故意に堕ちる



ユウリが適当な船と称して乗った船が王都の港に到着した頃、時同じくしてちょうど王都に"転送"した青年が1人、そこに居た。



レンズの埋め込まれた手を開いてまた閉じる。よし、ちゃんと"動く"な。五体満足。視界良好。
「転送」は成功したみたいだ。

辺りを見渡すと自分の知っている世界より少し発展の遅れた町並み。それを見てここが「無垢の絆の世界」と呼ばれる場所だという事を改めて認識した。





その青年は『二つの魂の救済の為にこの世界に来た』

一つは"不遇の花姫"と呼ばれる魂
一つは"魔槍の刺客"と呼ばれる魂。

それらを救済、することが青年の使命。


そして、もう一つ、彼には仕事があった。


それはとある魂の、『異物の"排除"』だ。


青年曰く、

そのもう一つはよくわからない。その魂は本来なら『無垢の絆』の世界には登場しない人物で、その者がこの世界の物語を狂わせる『異物の存在』らしい。
だからその魂は『救済』ではなく『排除』


この魂の情報は少ない、『無垢の絆の物語を狂わせる』という存在ということ,そしてあともう一つわかっているのは『人の記憶や感情を狂わせる』こと。
前者は兎も角、後者はとても質が悪い性質だと思う。
しかも"狂った"ことを自覚も出来ない程協力な術(の用なモノ)らしく、その魂への対策としては此方が注意する他無かった。

"自分のように"本来ならこの世界にいらない異物なのは明白だ。状態変化の防止のアクセサリの類を持ってくるべきだったと若干後悔をしながらも辺りを見渡した。


死ぬ気でゲートを抜けて今さっきこの世界着いたばかりの俺はここが何処かもわからない。
ここはどうやら所謂工業区らしく朝から働く男たちで溢れていた。………鬱陶しい視線を感じる。少し移動しよう。


最初たどり着いた場所から移動すると先程とはまた違った街並みがあった。
少しでも情報が欲しくて辺りを見渡せば綺麗な外装の煉瓦作りの家が並ぶ街,そして遠くに見える城のような建物…僕の予想が正しければ、多分ここは王都レグヌム。
覇王が前世の"彼"が登場するはずの場所だ。


最初から"彼"と会えるかも知れないなんてついてるな,とりあえず情報収集をしようと宿を探していると、不注意だった為誰かにぶつかってしまう。



「……!」

「おっと…大丈夫?」


俺が考え事をしていたのもあるがそのぶつかってきた女性は港の方向から速歩で掛けていて気づかず、ぶつかってしまったのだ。

元の世界であればこんなことはあまりしないがここはもう無垢の世界。取り繕わないといけないので急いで倒れた女性に手を差しのべると、その女性の顔には眼帯と大きな傷跡が三本もあることに驚いた。


すごく整った顔の女性だが、その傷や眼帯のせいで少し凄みがあり美人なのを台無しにしていた。



「いい"もの"を見つけたわ」


彼女が俺の差し伸べた手をとった時、 ゾクリと一瞬の内に鳥肌が駆け巡った。


「……?、いま……なにか……」




「いや、気にするな私にも非はある。すまなかった、お前は見たところ男のようだが、お前も大丈夫か?」

「……!え、あ、うん。大丈夫。」


彼女は立ち上がり服についた砂をはらった。今何故か悪寒が走るような幻聴が聞こえた気がするがきっと異世界に来たばかりで疲れているのだろうか?
こうして見ると男の俺とそう変わらないくらい身長が高い事が分かる。……そんな女性に気が付かないなんて相当だな…。


でも俺はそんな事より彼女が放った"その言葉"に驚いた。だって今この人はなんて言った?


「そうか。ならいい。あ。そういえばこの街はナーオスか?旅に出たばかりで土地勘がまだないんだ」

「えっと、ごめん。お……僕も今来たばかりでわからない。でもナーオスではないのは確かだよ」

「……そうか。なら他の者に聞こう。では……」


その漆黒の長い髪を翻してそのまま走って行きそうな彼女の腕を,俺は"何故か"掴んでいた。


「……ぶつかってしまったのは悪かった……、えーっと……ボブ男。見た目ヒョロイくせに中々力のあるその手を放してはくれないだろうか?」

「あっ……いやごめん。僕も何でか分からないけど"そうしないといけない"気がして……それにしても……君は間違えないんだね」

「何をだ?」

「僕を、その…女性、に」


我ながら自慢じゃない、というか欠片も自慢したくもないけど初対面の人には大抵性別を間違えられることが多い。
だから先程の男達のあの視線は……"そういう"ことだ。言っておくが俺にはホの字もゲの字の方の趣味は一切ない。勿論女性が好きだ、……傷があるのは少々残念だが彼女も中々好み、とも言える好感的な容姿をしている。

だから彼女が「見たところ男みたいだが」という台詞に驚愕していたのだ。



「……お前はどこからどう見ても男だろう。女性に間違えるなど世の中の女性に失礼だ。私の父親は俗にいう「ふぇにみすと」でな、娘の私は女性とはなんたるかを叩き込まれた。我ながら超紳士だと思う」

「紳士って自分で言う?」

「自分が思うから言うのだ」


「君は面白いね」

なにを、してるんだ俺はこんな話をしている暇はないのに、「離してはいけない」と頭が警報を鳴らしている。いや、だめだ離せ。矛盾した思考回路に混乱していると俺が中々手を離さないことに苛立ちを感じているのか、腕を掴まれた彼女の口調が少々荒くなっている。


「そうか、それは何故かよく言われる。ところで腕を離してくれないだろうか。私は急いでいる」


「君の名前は?」

「お前に教える義理はないな、離せ。私は急いでいる」

「つれないなぁ、」

表面上はにこやかに笑うが、内心は違和感を感じていた。………この子は"ダメ"だ。直観だが無垢の物語に関わる子だ。


たがこの子はアスラでもない。イナンナ、でもないだろう。俺の記憶の限り"彼"がレグヌムで出会うのはイナンナ、ヴリトラだけだ。


つまり、彼女は






「じゃあコレだけは教えて,君は……"禍愚者ノ姫"?」

「は?なんだそれは?」「あらぁ」



首を傾げる彼女は本当に知らないのだろう。戸惑いがその瞳に写っていた。

………そんな首を傾げる彼女が、何故か、……可愛いと思った。



――――――は????
……可愛い?可愛い!!?……!何を思ってるんだ!!そんな感情を俺が会ったばかりの他人に抱くはずもない!!ならば何故だ?


答えは簡単だ。コイツが『例の異物』だからだ。
こちらが気をつける他ない?そう思った瞬間にソレに出会うなんて誰も思わないだろう。


彼女の腕が離せないのも、可愛いと思ってしまったのも、 何故か以上に顔に熱が集まる感じがするのも、
あと、動悸が速いことも、





「感情を狂わせる神様、らしいよ。」






なるほど,これは防ぎようがない。

















「お前は、何がしたいんだ」



赤い瞳に、睨まれる。それすらも心地よいと思えるとは、なんという呪いだろうか

「君に一目惚れしたみたいなんだ」



どうやら俺も"故意"に狂わされたらしい。





目の前の女性への殺意と好意で狂いそうだ。



「ふふ、ふふふふ。いいモノを見つけたわ。いい駒ね。いいわ、いいわとてもいいふふふふ」


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