弐 [ 151/156 ]
はっはっ、と短く息を吐きながら走る。向かう先はランゲツ家の領土にある、とある場所。無造作に生い茂る草木をかき分け、人知れずある海辺。
目の前には海しかないそこへロクロウは迷うことなく手を入れるとバチャバチャと水面を叩き水しぶきを上げながら"合図"を行った。
合図から数分。じっと眺めていた海面から見えてきたのは青緑色の頭にロクロウは「リア!」と、その名を呼んだ。
「おはよー。きょうは朝から元気だねぇ」
「聞いてくれリア!ジロウのやつから1本取れたんだ!!」
「うんうんよかったねーー」
「なんだよ相変わらず冷めてんな!」
うんうん、と頷く人魚のデコを軽く小突くとはにかむように笑われた。
あれから、半年。リアは姉妹たちを探していると言って暫くはこの島の周辺に留まっていた。
「毎日毎日飽きないね私がここから離れている時も来てるんでしょ?」
「なっなんでそれを…!!」
「だって2、3日あけると「どこいってたんだー!」って言ってくるじゃん」
「ぐ……」
ロクロウ嘘付けないでしょ、とリアがまた笑う。言い返してやりたいが図星なので押し黙りながら、ほら。と頼まれていた物を差し出す形で話を誤魔化した。
「あっ歴史書!!ありがとうー人間の本って面白いんだけど海に流れ着くのは大抵インクが滲んで読めないんだよね」
「いつも思うがそんなので嬉しいのか?俺はそういうの苦手だからな…座学はどうも好かん」
「ふーん人間なのに変なの」
「お前こそ人魚のくせに変わっているな」
リアは手渡した本を流し読みをしながらチラリ、と一度俺を見ると「そんなこと言ってたらえーと……女の子にモテ?ないよ?」と疑問符を付けながらなのにいっちょ前に反論してきた。
「女ァ?そんなのいいんだよ。女なんて母上で懲り懲りだ」
「ははうえ、……ああ「お母さん」か。ロクロウはお母さんが苦手なの?」
「苦手というかあれはまさに鬼だな……母上見て育ったから女はもはや同じ人間とは思えねぇ……」
「じゃあロクロウはあれだね一生ヒトリミだ」
「うるせぇ!」
パシャン!!水をかけると本を庇うようにしながらもリアはニコニコとからかいながら笑うのをやめない。
「いやいや私は不安なんだよ。だってさーヒトリミはコドク死する?らしいじゃんロクロウは大丈夫?」
「余計な知識ばっか付けやがって…!俺は孤独でも剣士として死ぬならそれで本望だ!」
「かわいそー」
「このやろ…っ本返して貰うぞ!」
「やーめーてー!!これは私が貰ったのー!!」
「おわっ!!」
リアの手に渡った本を奪おうとするとあっさりと避けられ、陸から離れてしまう。躱されるとは分かっていたが、そこまで離れられると思わなくて、勢い余って海に落ちてしまった。
「あっちょっと、大丈夫?」
「っぷぁっ!くそ……濡れて帰る気はなかったってのに…」
「えっと…私はワルクネェー」
「だからそんな言葉どこから覚えてくるんだお前は……」
リアが海に落ちた俺を支える。ちゃっかり本は安全な所に避難させている。俺は前髪からぽたぽたと水を滴らせながらリアの腕に掴まりながら、上がると「大丈夫?カゼひかない?」と落ちる原因になった張本人が眉を下げて申し訳なさそうな顔をするので怒ってねぇよとぶっきらぼうに告げる。
「ロクロウ、ヒトリミだから…お世話する人いないもん…」
「おい心配する所が違うぞ。それに家には世話人位いる」
「じゃあロクロウはコドク死しない?」
「しねぇよ。それに、………気になる奴くらい俺にだっている」
水分を含んで邪魔な前髪をかきあげながらそう言うと「気になるヤツ?」とリアが首を傾げた。
「…ま、まあ俺はリアがどうしてもって言うのなら嫁に貰ってやってもいいんだが……」
「ヨメ??別にいいよ」
「待て、どっちの意味の"いいよ"だ」
「ヨメって確か、隣にいる人でしょ?それ位ならなってあげてもいいよって意味だよ」
「…意味は改めて教えるが一先ず「いい」んだな。よし撤回するなよいいな?」
念を押すと撤回なんてしないよーってリアは笑った
ランゲツの男に二言はないからな。
「……おい、見たか?」
「ああ、アイツ最近稽古が終わった後すぐに何処か行くと思ったら
"異形"と会ってたなんてな」
🍁
「ロクロウ……?」
がさがさと水上が騒がしい音がしたから、いつものように、いつもの、ように彼だと思った。
この辺りに来る人間は自分しかいない、と彼自身が豪語していたからだ。
今日は、珍しく私は陸の付近にいた。明け方から家族を探して、疲れていたから波の荒くない場所に移動して居たからだ。
だから、油断していた。
物音がするってだけで勝手に"そう"だと思って水面から上半身だけ出した……時だった。
「いっ………!」
きょろきょろと辺りを見渡していた時死角になっていた場所から思いっきり髪を引っ張られた感覚が伝わってくる。髪を引っ張っているモノは思わず漏れた悲鳴にも、気にするような様子も見せずにさらに髪を引っ張る力を強めていく。
「捕まえたぞ!!!!こいつが"アイツ"のお熱の異形だ!!」
「ッちょっと……!!離してよ……!」
痛みから逃げる為に掴まれた腕に爪を立てるがものともしない。首が動かせる限り振り返るとロクロウと似た服装の………彼より少しだけ大きい男が二人見えた。一人は私の髪の毛を掴んでいて、ぶちぶちと嫌な音が聞こえてくる。
冷や汗が垂れる。
しまった、完全に油断していた。
人間には、気をつけなればならなかったのに。
どうやら離してくれる気はないようで力をこめていくばかりだ。
「コレを使って調子に乗ってる"アイツ"を懲らしめてやろう」
「最近生意気だからな…!…おい、お前!!」
「っ…っう………!!!!」
悪く思うなよ、そう言って男はにやりと笑いながら、髪を掴んでいない方の手に構えた、刀を無情に振りかざした。