愛されたかった女神



どこか知らない世界の
どこか知らない遠い国
そこで―――





そこには見るも無残で、残酷な"石像"がただぽつりと置かれていた。

その石像は大きな角を生やした勇ましい覇王と純白のドレスに身を包んだ美しい女神が寄り添う物だ。

それだけを聞くとさぞ仲睦まじいもの達を形作った"石像"だと思うだろう。
だがしかし、遠くから見ると寄り添うように見えるその石像は、近くで見るととても悲惨なものだった。

覇王の背中から胸にかけて折れた剣によって貫かれており、憎悪に充ちた顔で女神の胸を抉っていた。
そして胸を抉られて悲痛の顔の女神の手元には覇王を貫いている折れた剣の持ち手部分が握られている。



何故その"石像"がそんな悲劇をおくってしまったのか、それは傍から見ても、一目で読み取れた。


覇王を背後から突き刺した折れた剣の持ち手は女神が持っている。つまり、女神が覇王の胸を背後から刺し貫き、それに絶望した覇王はその剣を折り、女神と仇討ちしたのだ。


だから互いの表情が絶望と憎悪で満ちている。


ああ、ああ!!随分悪趣味だ!!なんて醜いのだろう!!
これがただの"石像"であったなら作った者にそう言い放ち、もう見ないようにすればいい。



だがこれは、"石像"では無いことを、その場に立ち尽くす眼帯を着けたその女はとてもよくわかっていた。



ガリガリガリガリガリ。
鋭く尖った爪で何度も何度も石畳を抉る。紅く綺麗に彩られたその先端からやがて鉄の匂いがする"赤"が滲み出しても尚その音を立てることを止めなかった。


なぜ、なんで、どこで、間違えたのだ。


何度問い質してもその答えを持つものはその場にはいなかった。



「あああ"あ"あ"あ"!!!!ふざけるな!!ふざけるなァ!!!!!!!!!!あと少しだった、"あと少し"だったのにィ!!!!!!」


ガンガンガンガンッ!!
今度は地面を抉っていたその手を女は何度も振り下ろした。
叫び続けて声が枯れようとその手が血にまみれようと彼女の悲痛な叫びに反応する者は誰一人いない。

否、できる者はもはやその場所には等にいなかった、が正しいのだろう。




「アスラが創世力が手に入った地点で切り離しておけば……!!ああ!!くそっくそっくそっ!!!!なんて使えない奴らなの!!!!初めからまどろっこしく軍師なんかじゃなくて"私"に想いを仕向けるようにしておけば……!!いや、それでは想いあった者のみでしか創世力が使えない……っ、……チッ!使えない無能共め!」


女はフラフラと立ち上がり手からボタボタと血を滴らせながら丁寧に仕立て上げられた衣装が汚れようと構わずに覇王と女神の"石像"達を蹴り聞くに耐えない言葉で罵倒した。
生きていないただの"石像"達は、ビクともしないが、何度も何度も飽きずに蹴り続ける。


「はぁっ……はぁ……っ……くそ……。イナンナ、お前の執念が読めなかった事が"今回の"失敗の原因か。

諦めてたまるものか。
諦めてたまるものか!
私が何年、何十年、何百年望んだと思っているの!

何度でも願うのよ。
何度でもやり直すわ!
だってそれが私が生きる意味なのだから!」


息切れをしながらも、満足したのか、やがて蹴ることを止めると女神の手に握られた折れた剣に触れる。


「デュランダル、も気配がない。死んでるな。……だがなんの為に私がお前に長年寵愛を注げたと思っているのかしら。たかが道具によ。ただの親バカかと思った?無償の愛だと思っていた?"そんな訳がないでしょう"お前は私の器、全てはこの時の為よ」


女が、折れた剣に呪文を唱えると淡い光を放ち、その光はやがて女の元へ集まっていく。

これでいい。もう用はない。
そう女は告げ、その"石像"達に背を向けた。



アスラと呼ばれた覇王、
イナンナと呼ばれた女神、
そしてデュランダルと呼ばれた剣。

それらを縁どった"石像"―――ではなく、"死体"に振り向くことなく女は鼻歌を歌いながら長い階段を降りていく。





女が階段を降りる最中、至るそこらにある神々を祀るように置かれた"石像"達は覇王アスラの絶望の果てに死に絶えた言わば神々の死体だった。


創世力
「願いが叶う」というまるで御伽噺に出てくるような夢の様な力。
かの覇王はそれを世界の為に使うとかなんだ、とかほざいていたはずだった。女もそれを知っていた為そんなふざけた願いに使われる前に奪おうと思っていたが……、彼は共に創世力を願う筈の女神に裏切られ、絶望した結果【こんな世界滅んでしまえばいい】と望んだのだろう。


アスラを信じて創世力を使わせたのに、結局最後はこうして朽ち果てた哀れなものたち。


だが女だけは生きていた。こうなる事は分かっていたかのように、女は"備えて"いたからだ。

だからこうして女は動いて、息をして、死んでいったもの達の死体蹴りあげ嘲笑った。



さて次はどうしようか。
神は死なないとされている。つまりここにいる神々はアスラ達を含めていずれ転生を果たすだろう。

ならばそれまでに私は次の"土台"を用意しておかなければならない。
今回の"土台"は花の女神を使った。だから華やかな見た目も気に入ったし何より愛されやすいという利点があった。

タンタンッタンッタタン。
まるでスキップをするかのように軽やかに神の死体を踏み越えていく女の足取りを咎とめるものは誰もいない。


さてどうしましょうか
次はどうしましょうか
どんなのがいいかしら。


花の女神のように綺麗なのがいい。
心が優しいのが取り入れやすい。
どうせなら見た目も美しいものがいい。
友が沢山いるものがいい
笑顔が華やかなものがいい。
両眼があるものがいい。
綺麗な髪をしているものがいい。


「ど れ に しようか な」



赤く染った指で遥か天上から、国を、都市を、街を見下ろして点々、と指していく。
いいのが居ないなぁ。アスラたちが転生するまでの間選んでおこう。育てておこう。それがいい。それでいい。

そうやって私は生きてきたのだから。





そうだ、条件に1番大切なことを忘れていた。







「 家族に愛される者がいい。 」



そう嗤って彼女はうっとりと微笑むのだった。





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