意味と答え [ 124/156 ]
「、……?ここ、どこだっけ……」
目を覚ました時、知らない天井だ。と思って起き上がると体にかかっていた黒いコートがずり落ちた。
「これ……アイゼンのだ……そっか。皆と再会した後に眠っちゃったんだっけ……」
ならばここは宿屋か。既にアイゼンは居なくなっており、私が握りしめて眠ってしまったからか、彼のコートを羽織った状態になっていた。
「……眠らなくていいのに、よく眠れた気がする」
何だか落ち着く香りがするからかもしれない。皮と、心水と、潮の香り。アイゼンは海賊の他のみんなと違って綺麗好きで同じコートを何枚も仕立てて持っていたから、男所帯でも彼だけは清潔さを保っていた。
……?そういえば、前にもこうしてコートを借りた気がする。
アイフリードに心水をかけられた時じゃなくて、もっと前だ。
「いいから服を着ろ」……、分からない。
思い出したいのに、思い出せなくてコートを被りながら唸っているとバダン!と割と勢いよくドアが開いた。
だが視線をそちらに向けても誰もいなくて「えっ」と思わず声が出る。
すると、死角だった真下から声が聞こえてきた。
「あらお取り込み中だったかしら」
「姐さんわざわざイズルトに戻ってまでこやつの様子何か見る価値はないぞぇ」
「えっ、えっ?」
ベッドから乗り出して声がした方を見下ろすと先程土産屋で見たアメノチ様(仮)人形と同じ形をした(恐らく)聖隷がそこにちょこんと立っていた。
確か名前は……グリモワール?だったっけ。
「あの……初めまして……?」
「この娘から話はたまーに聞いてたわ。初めまして、グリモワールよ」
「姐さん~~~!余計な事は言わんでおくれ〜!」
「あら貴女の唯一の”家族”でしょう。そんな面白いこと、黙って見ていられないわ」
「あの、……貴方とマギルゥってどんな関係なの……?」
「そうねぇ、……貴女と離れた後、この子を拾った女、って感じかしら。そうそう、古文書を解読したいっていう連中は先にハリア村に行るわよ。私としては個人的にアンタに会ってみたかった……って言うのもあってこの娘に連れてきてもらったの」
そう言ってアンニュイ(?)にふぅ、とため息を吐きながらベッドに飛び乗ってきたグリモワールはなるほどね。そう言って私の横へ腰を掛けた。
「この子、アンタと同じじゃない。覚えはあるの?」
「……知らぬわ。そもそも儂と離れてからは何をしてたのかもわからん」
「……?どういう事?何か知っているの?」
私がマギルゥと別れた後に出会った、というグリモワールは私の目をじっ、と見つめてから「心が砕かれてるわね」と淡々と告げた。
「心が砕かれてる……マギルゥがあの聖寮にされたように……?」
するとマギルゥは苦虫を噛み潰したような顔をして「そうじゃな」と壁にもたれかかって面倒くさそうにこちらを睨んだ。
「心に傷を付けられたな。そしてそれを半端にも思い出した、と言った感じかの?」
「?、マギルゥ……?」
「恐らく儂と海で別れたあの後か?人魚に余程逃げられたくなかったと見える。姑息なあの男らしい……」
心の傷。砕けている。
思わず、首から下げているタリスマンと一緒に胸を抑えた。
そこはもう鼓動を刻んでいないが、ぎゅう、と締め付けられるような感覚がして、息を吐く。
「お主を苦しめてる"ソレ"が、本当に真実か、見極めるのもお主次第じゃぞ」
「私を苦しめる……モノが真実か……」
「死体が話すな」
「みっともなく生に縋るな」私を苦しめてる、という覚えがあるのはその言葉たちだ。誰かに言われたと思っていたあの言葉たち。
何故だかアイゼンの声で聞こえてきて、でも彼は人の……自分の舵を、人生を否定する事が嫌いなはずだ。
ならこの胸が締め付けられるような、苦しい記憶は……
「アイゼン、は……あんな事言わない……」
「はあ……アホらし……なんで儂、恋のキューピットやっとるんじゃ……」
マギルゥはそれだけ告げると、ヒラヒラと手を振りながら先に外へで行ってしまった。
あの……。残されたグリモワールに声をかけると呆れた様子でフフと微笑まれた。
「あら、オエネチャン取られたのが寂しいのね」
「お姉ちゃんって認めてくれてるのかな……」
あの子、案外身内には甘いわよ。とグリモワールはウィンクして微笑む。
大人の余裕があるなぁと気がつけば強ばっていたのを忘れて笑っていた。