思惑通り [ 109/156 ]
時は戻って、光り輝くとある神殿。
白で統一された空間に似つかわしくない戦いの痕が残っているがその神殿の"主"は対して気にしてないように欠伸……のフリをした。
『言われた通り、見せてあげたよ』
「ああ、すまんな。まだ完全じゃないのに手間をかけさせた。
だがこれであの人魚はさらにあいつらに食らいつくはずだ。愚かなものよ」
『意味あったの?アレ』
「【絶望】を育てる最中に回収出来るかもしれん。地上で暮らそうとする愚かな人魚とはいえ海に戻られると面倒なのでな」
広い神殿に、少年の声と、静かな老子の声だけが聞こえる。
先程まで激しい戦いを繰り広げていた……否一方的な力の差を見せつけていた男は出番は終わったと言わんばかりにそんな彼らの会話を気にもせずその場を立ち去っていく。
そしてまた姿は見えない少年の声が神殿に再び響き渡る。
『そんなに人魚が必要なの?』
「神依の完成には人魚の血が必要不可欠だ」
『……ふぅん』
「アレには霊応力が宿ってる。他人の力を高めるという素晴らしい力だ」
『人魚ってそもそも"なんなの"?アレ、人でも"生き物"でも無いでしょ』
人でもなければ、生き物でもない。謎かけのようなそれ。
その言葉を問ておいて興味はないけど、と言わんばかりの少年の声に老子は溜息を吐きながらも応える。
「……人魚はアメノチに生贄として捧げられた人間の成れの果てだ。言わば死骸よ」
『なんでソレが"動いてるの"』
「【絶望】したからだ。アレは魚類と混ざってる。なぜだか分かるか?」
『質問を質問で返さないでよ…………魚類と"混ざってる"?……アメノチだけの力じゃないの?』
人魚、その名の通り人と魚の半魚人。
人としての部分は生贄
ならば魚としての部分は?アメノチだけの力ではないのか。
その答えは"半分当たっていた"
「確かにアメノチの加護もある、だがアメノチに捧げられると海に捨てられた生贄が喰われるのがアメノチではなく、
鮫だったら?
はたまた鯱だったら?
……そこはなんでもいい、自信が信じた"神"以外に食われ、生贄としての役目も果たせず、ただ無様に食われていくのを実感しながら死ぬのだ」
『アメノチ以外に食われた事実にその瞬間、穢れたのか……でもなんでそんなのがアメノチの加護を?』
「同じ聖主だろう興味無いのか?」
『アイツらがいると"僕"は寝てるんだ。分かるはずがない。それにこの【器】もアメノチの事までは調べてなかったみたいだからね』
興味ない素振りを見せているが【器】である少年の好奇心に引っ張られているのかやけに仔細まで聞いてくる。
老子はやれやれ……とその表情で表しながらも律儀に求められた応えを返していく。
「鮫に食われた後に、アメノチに喰われたのだ。正確に言えばアメノチに喰われる前に鮫に食われてしまった」
『
異物ごと?そんなの吐き出すでしょ』
「そうだ、吐き出すな。捧げられた生贄が自身の口の中に入る前に穢れ、血を流しているんだ。そんなもの聖主が「喰える」はずがない」
『穢れなき魂として一度は聖主の腹の中に納められそうになった……それで半端に加護があるのか』
「ああ、だが人としては死に、一瞬とはいえ穢れ、転生も出来ず、かと言って鮫でもなく、アメノチの加護で半端に生きてしまった。それが人魚だ
あ奴らはアメノチの加護が微かでも残っている海ではずっと動く死体であり続ける。だが地上に出てしまえばアレは腐り落ちるのみだ」
だからといって海にいられては捕まえられない。だが地上にいては崩れ落ちていく。
時間が無い、早く、早く回収しなくては
『"可哀想に"』
心にもないことを言いながら元生贄の少年は…………カノヌシは再び欠伸のフリをして再び眠りについた。
🌻
そうだ、人魚なんて種族はいない。
私は既に"死んでいるのだ"
匂いに敏感になっている?
体が魚に近くなっている?
違う、「人として」の部分が段々と死体に戻っていくのだ。
だから鮫の鼻が効くようになってしまった。
痛みが感じない?
それはそうだ死んでいるのだから。
錯覚だったんだ、今まで痛いと思っていた事は
血が出てるから、痛い。それだけ。本当にそう思っていた。
それは人として生きていた頃の記憶のおかげだ。
背中に刻まれたアメノチの紋章は一人前の人魚の証……そんなものでは無い
人間の時……生贄として捧げられた時に無理やり刻まれた紋章だった
姉妹たちも沢山いた
でも、本当は誰とも血の繋がりなんてない
彼女達は同じく生贄として捧げられて絶望して、死んでいった。
だから人を恐れる。人を憎悪する。人に近寄らない。
姉は、……姉と言ってくれるあの人はそんな人魚として生まれてしまった生贄達に生き方を教えていた。
私は、人が嫌いではなかった。人を憎むほど、人の世に染まってなかったから。
とある祠で、物心ついた時から閉じ込められていた。
生贄として捧げられる子が親や友と離れがたくなる可能性を経つ為に試作された子供だった。
数日に一度、食事を運んできてくれる人がいた。
それだけだ。会話もなければそのまま立ち去っていく
そんな生活が10年以上狭い小屋の中で続いていた。
生贄に捧げられるのは19歳と決まっていた
子供を捧げたら雨が降らない日が続いた。
大人を捧げたら津波が来た。
ならば大人でもなく子供でもない19という年齢が生贄に捧げるという決まりがいつからかあの土地にはできた。
私は言葉を知らなかった。世界を知らなかった。
知ってるのはあの小さな祠の小屋だけだった。
私の世界はあそこだった。
だけどある日、私に話しかけてくれた人がいた。
旅人と名乗った女の人の声だった。
1年ほどだろうか、長くもなく、短くもない時間を彼女とすごした。
と言っても私は祠から出れないので実際に面と向かって話したことは無い。本当に会話のみだ。
彼女は色んな世界の話を知っていた。
モノクロだった世界を広げてくれた。
世界には色んなものがあると教えてくれた。
他の姉妹たちは人を嫌悪していた。
私と違って、人の生活で暮らしていて、急に生贄として捧げられた人達だからだ。
無垢なものを育てよう、そうすれば主は怒りを納めてくれる
大人達の勝手な都合で私は無垢なものとして育てられたのだ。
その"お陰"で私は人を畏怖しない人魚になれた
私が絶望したのは「生贄としての意味がなくなった」事でも「アメノチではなく鮫に食われたから」でもない。
「人の世をもっと知りたかった」から、死ぬことに絶望したのだ。
一緒に過ごしてくれた旅人さんは言った。「自分は助けられないけど、何かして欲しいことはないか」と
その優しい言葉に「花、が見てみたい」と私は応えた。
と言っても祠は壁で囲われており、花なんて見れる場所ではなかった。
最後に、生贄として捧げられるとき、外に出た時見れたらいいな、その程度だった。
だが彼女はその願いを叶えてくれた。
眼前に広がるこの向日葵畑がその証拠だった。
あれから何千年経ったのだろうか?
今でも立派に咲き誇る向日葵畑は圧巻ものだった。
私はマギルゥのように人ではない。
海の中にいた魚でもない。
ベルベットたちのような業魔にもなれてない。
アイゼンのような聖隷でもない。
半端な加護のおかげでただの動く死体でしかない。
人の理から外れたモノが、みんなと居ても、いいのだろうか。
アイゼンから貰った、タリスマンを握りして声を殺して泣いた。
黄色い花びらがとても綺麗に舞っていて、胸が痛くなった。