旅立つ理由



まずは聞いてくれ。とユウリは勇猛果敢に語り始める。彼女の故郷アシハラという曰く、とても素晴らしい都市の事を。


アシハラは他の地にはない独特の文化を育み,美しい海に囲まれた街だった………いきなりだがここが一番重要だ。そう、「だった」のだ。哀しかな、今では過去形である。


今のアシハラは見渡す限りの海……いや、というか殆ど海しかない。年々酷くなる天変地異の自然災害により海はどんどんと水かさを増していき今では街の5割…つまりほぼ沈んだ街になってしまっていた。


このままでは全てが沈んでしまう、と危機を感じたアシハラの民のほとんどの者は避難していった、が……他の国や街は今まさに戦争を開戦したばかりで逃げた者は大抵は難民となって各地をさ迷っていると言う。


……だからこそそんな現状のアシハラにその"噂"はまさに夢の用なモノだったのだろう。




「なあ知ってるか?最近、異能者っていう特別な力を持つ奴らが出てきてること」


「ああ、それで今、異能者は王都軍の奴らに狩られてんだろ?」


「そうなんだけどな、アルカっていう信教の奴らは異能者を受け入れてんだってよ、いや異能者だけでなく、色々生活が苦しい奴とかも」

「ああ……それで最近アシハラの住民がさらに減ったのか。…俺もそろそろその教団とやらに逃げようかな……」



そしてそんな噂は狭い(というか狭くなってしまった)アシハラで、たまたま買い物をしていて近くにいた隣にいた少女の耳にも届いてしまった。








「……住民が………さらに減った…?」

………なん……だと………?
それはとある日の昼御飯の時間帯。そこそこ腕が立つという理由でユウリは獲物の大太刀で魔物を狩ったりと、順風満帆にいつも通り過ごしていた筈だった。

一人暮らしであるユウリは夕餉の支度のために、水没を間逃れたアシハラで唯一商売を続けている店へ買い物に出掛けていたのであったのだが……何やら不穏な話が聞こえてきた為購入しようと持っていたネギを片手に立ち止まる。



「おおユウリじゃないか。今日は魔物退治は終わったのか。いつもお疲れさん」

「ああ、ありがとう。所で先程の教団、とやらの話を教えてくれないか?」


狭くなった土地では殆どが顔見知りとなっており、ユウリ宅の近隣に住む男が2人で何やら話しているのを少しだけ偶然立ち聞きしてしまったのだ。内容は何やら聞き過ごせない話な気がしてその話の詳細を求めると男たちは何やら怪訝な顔をして「ユウリに話してもいいのかこれ……」とバツの悪そうに話してくれた。


話を要約すると、アルカリ性だかなんだか知らないがそんな感じの名前の教団とやらがアシハラのただでさえ少ない民を減らす真偽不明その噂に思わず、手に力が入り持ってきていたネギを握りつぶしてしまった。


「おのれアルカリ……!」

「アスカな」

相変わらず話を聞かないなぁ、と男たちは苦笑いしながら慣れた様子で一人燃え始めるユウリに馬鹿なことは考えるなよ、と一言伝えてその場を去っていく。

だがユウリの中では最早その教団とやらが善行だろうが詐欺だろうが、ただでさえ故郷と沈みゆこうと思う地元大好き民が少ないアシハラから住民を奪うなどの卑劣な行為………!許すまじ!!という思考で埋め尽くされていた。
いや、本来なら沈みゆく前に逃げるのは正解なのだがそれを彼女に伝える人はその場にはいなかった。


「……私が成敗してくれる!!!」


そう高らかに宣言し、持っていたネギに更に力を込める。
ぐしゃり。手の中で嫌な音と感触が聞こえてくるのと同時に
「それはいいけどお客さん、ネギの代金払ってねー」と間の抜けた声をかけられる。


「ん?ああすまない。このネギはとても素晴らしい出来だ。味噌汁に入れて毎日飲みたいくらいに、……しかし、私の今の使命は味噌汁にネギを入れることではなく、「アルカリ性信教」を「アシハラ信教」にしてやることになった!!よって私はネギ等に構ってる暇はない!!」


「いいから160ガルドおいてけ小娘」


「くっ……釣りはいらない!!」

少しでも時間が惜しい。とユウリはそう言いたげな視線を向けると持ってきていた財布から適当に小銭をばら撒くと折れたネギを構えて一目散に走る。とりあえず目指すはあの方の家、と一目散に駆けていく。


店員がユウリの背中越しに何か叫んでいたが気に止める余裕はなかった。
素晴らしい葱の礼だ!!先程も言った通り釣りは気にするな!!!!そう高らかに告げて走り去っていった。






「おい!!待て小娘!!釣りどころか足らねぇよ!!おい!!ユウリ!!!!!……ああ……まただよ…」



「……災難だったな。今月で何度目だ?」


「7回目だよコノヤロウ……あいつ、ユウリめ……俺の店潰す気か……」

「アイツ、昔はもっと可愛げがあったのになぁ。なんで"あんな風に"なっちまったのやら」


「そうだったのか?」


「ああ、そういえばお前は移住してきたから知らないのか。アイツ元々はな…………」


ちなみにアシハラには名物とされている料理や観光地の他に有名になっている人物がいる。

その名はユウリ
その"目立つ容姿"と故郷を思うが故に起こす奇行からアシハラで知らない人はいない。それは本人だけが知らない。





(しまった、手がネギ臭い)



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