秘密の要塞(110316) 「はな、せっ」 「嫌だ。何で」 「分からないのか馬鹿野郎!」 隣の部屋には誰がいると思ってる! 怒るカイの声は出来うる限りにひそめられている。 「タカオとマックス。そろそろキョウジュも帰ってくるかなあ」しれっと返すと、腕に爪を立てられた。短く切りそろえられてはいるけれど、細く形のいい爪は、正直痛い。 「カイ、痛い」 「痛いようにしている」 思い切り鋭くした目でもってレイをにらみつけるけれど、その目を向けられた当人は「怖い顔するなよ」と慣れた様子である。 ――たまたま、5人揃って宿泊できる部屋がなかった(BBAの手際が悪い、とはカイの台詞だ)。 二人部屋をふたつ、部屋割りは「わたしたち3人と、レイとカイの2人で分けたほうがベッドに無理がないだろう」というキョウジュの言葉からだ。たしかに、その方が無理はないし、なによりたまには静かに眠りたい、と真っ先にカイがその意見をのんだ。 何だよ、俺たちが普段うるさいみてえじゃねえかとタカオが唇を尖らせていたけれど、毎晩がお泊まり会状態な彼が、うるさくないはずがない。下手をすれば投げた枕がぶつかったカイからこっぴどく怒られている姿を何度も見ているマックスが、「いや、タカオはうるさいヨ」と声をかけていた。マックスも、枕投げには参加していた訳だけれど。 レイは、どうする?と話を振られて、まさか「タカオたちと一緒が良い」なんて選択肢があるはずがなかった。ゆっくり眠れるのはたしかに魅力的だし、なにより同室がカイだ。 かくして、2人きりの部屋を手に入れたわけだけれど、それがまずかった。 部屋に入るなり「風呂入って寝る」と言い放ち、言葉通り直行した浴室から、生乾きの髪をそのままに、タンクトップとカーゴパンツで出てきたカイはまっすぐにベッドに向かう。 「えっ」 たしかにゆっくり眠りたかったけれど、まさか会話もないまま就寝コースだとは思わなかった。思わず腕を掴んで引っ張った。不意打ちに、カイの体は簡単に腕におさまってしまう。 「……なんだ」頭上から、不満げな声がする。膝の上に乗り上げたような状態で見下ろされるのは、なかなか新鮮だった。 「え、ああ、いや、」腕を掴んだ手をはなし、腰にまわす。「こら」と制止する声が聞こえてきたけれど、聞かなかったことにする。 「レイ」 「いいだろ、誰も見てない」 「そういう問題じゃない」 膝立ちになっていた体を、レイの膝を跨ぐようにしてしっかりと座らせる。肩口に額を押し当てるように抱きついて、力を込めと、居心地悪そうにカイが身を捩らせた。両肩に添えられた手が、わずかに反応をみせる。 「レイ、」困り果てたような響きに変わった声が、この状態をどうにかしようと落ちてくる。「離れろ」 「嫌か」つとめて優しい声で、優しく微笑んで肩口から顔を上げる。眉を寄せた顔は、怒っているというよりも困惑しているようだった。 火渡カイという人間は、どうやら優しく扱われるという経験に乏しい。日々の態度を見ても、時折耳にする過去の話を聞いても、どうやら愛情というものを注がれた体験が、他人に比べてひどく少ない。なにせ、ベイへの復讐がどうだとか言っていた男だ。 だから、今みたいに抱きしめられたり、優しく声をかけられると、対応が出来なくなる。困ったように眉を寄せて、唇を噛んでしまう。 普段の隙のない姿は、難攻不落の要塞にも見える。けれど、レイはその要塞を自由に出入りする鍵を持っている。誰にも言いはしない、密かな自慢。自分だけの。 その鍵を使って手に入れた生身の身体を抱き寄せて、レイはにこりと笑った。 「……なに、笑ってる」 「優越感に」 「意味が分からん」 「うん、分からなくていいよ」 鼻の頭にキスをする。途端に驚いたみたいに顔を赤らめるカイに、すきだよ、とだけ囁いた。 *** 原作寄り。続くやも。 |