動き始める物語



あんな話を聞いたら買い物所ではなくなった。そう、燃える使命に動かされたユウリはそのまま街の長のいる場所へ駆けた。ドタドタという足音を聞こえたのか襖越しに「走るな!」と怒鳴る声が聞こえたがユウリは今はそれどころではない為、スパァン!!と助走を着けたまま襖を壊す勢い開け放つ。


「ジロチョウ殿!!」


「だから走るなと言っているだろ!……はあ、なんじゃ……お主、また何かしたのか?他国の民を無理矢理住民にしようとしたのか?それとも狩った魔物の肉を勝手に街の名品に仕立てあげようとしたのか?」


彼女が起こした奇行の一部を呆れたように読み上げるジロチョウ、と呼ばれた立派な髭を蓄えた小柄な老人は再びはあ、とため息を吐きながら立ち上がる。嵐のようにやって来たユウリの目を見て「今度はなんだ」と言いたげな視線を送った。



「アルカリをアシハラにしてきます!どうか許可を!!」


「落ち着け……年寄りにも解るように言ってくれるかの?あと手がネギ臭いから離せ」


相変わらず聞く耳を持つ気もないユウリは街の長であるはずのジロチョウの首元に掴みかかり上へ下へと振りまわす。彼女の奇行に慣れていたジロチョウのお付のもの達も流石に止めようとしたがその前にユウリは「ありがとうございます!!」と言ってジロチョウから手を離した。


「おお!許可をくれるのですね!!ではっ!行ってまいります!!」

ハッ、と会話のキャッチボールを無視する小娘がジロチョウの言った言葉を誤解していると気づく頃にはもう遅い。既にそのネギ臭のする手は離されており、ジロチョウは去っていくユウリの背中を慌てて追うが最早年寄りには追い付くのは手遅れな距離だった。


「待て!!"行って"じゃなくて"言って"と言ったのだぞ!!おい待てぇ!!小娘ェ!!人の話を聞かんかぁぁぁ!!」



遠くからユウリの「大丈夫です!無事成し遂げで戻ってまいります!」等と見当違いの返答が屋敷に響き渡る中、その声を上回る「こんの馬鹿娘がぁあ!!」というジロチョウの声がアシハラを震わせる事になった。







後にジロチョウはこう語る。ユウリが辞書や図鑑に載せられる様な事があるならきっとこれを真っ先に書かれる事だろう。

特性:人の話を聞かない。
会話をキャッチボール?いやサッカーしようぜ!!お前ゴールな!!ボールを受け取ってくれよ!!返さなくていいからな!!



はあ。
絶対辞書作る時そうしよう、等と若干現実逃避をしながらもジロチョウはその場にへたりこんだ。


「……、ユウリが王都に行くような事があれば恐ろしい。アシハラと共に沈みゆくと言っていたので外の世界に出る事はないと、大丈夫と思っていたのだがなぁ……きっと聡い彼奴は気づいてしまう」

「ジロチョウ殿……」


ジロチョウのお付の青年が伏せる王を支える。
アシハラは沈みゆく街。それ故に人口は少なく、皆が家族のような存在であった。だからこの街の人間は"ユウリという存在を知っていた"


「……我らは護らねばならん。あの日消えた×××という少女の変わりを。……ユウリという存在を」






彼女の存在が何を意味するのかを知らないのは、この街では本人だけなのだ。





Я




(ユウリの中では)ジロチョウの許可も頂いたので部屋中の荷物をひっくり返して必要な物だけを選びはじめる。そして割と大きめの風呂敷に詰め込み旅支度を進めた。


その家は実際にはユウリの家ではなくこの街の主,ジロチョウの家の一角を借りていた。彼女は別にジロチョウと血の繋がりなどない。
戦争が始まった頃、両親を早くに亡くしたユウリに情けをかけ、人が出て空いた空き家である分家の家を借していたのだった。


「食料に、着替えと…これはいいか」


恐らく長旅になるだろうと直感で感じて必要なものを纏めた荷物の中に、亡くなった家族の写真をいれていたが邪魔になるだけだろう、と元々あった棚の場所に写真を戻すとパンパンに詰め込んだ風呂敷を抱えて再び下駄を履く。



「では、行ってくる」



そして部屋の片隅に置かれていた写真に向かって手が逆の敬礼を決めると纏めた荷物を担いで黒髪を翻し港へ走り去って行く姿はまるで猪のようだったと後のアシハラの民は語った。



そんな後ろ姿を見送る、ユウリが敬礼した写真に写った亡くなったという家族写真は"全員金髪で青い瞳をしていた"。

金髪碧眼の可愛らしい顔立ちをした女の子が、アシハラの家を背景に家族に囲まれて真ん中で微笑んでいる。


その違和感を問うものは今この場にはいなかった。










「あ……そう言えばアルカリ……どこにあるか聞くの忘れてたな」


まあ適当な船に乗ればいつかとりあえずつくだろう。直感で生きようがモットーの彼女は一番近くにあった王都行きの船に乗った。










無垢なる絆の物語を狂わせる歯車が回り始めた



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