便利な駒



狭い。とにかくそれに限る。

あれからユウリは連れられた先で無理矢理謎のシリンダーのような透明な筒のような檻に入れられ、身動きが取れずにいた。

利き手である右は無事だが左は動かす度に激痛が走り、ふた周り程腫れ上がっていた為余り大きな動きは出来なかったが嫌な予感がする為、早めにここから逃げた方がいいという事は分かっていた。
なぜなら隣にいる同じように閉じ込められている隣の女性は謎の液体を筒に入れられて、まるでホルマリン漬けの様に眠らされているからだ。


この筒に閉じ込められる前にオズバルドが「せいぜいいい働きを見せてくれよ。原動力としてな」と勝ち誇った笑みで去っていったことがなによりもムカつく。その怒りが折れた左腕の痛みを耐える原動力になり、力は使えなかったが火事場の馬鹿力と言うやつだろうか、めちゃくちゃに暴れていると少しだけヒビが筒に走った。


「これだけじゃな……くそ見た目ただのガラスの癖にやたら頑丈だな」

やがて繋がれている謎の管から液体が出たら終わりだ。隣にいた女性が入った筒はいつの間にかにどこかに運び出されており、この部屋には私と同じく意識がある人間しか残っていなかった。
大半は諦めた用で筒の中に座り込んでいるが中には私のように暴れている者もいた。防音が施されているのか声は全く聞こえないが恐らく出せ!と叫んでいるのだろう。

「何かいい手はないのか……」

「力を貸してあげましょうか?」

「、……誰だ?」


先程も思ったように防音はされているはずなのに、どこかから女の声が聞こえた気がした。
辺りを見渡しても勿論同じ筒に入れられた人間しか居ないはずなのに。

「ほら、いい所へ、あんな所に駒がいるわ」

「駒?」

またはっきりと聞こえて来たその声は辺りを見渡す私の視線が軍服を着た見張りの男へと向けた時、「ほらこいこい、私を助けてって、私はあなたの愛しい人よ、って。笑うの。ほら笑うのよ」そう言ってそれからは声が聞こえなくなった。


「愛しい人……?笑え……?」

あの見るからに仕事に生きてますって感じの堅物そうな軍服の中年の男を色仕掛けで落として助けてもらえって事か?
いくら出られないからとはいえ天の声の様に聞こえたそれの雑な指示に欠片も笑えない。

だが脳内は「笑え。笑って」と先程聞こえてきた声がぐるぐると響き渡る。


ぐるぐる駆け巡るその声の指示に従う様にガンガンッと無理矢理ガラスを力の限り叩きつけて男の視線を無理矢理こちらへと移させて目が会った瞬間、私は笑うのはあまり得意では無いので、カグヤを意識して慈悲深く微笑むと、男は目を見開いた。


「何故そこに君が……!」

「?、?」

何度も言うが、ガラスは防音されている為男が何かを叫ぶが聞こえない。
だが私に向かって何かを言っていることは確かだ。男は何やら手元の機械を操作し始めると、バシュン、と音を立てて私を閉じ込めていた筒の上部部分を開け始めたのだ。

「?、な、なぜ?」

えっ、出ていいのか?と困惑をしながらも起き上がり、閉じ込めていた筒から出ると私を出した男に抱きとめられる。


「君は死んだのかと思っていた……!覚えているか?俺は君の婚約者だった!ほらこの指輪、君にあげたものと同じだよ!」

「何を言ってるんだ」


抱きしめてくる軍服の男に悪寒が駆け巡る。
亡くなったはずの恋人?結婚を約束した仲?そんな記憶はユウリには微塵もない。だが初めて見た赤の他人である筈の男は狂信しきった顔で見つめていた。

あまりにも嫌悪感を抱き、その男の手を取る振りをして背後から殴りかかる。

「な、なぜだ……×××××……」

「……私はそんな名前ではない」


血を流して倒れる男は最後まで私を恋人だと思って見つめていた。そんな事実はないのに、そうであるかのように振舞った。
これではまるで、記憶を変えたようではないか。


「人の記憶と感情を操る、力……」


その話はどこかで、聞いたことがあった。それは、王都であの中々拘束を離そうとしない青年が殺意を込めた目で言ってきた言葉だ。


「人の感情と記憶を狂わせる神様らしいよ」


そんなもの花の女神たるカグヤには持ちえない、力のはずだ。



「……カグヤは……花の女神で……バルカンの妻で……センサスの軍師……で、デュランダルの……母親、の」



あの声はもう聞こえないのにクスクスとどこからか笑い声が聞こえてくる気がした。



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