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「ほら、読んでみろよ」

そう言って父親に差し出されたその絵本をベレスは表情を変えずにただ見つめていた。






――――――それは、とある傭兵上がりの教師がまだ教師でも傭兵でもなかった頃の、子供の頃の出来事だった。

幼い頃から旅をしながらむさ苦しい傭兵団の男達に囲まれて育ったベレスは当時は「女の子らしい」事に無縁に育ってしまった。
このままではまずいか?と見兼ねた団長である父親のジェラルドはたまたま立ち寄った街で購入した適当な女児向けの絵本を娘に渡したのがことの始まりだった。


「分かってねぇな団長、そういうのは父親が読み聞かせるものなんですよ」

「俺に王子様とお姫様が結ばれる話を朗読劇しろってか?」

「……ちょっと想像はしたくないですね。末永く幸せに暮らせそうにない感じがします」



比較的、若い傭兵の青年がジェラルドに強めに肩を叩かれるのを尻目にベレスは受け取った絵本の表紙を見つめる。
キラキラした女の人がキラキラした男の人と手を繋いでる。

本の表紙を見て見て出てきた感想はそれだけだった。



「…………キラキラしてる。この人達は傭兵じゃないの?」

「うーん、王子様は姫を攫う悪い奴らと少し戦ったりするけど基本的には王道の話みたいだね」

「おうじさま?」

「ほら、表紙にいる金髪の男だよ。お姫様はその隣のピンクのドレスの女の子」

「……この人たちは、ふうふなの?」


「う、うーん夫婦になる、までの話かな。ってなんで俺が説明してるんですか。団長の役目でしょコレ」



呆れたように青年がため息を吐くと「俺には似合わねぇみてぇだからなぁ」とニヤリとジェラルドは笑う。
根に持ってる……と青年はジト目で団長を睨みつけるが効果はないようだった。

そんな盛り上がってる(?)彼らとは裏腹にベレスは相変わらず無表情で貰った本を開かずにただ表紙を眺めるばかりだった。

「私が読んでいいものなの?」

「勿論だ。そのために買ったしな」

「女の子、の話なのに?私が読んでもいいの」

「……やけに引っかかる言い方をするな。誰に、何を、言われたんだ?」


ぐっ……、
ベレスの本を持つ手に力が入るのを見てジェラルドは彼女に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
最初は視線をさ迷わせていたベレスだがしばらくすると恐る恐ると言った感じで口を開く。


「きもちわるいがき、って言われた。だから私はキラキラしたものを見たらそれがよごれちゃうのかもしれない」

「そんなことを気にするな。お前はお前だ。好きなことをしていいんだ。…………ちなみにそいつの特徴覚えてるか?」

「この間行った道具屋さんのおじさん」



「そうかそうか。オイ行き先変更だ」

「出た団長の顔に似合わずベレスちゃん溺愛のモンペ……」


突如行先を変更する父親達にベレスは疑問符を浮かべながらも貰った本を片手に移動の準備を始める。

その頃のベレスは確かに、無表情で必要最低限な発言しかしない。1度も泣いたことも無い、"子供らしくない子供"だった。その為他の人から見ると不気味に思われてしまう事がよくあった。
だが実際はその無表情の下、色んな感情を抱えていた。
「感情」がない訳では無いのだ。誰かに暴言を吐かれれば傷つく。普通の子供だった。

それに気づいていたジェラルドは感受性までは落ち着いてない、と思い事の始まりの絵本を渡すに至ったのである。



ぺたぺた。長距離の移動に向いている平らなブーツを踏み鳴らしてベレスは父親の後を追いながらもペラリと絵本のページを捲っていく。

普段なら何かをしながら歩くなど傭兵業としては注意力散漫だと叱っていただろうがこの時ばかりはジェラルドは何も言わずに小さな彼女を見守った。


ベレスは表紙にもなってる絵のオウジサマがオヒメサマを助けるシーンである手を差し伸べる絵を何度も見直す。


「ジェラルド、……オウジサマなら私のこと怖がらない?」

「オウジサマでなくとも誰もお前なんか怖がらんさ。俺もみんなもそうだろ?」

「う、ん」




【さあ助けに来ましたよ愛しい人。あなたと出会うために私は産まれたんだ】



誰かを、こんなにもアイせるなんてすごい事だと思った。

私には分からない感覚だった。


だから、とても、それはとてもキラキラしたものに感じた。


「オウジサマ………………」

「ベレスちゃんも女の子だったんすね王子様に憧れるなんて」

「嫁にはやらんがな」

「今はいいけどベレスちゃんが好きな人出来たら嫌われますよ団長……」




その日からベレスは絵本に出てくる金髪碧眼のオウジサマに夢を見るようになった







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