貴女に名前を [ 104/156 ]
光が包まれた。
眩しさで閉じていた目を開けると部屋の様子が変わった。少しだけ片付いている気がする。
それとマギルゥが私と少し、親しげに話している……きがした。
「っまた、……」悪趣味だ。
私はもう思い出した。不完全でも、"何"が大切か、"誰"が大切だったか思い出せたのだ。
だがこの記憶は……いや記録は何かを意図して尚見せ続けさせられる。
このままこの記録が進めば、マギルゥが、私がどうなってしまうかなんて分かっているのに。
「それにしてもお主は阿呆じゃの」
「なっなに急に!!?」
マギルゥはガラス越しの「私」を呆れた目で見つめる。
コツコツとガラスを軽く叩いて「逃げられない状況を作った阿呆と言うとる」と再度呟いた。
「お師さんのように力のあるお方でも「海の中」までは手出しは出来んかった。だが陸で呑気に生活してる何処ぞの阿呆な人魚の目撃情報があったおかげでお師さんはお前を捕まえられたんじゃ。そのまま海の中で漂っていれば良かったものの」
「いやーあの時はびっくりしたね!!友達待っていたらなんか沢山人が来て私の事追っかけてきたんだから」
そうだ。私は最初はあの島で誰かを待っていた。■■■■を待っていたんだ。そうして日々を過ごしている内に、あの赤い月の日が巡り、聖寮の人達が来た。
海から離れた人魚がろくな抵抗なんて出来るはずもなく、すぐに捕まってしまったんだ。
マギルゥそんな「私」を見てため息を吐いた。
「その友達とやらが本当に約束を果たすとお主は思っているのか?」
「もちろん!!」
「私」はそれはもう楽しそうに、答えた。
そうだ、いつか会えるってまた会えるって、「友達」と約束をしたから。
「……こうして人の手に捕まっても尚そのポジティブさには呆れを通り越して笑えてくるわい」
「そんなに褒めなくても……」
「褒めとらん!!」
まったく……そう言いながらもマギルゥは部屋からは出ていかなくなった。ビエンフーはその様子を微笑ましく眺めている。
「エリアスのおかげでマギラニカがまた笑うようになったでフね」
「ビエンフー、これは笑うのではなく失笑と言うんじゃ覚えておけ。それに儂はお師さんに言われて仕方がなくこの人魚の見張りついでにこの部屋で研究をしているだけじゃ」
「またまた〜そろそろさぁ私の事おねぇーちゃん(はぁと)とか呼んでもいいんだよ?」
「今日は多めに血を抜いておくかの」
「ぎゃ~~~!!悪魔~~~!!?」
バシバシとガラスケースを叩いて「私」が非難するがマギルゥは何食わぬ顔だ。
血を抜く、そう言っているが前見た記憶より「私」の顔色は目に見えて悪くない。きっと、同情でもなんでもいい、マギルゥが「私」に気を使ってくれていたのだ。
"捕まってしまった愚かな人魚"はそんな事知るはずもなく、くるくると表情を変えてマギラニカ、マギラニカ。と彼女の名前を何度も呼んだ。
「あっそう言えば愛称考えてあげるって話だったね!!」
「マギラニカのどこが言いづらいんじゃ。そのままでよかろう」
「フルネームがだよ!!マギラニカ・……えーっとルゥ?」
「はぁ…………マギラニカ・ルゥ・メーヴィンじゃ」
うーん、「私」は腕を組んで悩む動作をする。暫くして閃いた!!と叫ぶとガラスに文字をなぞって行く
【 マ ギ ル ゥ 】
反転しても、読めるように書いたそれを見て満足げに「私」は笑う。
「マギルゥ!!マギルゥって言うのはどうかな?
どう、いい名前でしょ?」
「大道芸人のような名じゃの……」
「えー大道芸人いいじゃん。なく子も笑うマギルゥって感じで」
「お主のその偏った人間の知識はどうなっとるんじゃ」
「本なんて読める内容限られていたからね!!」
マギルゥ、マギルゥ。勝手に名付けて気に入った「私」はずっとそう呼ぶようになった。すると、何処からか視線を感じて、「私」は黙り始める。
コツコツ、誰かが近づいてくる靴音が部屋に静かに響く。
部屋の奥の暗がりから現れたのは聖寮の服に身を包んだ老人だった。
「あの時見た聖寮の……」
「私」は老人を睨むように見つめている。そうだ、私はいつだってこの男が苦手だった。捕まった時も、無理やり連れていかれた時も、マギルゥを縛るのもこの男だった。
「……マギラニカ、お前はこの人魚と仲がいいのか?」
「仲がいい?こ奴が勝手に絡んでくるだけじゃ」
男……メルキオルはふむ、と一言呟いて頷き、
「……使えるかもしれんな」
ざわり、
「私」を見るメルキオルの視線に背筋がざわついた。