novel | ナノ

オーバーライトは不可能です
この鬼不のつづき







それは鬼道の話す声が、低く落ち着いたものになっただとか、不動が安心したように柔らかく、やさしく笑い返したりするような、ほんのささやかなことだ。
もちろん彼らと親しいやつらは俺も含めそんなささいなことでも当然気付いている。
それに気付きたくは、なかったけれど。
不動は鬼道から逃げるのを止めたのは明白だった。
俺がもっとも恐れていたカタチでそれは終わりを告げたんだ。
しかしほんの少しの変化は俺を打ちのめすのには十分だった。

不毛だと分かっていながら想いを寄せていたのは確かだったが、僅かでも期待をしていなかったかといえばそうではない。
いつまで経っても振り向かず明確な答えも出さない不動にいつか諦めて後ろを見てくれるんじゃないかって、思ったことは何度もあった。
今ではそんな浅はかだった自分に対して自嘲じみた笑いを返すだけだ。
どろどろと黒くて醜い感情を抱いて、それでも俺は鬼道のことを諦めきれない。

ひとりでは、押しつぶされてしまいそうで、だから今回も甘えさせてもらうことにした。



「何で俺なんだ?」
「黙って聞いてくれるから」



佐久間は赤くなった目を擦った。
源田の家は幼いころから遊びに来たことがあるせいか、とても落ち着く。
源田の自室はそこかしこから彼の匂いや雰囲気が漂っている。
何かあると佐久間が源田にすべて打ち明け、源田がそれを黙って聞くというのが二人にとって当たり前のようになっていた。
源田はあまりそういうことを佐久間に話したりはしなかったが、何かあれば佐久間にすぐ言ってくれる。
佐久間にとっては他のチームメイトとは違う、大事な友人であり幼なじみであった。



「鬼道のことか?」
「…うん」



鬼道と不動は最近、付き合いはじめただろう?その佐久間の言葉に源田はただ頷いた。

ずっと前から、不動に初めて会う前から鬼道のことがすきなんだ。
中学に上がってから鬼道と出会って、最初は上から目線だし、嫌な奴だなっておもってたんだ。
でもホントはすごく繊細で傷つきやすくて脆いことに気付いたら、もう放っておくことができなくなって、いつのまにか守りたくなってしまったんだ。
鬼道から離れたときもずっと、その気持ちは少しも変わらなかった。
長い間、俺は鬼道に焦がれていたんだ。
なのに、なのにだ。結局一度身体を限界にまで追い詰めて、俺は少しだけ強くなった。鬼道のことを守れると思ってたのに、なのに。
鬼道の隣はもう俺のものじゃなくなってたんだ。



「守りたい、って思ってたのに」
「…うん」
「鬼道にも、そういう人ができたんだなって」



二人のこと応援しようって思ったけど、無理だった。なんで、どうして俺じゃないかって考えるんだ。

源田は、対象は違えど、佐久間の気持ちが痛いほど分かって、胸が締め付けられた。
鬼道しか見えていない佐久間と、ずっとそんな佐久間を想っていた自分。
何度どうして自分ではないのだろうと思ったことか分からない。
しかし源田はそれを心の奥底に押し込んだ。



「でもな、不動のことも、嫌いになれないし、恨めないんだ。…それができたら、もっと楽だったのかな」



佐久間はぽつりと声を発して、それから静かにその琥珀から涙を落とした。
足の上で握り締められていた手の上に、それはぽたりと落ちた。
光を反射してうっすら輝く涙はどうしようもなく、綺麗だった。


俺たちが誰かを責めることができないのは、鬼道が不動を好きな気持ちが、俺が佐久間を想う気持ちが、理解できてしまうから、だろう。