黒バス | ナノ




官能小説家2

 握りこぶし一つ分程度しか隙間を空けずに隣に座っていた彼女が、饒舌なおしゃべりを唐突に止ませる。女の子の話は共感を得たいが為に自分の都合のいいように脚色されていることが多くて、あまり好きになれない。マシュマロみたいなその声を話し半分で聞いて適当に相槌を打っていたのがばれて機嫌でも損ねたか。
 甘ったれて品を作るのが得意なくせに、一度へそを曲げるとあとあと面倒なのが女の子って生き物だ。本格的にむくれる前に一言かわいいね、とでも言ってやれば機嫌を直すだろうと隣に座る彼女に視線を遣ると、熱心にこちらを見ていた彼女のこげ茶色の双眸と視線が絡んだ。
 濡れた瞳は分かりやすく彼女の情欲を伝えてくる。どうしようか、一瞬逡巡したが、それよりも先に彼女が動いた。赤くぼってりとした唇がオレの名前の形に歪む。名前を呼ばれたのだと気付いた瞬間、返事をする間もなくオレの唇は彼女のそれに奪われた。
 さらりと掠めた感触、すぐさまぬるりとしたものがオレの唇の表面を撫でて、それからその隙間から歯列を割って侵入してくる。そう言う気分じゃないのになぁとどこか冷めた頭で考えながら、応じるでもなく彼女の舌の動きにただ抵抗もせずにされるがままになっていた。それに焦れたのか、それとも闘争心を擽られたのか。オレの膝の上で堅く結ばれていた両手がそろそろと動いて背中に回される。
 はっきりと性を感じさせる動きでそろりと背中を這いまわるその感覚に、その気はなくとも若い性は簡単に高められていく。下から上へ背骨をなぞられ脇腹をさすられ首筋を擽られた後、ただ彼女の舌の動きを甘受していた筈のオレの舌は、彼女を絡め取るために動いていた。口蓋を舐めて、漏れる呼吸すら吸い取る。薄らと目を開ければ、彼女もまた欲に塗れた目を開けて至近距離でオレの顔を見ていた。
 触って、空気の振動だけで彼女の言葉を聞き、導かれる様に膨らみに手を触れ――

「揉みしだいた訳ですね、黄瀬君のけだもの」

 目の前の彼は湯呑を静かに置いたかと思うと真顔のままでオレを罵った。

「ちょ、ちが……! 黒子さんが話せって言うから恥を忍んで話してるんじゃないっスか!」
「からかっただけですよ、気にせずに続けてください」

 息をすれば彼の匂いがするこの部屋で、オレは彼の正面に座り乞われるままに過去の女性経験を赤裸々に話していた。レースのカーテンの向こうは申し訳ないほどの晴天で、こんな真っ昼間から室内に籠って、しかも初めて好きになって執着している相手に性経験の一から十までを披露している。これがそういうプレイだっていうならまだ良かったのだがこれは一種の取材のようなもので、オレは彼の仕事の養分となるべくこうして足しげく彼の部屋を訪れては身を削って彼の期待に応えているのだ。

「ブラジャー越しの胸ってあんまり柔らかくないですよね」

 結構売れている(らしい)官能小説家のくせに、そんなロマンのないことを言ってずずっと番茶をすすっているのは黒子テツヤさん、年齢不詳。中性的な見た目の割に頑固で融通がきかない男前、こだわりがあるようで無頓着である。無表情で影が薄いけど笑うとすごく可愛くて、あと何て言うか、仕草がいちいちエロい。アルバイト先の喫茶店の常連さんである、そんな黒子さんに恋をした。彼が男性であることは分かっていたのに、産まれてから今までずっと女の子にモテてモテて困っていたオレはころっと彼に転んでしまった。
 思えば、今までは追われるばかりでそれを鬱陶しいとさえ考えていた。そんなオレが自分の恥ずかしい部分をさらけ出して身を切り売りしてまで彼の傍に居て笑顔を見たいと思うようになったのは初めてで、これは間違いなく初恋であると断言できる。

「でもあのごわごわしたワイヤーとか布の感触がかえってエロいんじゃないんスか」
「なるほど……。やはりイケメンの着眼点は違いますね。今の発言頂きました」

 それはつまり、今のオレの発言が彼の書く官能小説で使われるということだ。もう諦めた。どうにでもしてくれ。オレはまな板の上の鯛になる。黒子さんが料理してくれるのならば何の文句もありはしない。

「話しの腰を折ってすみませんでした。さぁ、続けてください」

 うっそりと薄い唇を動かして笑うその表情が今まで抱いてきたどの女の子よりも色っぽくて、口の中に自然と溜まる唾液を飲み込む。その音がBGMすらかかっていないこの静かな部屋では予想外に大きく響いてしまった。あ、まずいと思った時にはもう遅い。その不自然に大きな音に、黒子さんはこてりと小首を傾げた。その仕草は彼を幼く、可愛らしく見せる。

「過去のセックスを思い出して興奮しちゃったんですか?」
「いや、あの、そうじゃなくて」
「辛いようでしたらトイレでどうぞ。ボク、今までの分まとめちゃいますから」

 幼く可愛らしく見えるのに、その桜みたいな唇から紡がれる言葉は非常にえげつない。情緒も恥じらいもあったものではない。結構っス、と涙目になりながらその提案を断ると、でも、と彼の視線が下がった。

「辛いんでしょう、それ」

 指差された先には、緩やかに反応し始めたオレ自身があって、彼に指摘されて初めて身体の変化に気が付いた。明らかに平常とは大きさを異にするそれを、急ぎ股を締めて両手でおさえることで彼の視界から隠す。愛しい思い人は、そんなオレの身体の変化にも反応にも全く動じる気配を見せない。
 オレの方がこうして恥ずかしがって、まるで生娘のようだ。今まで散々女の子に絡まれてそれなりに経験も積んできたのに、こういう肝心な時に役に立たない。オレが無駄に重ねてきた経験とは、体験でしかなく経験ではなかったのだ。
 なるべく目が合わないように横目で彼を見れば、ばっちりと視線が合ってしまう。反射的に顔を背けると、黒子さんが名案を思いついたとでも言いたげにぽんと手を叩いた。

「トイレがお厭でしたらここでどうぞ」

 トイレガオイヤデシタラココデドウゾ。
 彼の発した音をそのまま脳内で繰り返してみるが、その意味が全く分からない。まるで宇宙人の言葉を聞いているみたいだ。ここ、ってここか。真っ昼間の太陽光が温く差し込む、まどろみたくなるような、彼の匂いが充満したこの部屋のことか。ここでどうぞ、って何を。

「せっかくですから、参考までに黄瀬君の仕方を見せてください」
「……あの、黒子さん? 仕方ってなんの?」
「オナニーに決まっているじゃないですか」

 無表情であっさりと言ってのけられた言葉は、まるで鈍器のようにオレの後頭部をがつんと殴る。出血しそうなショックにしばらく言葉を発せずにいると、黒子さんは「黄瀬君のオナニーが見たいです」とかとんでもないことを言い出した。何なのこの人、まじで!

「いやっスよ! よりによってなんで黒子さんの前でそんなことしなきゃなんないんスか」
「ボクが見ていては出来ませんか? ボクなんかが視界に入っていたら萎えちゃいます?」
「いや、そうじゃなくて」
「そうですよね、ボクなんかが君の視界に入ってはいけませんよね」

 この人絶対オレが黒子さんのことが好きだってわかっていて言っている。わざとらしく潤んだ目は、狡猾な大人の計算だって察することは出来るのに、それでも匂い立つような色香に抵抗できないのは偏にオレが彼にべた惚れだからである。
 テーブルを挟んで正面に座る彼が身を乗り出してオレに少し近付いた。ただでさえ彼の匂いが充満しているこの室内で、余計に彼の匂いが濃くなり眩暈がしそうだ。すくいあげるように見上げられて、下半身に熱が集中した。

「ねぇ、黄瀬君」
「なん……っスか」
「ボクに、君の全てを見せてはくれませんか?」

 有り得ない。こんな天気の良い真っ昼間から部屋に閉じ籠って年齢不詳の男相手に過去の性経験を暴露して挙句、彼の前でオナニーをするだなんて、常識的に考えて有り得ない。今まで女の子に辟易するくらい絡まれることは多々あったが、性的な意味で飢えることなどなかったのだ。なのに、どうしてこんな柔らかくも小さくもないこの人相手におっ勃ててあまつさえオナニーを披露しなければいけないのだ。
 頭ではそう考えているのに、気が付けばオレは彼の香るような誘惑に負けて、赤べこのようにひたすら首を縦に振っていたのだった。

「ありがとうございます。聞き分けの良い子は好きですよ」

 それを見て彼は満足そうに笑って身体を元の位置に戻す。主導権は彼にあって、オレはあくまで彼の望むままに、しかも自分自身の意思で従うだけなのだ。
 テーブルを挟んでいてはよく見えないから、と彼に手を引かれて寝室へと連れて行かれる。書斎とリビングには入ったことがあるが、寝室に入るのは初めてだ。セミダブルのベッドが一つ、ベッドサイドのテーブルにはハードカバーの本が数冊置かれている。備え付けのクローゼットは開かれたままになっており、落ち着いた色の洋服ばかりが掛けられていた。そういえば、彼が明るい色の洋服を着ているのを見たことがない。
 オレをベッドに座らせて肩を優しく叩くと、彼はオレの隣に一人分離れて座る。

「では、どうぞ」

 「どうぞ」と言われて「では」と始められるものではない。手を少し伸ばせば触れられる距離に好きな人がいるのだ。躊躇い視線を惑わせていると、横に居る彼がはぁっとため息を吐くのが分かった。まるで、ぐずる子どもに困り果てた母親のようなそれに、妙な緊張が走る。

「最初だけ手伝ってあげますから」
「は、手伝うって」

 言うが早いか、彼の手がオレのジーンズのチャックに伸びる。名前を呼んで止める間もなく、彼の白い手がジーンズの厚い布地の上からオレ自身を優しく撫でた。
 その感触に息が詰まる。非日常的な展開にとっくにキャパシティーは限界を超えている。それが、彼の慈しむようなからかうような手の動きで一気に弾ける。蕩けかけていた意識は、既にどろどろですぐにでも蒸発してしまいそうだ。
 彼のつむじを見ながら息を詰めたオレなど無視するかのように、彼はわざと焦らすようにゆっくりとジッパーを下げる。その音が嫌に耳に響いた。

「ほら、もうこんなに硬い」

 辱めるようなその言葉さえも今は快楽を誘う。やわやわと片手で揉まれて、物足りない感触に自然と腰が揺れた。

「はっ……、黒子さん、もっと触って、」
「だめです。ここからは一人で出来ますよね?」

 涙ながらの訴えはあっさりと退けられた。ちゅっと音を立てて前髪の上から口付けられ、彼はまた身体を起こし一人分間を空けてじぃとオレを見ている。
 宥めるような視線に背中を押され、ただ気持ち良くなりたくて取り出された自分自身を両手で握った。隣でふわりと彼が笑った気配がしたが、怖くてそれを確認することが出来ない。
 いつもしているようにして見せて、と耳元で囁かれる。もう勘弁して欲しい。いつも彼を思いながら自分を慰めているのをここで見せろと言うのか、この人は。白ばんでいく思考は羞恥からか快楽からか。その判断さえつけることが出来ない程度には、ずぶずぶに溺れていた。

「ふ……、はっ」

 右手で輪を作り竿を擦りながら、左手で鬼頭を擦る。隣にいる彼のせいで、普段の倍以上は敏感になっている。熱くて堪らない。徐々に追い上げていく余裕はもう既になくて、最初から緩急をつけることもなくひたすらに快楽だけを追って手を上下に動かす。

「黄瀬君は竿が良いんですか?」
「ん……、そこより鬼頭の方がっ」
「じゃあ、その括れている所、触ってください」

 言われるままに括れを抉る。背筋を快楽が走り、身体がびくんと震えた。思わず吐いた長い呼吸と漏れた喘ぎに、黒子さんは子どもを褒めるようにオレの頭を優しく撫でる。何度もなんども、ゆっくりと頭皮に触れる感触に、いじり始めたばかりのそこは既に限界を迎えそうだった。

「黒子さ、オレ、もぅ……っ」

 だらしなく開いたままの口から、短い呼吸がひっきりなしに漏れる。早く出したい、楽になってしまいたい。隣にいる彼の匂いを嗅ぎながら、彼に触れてイきたい。
 息絶え絶えに訴えるオレに、彼は髪を撫でた手でそのままうなじの辺りを撫でながら耳元で囁いた。

「良いですよ、ほら。いっぱい出してください」

 その言葉を合図に、オレは両手いっぱいに己の欲望を吐き出した。
 彼のことが好きになってから一日と空けずに処理をしているのに、自分でも呆れるほどの量だ。危うく両手から零れそうなところを、黒子さんがティシュで受け止めてくれた。
 肩で息をするオレの両手をティッシュで優しく拭う彼の白い手を、オレが吐き出した欲の塊が汚していく。その光景に、たった今絶頂を迎えたばかりのそれが再び熱を持っていく。

「……さすが、若いですね」
「ね、黒子さん、お願い触らせて」

 まだ汚れが取れていない手で彼の頬を撫でる。彼は嫌がる素振りを見せずにそれをただ受け入れてくれた。したたかな表情を浮かべるあどけない頬が、オレの精液で汚れていく。堪らない背徳感に、触れてもいないのに下腹部の昂りは高まった。

「だめです」
「なんで? ねぇ、お願い。オレ、黒子さんのこと好きなんス。お願いだから抱かせて」
「まだ、だめです」

 頬を撫でる手に、黒子さんの手が重ねられる。存外に熱い体温は、彼の興奮を物語っているようで、心臓が愛しさでぎゅうぎゅうと締め付けられる。

「まだ? じゃあいつになったら抱かせてくれるんスか?」

 過ぎる性欲は切実さを持ってオレを責める。彼に触れた部分から、全てが溶けだしていきそうだ。

「もっとボクを夢中にさせてくれたら、いくらでもあげますよ」

 妖艶に笑う彼は、誰かに似ている。欲望に溶けた頭で考えたオレはまだ気が付いていない。彼は、彼の書く官能小説に出てくる女たちに似ているのだ。自分の武器を理解して強かに計算高く生きている彼女たちに。
 だからもっと君を見せて。そう言われればもう何も拒めない。誘われるままに昂った己を鎮めるため、オレは再び両手を動かし始めた。

「次の新刊のタイトルは『美青年、甘美な陶酔のうねり』、ですね……」

 猿みたいに必死に自分を慰めるオレには、彼のそんな呟きは全く以て入ってこなかったのである。


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