思い出せない言葉 [ 99/156 ]
ゆらゆらゆらゆら、
波を漂う感覚に身を委ねていると後ろから誰かの腕が伸びてきた。
「エリアス」
優しい声で呼ばれて振り返るとむいっ、と頬を摘まれた。私はそれに特に抵抗する訳でもなく名前を呼んだ彼女を見つめる。
……私に話しかけてくるその女性の姿は靄がかかってよく見えない。でも、海の中という事は同じ人魚ということはわかった。
「姉さん」
「またあなた人間を助けようとしたわね」
私は私の頬をつまむ彼女の名前を呼んだ、と思う。曖昧なのは自分で呼んだはずなのにそれすら聞き取れないからだ。でも確かに口に彼女の名前を出した。
曖昧な映像に声達にこれはもしかして私の忘れてしまっている過去なのではないのだろうか?とどこか冷静に思った。
「だって溺れそうになっていたから」
「人魚はね、半分は魚みたいなものだから人の体温で火傷をしてしまうの。海に落ちた人なら多少なら大丈夫だけどずっと触れているのは危険よ」
「そうなの?」
「そうなの。私達は鮫の人魚だから普通の魚よりは平気だと思うけど危ないことには変わりないわ」
それ以外にも人間はああだからこうだからと女性は私に忠告してくる。でもあれ?と私はその記憶を疑問に思った。だってアイゼンに、アイフリードに、ロクロウに、ベルベットに、ライフィセットに、皆に触れられた事がある。場所も様々。
でも火傷なんてしたことは無かった。あっアイゼンは常に手袋してるしみんな触る時は服の上からが多いからかな?
「それは貴女の身体が本当は××××からよ。してないんじゃない、感じてないだけ。身体は確実にそのダメージを蓄積しているの」
「うーん、……何度言われても"それ"実感わかないんだけど」
「……覚えてないのは、幸運なことかもね……貴女以外の人魚はみんな知ってる。"だからこそ"みんな人を嫌い、妬み、遠ざけるのよ」
私は貴女のその純粋さが心配なの
女性はそう言って私を抱きしめた。そして貴女は変わらないままでいなさい、と少し寂しげに微笑む。
「覚えておいてねエリアス。私達人魚はアメノチ様の加護で不安定ながらに存在しているの。
過去に戻れなければ前にも進めない"止まった"種族なのだから」
人間といても、その事実に苦しめられるだけよ。
そんな事ないよ、私は、苦しくなんて
ゴポリ、口を開けた時泡が私たちの間に浮かんでいく。そして手を伸ばしたその先にはもう誰もいなくなっていた。
🌻
目を開けるとそこは海のそこの青ではなく、どこか見覚えのある木の天井が見えた。中央に吊るされたランプが仄かに光を灯してるのを見つめているとガチャり、と扉の開く音が聞こえた。
「いま、のは……」
「あら、エリアスやっと起きたのかしら」
「タバサ………」
ゆっくりと起き上がると額から少し濡れたタオルがずり落ちてきた。これは確か誰かを看病する時にするものだった気がする。
つまり私は倒れていたのか、と察する。
ここはタバサのギルドの2階だ。教会に忍び込む前に泊まらせてもらっ………待って今何時だ。いや、何日、だ?
「ねぇ…やっ、と、って言った?」
「ええ、ベルベット達と教会に忍び込んでから1日経っているわ」
「1日……」
少しだけホッと息を吐いた。何日も経っていたらそれこそ置いていかれてる。1日であればまだ追いつけるだろうと起き上がるとタバサがやんわりとそれを止めてきた。
「どこまで覚えているの?」
「聖寮で……人魚の資料を見た辺り。………早く行かなきゃ」
「そう……なら話が早いわね。副長の命令よ。貴女はここで待機をして、と」
「……それ、依頼の時も言っていた」
「ええ、改めて言われたわ。"この件"で貴女を人魚を関わらせてはダメだと」
倒れた貴女をここまで地下にいたかめにんがつれてきたのよ。とタバサは私をベットに座らせながらそういった。
ベルベット辺りは約立たずはいらないと言って置いていったのだろう。アイゼンは純粋に人魚が聖寮から狙われているのを心配してくれたのかもしれない。
でも、たとえ皆にいらないと言われても私は行かなければならない理由が増えたのだ。
「姉さんの、夢を見た気がする」
「……記憶を思い出したの?」
「ううん、……人魚の女性が私に向かって話しかけてくる、夢。アイゼンが私には姉妹がいたと言っていたから勝手にそう思ってるだけなのかも」
でもあれはきっと私の姉だ。思い出せないけど心がそう言っている。
そして彼女が、姉が言っていた言葉が離れないのだ。
「人魚は前にも、後ろにも戻れないんだって」
「……どういう意味かしら?」
「分からない。でも大切なことだった。私は、それを思い出さないといけない」
聖寮がそれの意味を知っているのであれば、私は知らなければならない。
戻れない?とっくの昔にアイフリード達と旅に出た時から私はもう戻れないんだ。
前に進めない?ならその場からでもあがかなければ。
「私は止まってても前を進む人を、皆を、アイゼンを見守るよ」
進めなくてもいい、そこで立ち止まってるだけなら、せめて見届けなければ。
「……そう、好きにしなさいあなたの人生だもの」
「止めないの?」
「副長さんには後で怒られるわ。さあ行きなさい。多分今頃彼女達は聖主の御座にいるわ」
「ありがとう、タバサ…!」
タバサが私の背中を軽く押すと小さな紙と黄色い包装紙に包まれた箱を渡してきた。紙の方はベルベットたちのいる場所のメモだ。
もうひとつは……中身が分からなかったのでタバサの目を見る。
「貴方が副長さんへ選んだプレゼントよ。せっかく綺麗な物を選んだんですもの。勝手に包んでしまったわ」
「ううん……!!ありがとう!!」
一緒にそれを受け取りそのまま振り返らずに部屋から飛び出すと小走りで教えてくれた場所に向かう。
吐く息は白い。まだ早朝なのだろう。人間にとっては少し肌寒い、気温だと思う。人魚だからか寒さにはつよいのだ。
素足が石畳と触れ合う度にぺたぺたと微かな足音がローグレスの静かな街中で少し大きく聞こえた。
早く行かないと、と必死に駆けているとふと、二の腕が微かに赤くなっているのに気がついた、。
そこに痛みはない。元々褐色の肌の為分かりにくいので本当によく見たらわかる程度だ。
「これが……火傷、なのかな……」
人魚は人肌で火傷をする。
そう確かに記憶の姉は言っていた。
でも痛みは感じてないと、なぜなら人魚は××××いるから、……そこが思い出せない。
「痛みを、感じて…ないだけ……」
だがそんなことは無いはずだ。
だって転んだ時も業魔に襲われた時だって私は確かに「痛い」と感じていた。港で手を切った時も、……も……?
「あれ、……あの時痛かったっけ……?」
あの身重の女性を助けるのに必死で忘れていた。
その後ライフィセットが直ぐに治療してくれたというのもあって痛くなかった、気がする。
「後ろにも前にも進めない、種族……」
少し、答えが見えてきた気がして私はその言葉を振り払うように少し走る速度を早めた。