筋肉がついたって意味だよ」
「信用ならん」
まるでカイから押し倒されたような体勢は、常なら有り得ない。身体の上から退こうとするのを阻んで、腰に手をやる。羽で触れるみたいに撫でて、じゃまな上着を脱がせて放り投げた。ついでに腰を撫で上げると、びくりと大袈裟に反応が返ってきて笑った。
「さすがにこの体勢じゃ、下は脱がせないな」にこりと笑うと、盛大な舌打ちで返事が返ってきた。

身を守る衣服をすべて剥いで、くまなく身体の線をなぞる。
湯冷めしてきたはずの身体は汗ばんでいて、割り入った内側ははとても熱かった。
「……く、」
血が出るんじゃないかというくらい唇を噛みしめる姿は、大変にそそるものがあるのだけれど。
「傷が付くだろ」結局膝の上に乗り上げたカイを抱きしめるような体勢に戻ってしまった。ぬる、と強く結ばれた唇を舐めあげる。
「んん、」緊張を解そうとしたのに、よりいっそう強く引き結ばれてしまった。肩に乗せられた指先に爪を立てられて、レイは苦笑するしかない。
いつものことなので、慣れっこではあるけれど、それでも毎度心配してしまうので、やめて欲しいことのひとつだ。本来なら、カイには傷ひとつあって欲しくないのだから。
「…心配しなくても、タカオたちはこっちには来ないさ」
カイが心配しているであろうことを突いてやる。確かに、いつ招かざる客が部屋の戸をノックするとも限らない。マックスやキョウジュはうすうす気付いてはいるようだったけれど、タカオは要注意だ。
「……信用なら、ん」
「ひどいな。まじめなのに」
「それが、信用なら、っ」
おかしなかたちで語尾が跳ね上がり、食い込んだ爪が、不定期に肩を抉る。痛いよ、と呟いたけれど、言ったからどうこうなるものではなさそうだ。びくびくと揺れる身体が落ちないように支えながら突き上げた。
「なに?」
「う、」
「どちらにせよ、この状態じゃあなに言ったって言い訳なんて出来ないさ」
居留守使えば良い、と笑いかけると、それなら早く終わらせろと身も蓋もないことを言われてしまう。それはそれで、男として微妙な気持ちだ。なにより、こんな風にしていられるチャンスなんて滅多に無いのだ。申し訳無いが、カイの意見は却下だ。
「そう言うなよ、」腰を掴みなおして、持ちあげた。そのまま、重力に従ってカイの身体を落としてやる。唐突な衝撃に、カイの身体が撓った。堪えきれなかった声が部屋に響く。
「…っあ!」
「ん、」
カイにとって刺激が強かったということは、レイにとっても同じ事だ。強くカイを抱き寄せて、波をやり過ごす。つい目の前にあった白い肩に歯を立てると、痛みを感じたらしいカイが、一つに結んだ髪を引っ張った。
「…こら、噛むな」
「あ、あれ、悪い」
最中に、相手を噛むのはレイの癖だ。何度言っても直らないので、半ば諦めてはいるカイではあるが、痛いものは痛い。
なにより、「本来ならカイに傷ひとつあって欲しくない」などと恥ずかしいことを言う男は、自分でやっておきながら後日大変に後悔をするのだ。その姿を毎度見るのも嫌だし、こそこそと人目につかないように風呂に入るのも面倒だった。
前髪を掻き分けるように顔を上向かせて、もう一度言う。
「噛むな…痛い」
「うん、」
大人しく返事をしたレイに満足したらしいカイは、ひとつため息をついてから身体の力を抜く。続きを促すように目線を送られては、それに従う他なかった。




翌日。
「………だから、噛むな、と」
「ああ」
「返事もしたよな」
「…ああ」
「隠れる位置なら何でも良い訳じゃないとも、毎度言っている筈だが」
「言い訳のしようが無い…」
痛々しげに鬱血した痕は、キスマークなんかではなく噛み痕だ。発達した犬歯が食い込んだのであろう痕が、点々とカイの肩から首にかけて残っている。
じとりと睨み付けるカイに、レイはひたすら小さくなっていく。
「出来もしないことに返事するんじゃない」
「ああ」
「…全く、マフラーで隠れきるかも怪しいぞ…」ぶつぶつと呟きながら浴室へ消えたカイ(彼は朝夕とシャワーを浴びる)を目で追いながら、またやってしまったとレイは頭を抱えた。
だめだと分かってはいる。噛まないようにと注意もする。けれど、最終的には夢中になってしまって忘れてしまう。頭の悪い犬のようだ。

けれど、また傷を付けてしまったと心底後悔はするものの、内心嬉しく思う気持ちもあるのだからどうしようもない。
こうやって、何度注意しても聞き分けない俺を、毎度彼は受け入れる。それが許されている。ちらりと、マフラーから痕がのぞくたびに、その隠れた優越感に浸ってしまう。
もしかすると、注意しているのに噛んでしまうのではなくて、自分でも気がつかないところで、意図的にカイに痕を残しているのかも知れなかった。

――あの、鉄壁の要塞を突破する鍵を持っている。その証明に。





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