黒バス | ナノ




幼なじみ黄黒ちゃんB


 隣に住んでる黒子っちとオレは所謂幼馴染って関係だ。
 同じ産婦人科で産まれ、幼稚園、小学校と来て、この四月からは同じ中学校に進学した。家族ぐるみで仲が良いから、家に帰ると黒子っちがいることもしばしばだし、逆もまた然り。特に黒子っちはうちの母さんの作るコロッケが大層お気に入りで、母さんもまた黒子っちが大好きなので週一で我が家の夕飯にはコロッケが並び、当然黒子っちも一緒に食卓を囲んでいた。
 休みの日や暇な放課後は、黒子っちの部屋に入り浸って特に何をする訳でもないがただ一緒の空間にいることが多い。彼は本の虫だから、暇さえあれば本を読む。登下校、歩いている時でさえ読む。そんなんだから、一緒にいる時も例に漏れず本を読んでいて、オレには構ってくれないのだが、それでもたまにちょっかいを出すオレに「鬱陶しいです」くらいの返しはしてくれる。
 帰るのが面倒くさくて、気が付いたら黒子っちの部屋で大の字になっていることもよくある。この時、大抵は夜同じベッドに寝ている筈なのだが、朝起きると絶対にベッドから落ちている。意図的に落とされたのか、黒子っちの寝相が壊滅的に悪いのか、原因は未だ不明である。
 話は変わるが、自分で言うのもなんだが、ルックスも運動神経も人並み外れたレベルのオレは、ちょっとした有名人だった。どんなスポーツでも一回プレイを見れば、その手本よりも完成された形で再現できる。小学校では様々なクラブに短期間ずつ在籍していたが、何一つ面白くなくてどれもすぐにやめてしまった。
 「器用貧乏」だなんて黒子っちは言うけど、正直貧乏でない。才能が溢れ出ちゃって超大富豪状態である。器用大富豪、これどうよ。

「また下らないこと言ってますね、黄瀬君は」

一緒に登校しているにも関わらず、歩きながら文庫本に目を落としたまま彼はそう言った。

「下らなくないスよ! 至言ってやつっス」
「はぁ」 

 相も変わらずローテンションで返されるが、これが彼の通常運転である。
 俺の幼馴染、黒子テツヤは、びっくりするくらい影が薄い。前述の通り、オレはここら辺じゃちょっとした有名人で、隣町の女の子がわざわざオレに告白しにくることだって珍しくない。その俺と誰よりも長い時間を過ごしているのが黒子っちなのだが、そう言う立ち位置にいる人間にありがちな「黄瀬くんって彼女いるの?」と質問攻めにされたりとか、「仲取り持って!」とか、そう言った面倒に巻き込まれたことが一度もないのだ。一緒にいても級友たちがオレにしか挨拶しないなんてのもザラである。
 平均的な身長に体重。色素の薄さと男子としては大きめの目と言う特徴はあれど、圧倒的な存在感のなさがある。表情の変化が乏しくて淡々としていて、言葉数も少ない。勉強だって、運動だってびっくりするくらい常に中間にいる。
 それでも、誰にも気付かれなくても、彼には彼の良さがあった。
 彼には、好きなことに対しては絶対譲らない根性があった。
 小学生の頃から始めたバスケットボールは、周りが上達したり、飽きて他のスポーツに鞍替えしていく中で、傍から見ても大した成長もない状態にも関わらず誰よりも練習をしていた。ひょろっこくて、存在感同様に薄弱そうに見える意思はしかし、オレの知っている中では断トツに強い。
 必要以上のことは喋らないが、思ったことははっきりと口にする。それがまた、同い年とは思えない冷静で論理的な発言だったりするのだ。
 見た目通り柔らかい髪質で寝癖が芸術的なこととか、最近バニラシェイクばっかり飲んでることとか、年の割に難しい本を読んでることとか、オレ以外は誰も知らないし、気付いてない。

「ねぇ、放課後マジバ寄ってこうよ」
「すいません、部活があるので」
「黒子っち部活入ったの? バスケ? え、オレ聞いてないスよ」
「言ってませんから」
「言ってよ!」

激しく抗議して漸く黒子っちのビー玉みたいな目がこちらを見上げた。
何の感情も映していないその目は、たまーにだけど強い感情を灯すことがある。それも、オレ以外は誰も知らないことだ。

「黄瀬君も入れば良いじゃないですか、部活」
「入ったってつまんないっスもん」
「もんって言わないで下さい気持ち悪いです。とにかく、放課後はほぼ毎日部活があるので、帰りは先に帰っていて下さい」

 俺だって暇な訳ではない。ないのだが、黒子っちといる時間が一番楽しいから、総じてその為に時間をつくることになる。求められて時間を作っているのではなくて、オレがそうしたくてしているのだから、彼に断られればそれまでだ。それはわかるし、今までだって四六時中一緒にいた訳ではない。黒子っち以外にも友達はいる。
 だけど、ちょっと面白くない。
 ガキ臭い感情だと理解しているから、絶対に口には出さないが。

「……拗ねないで下さい」
「拗ねてないっス! てか何でわかるんスか……エスパー?」
「やっぱり拗ねてるんじゃないですか。それと、僕はエスパーではありません」

 何年一緒にいると思ってるんですか。そう言って小さく笑う黒子っちのビー玉みたいな目にはオレが映っていて、それだけでちょっと気分が上がる。表情筋が未発達な彼のこの表情の変化を汲み取れるのは、オレだけだと自負している。
 邪険に扱われても無視されても、オレたちには13年間の絆があるのだ。ちょっとやそっとのことで、この信頼は揺らがない。

「黒子っち大好き!」
「知ってます」

入学してから知ったのだが、うちの中学はバスケの強豪校で全中の常連らしい。強豪ともなれば練習量も半端なものではないだろうし、練習のレベルも今までとは比べ物にならないだろう。そんな中で、いくら根性があるとは言え身体能力標準の黒子っちがどこまでやっていけるのか。
登校はこれからも一緒に出来るとは言っていたが、時間は長い方が良い。何をすると言う訳ではないが、彼といる時間は楽しいのだ。こんなに気の置けない友人は、この先13年間かけたって出来やしない。
こんなこと本人には言えないが、黒子っちが早々にリタイヤしてくれるのを、この時のオレはどこかで期待していた。そうすればまた、一緒にいられる時間が増える。そう思っていたのだが。





「明日から朝練があるので、先に行きます」

予想通り、バスケ部の練習は熾烈を極めていた、らしい。
部屋に明かりが点いたのを確認してすぐに部屋に行っても、そこにはジャージを着たままベッドに突っ伏している黒子っちがいることが多くなった。おばさんの話によると、ご飯を食べたまま寝ることもあると言う。
休みの日も練習か、泥の様に眠っていることが殆ど。
朝だけは一緒に登校していたのだが、そこでこの爆弾発言だ。

「朝練って、いつまで……?」
「来月の試合が終わるまでです」
「一か月もっスか……」

金曜日の夜、珍しくまだ起きている黒子っちの部屋で久しぶりの安寧の時間を過ごしていたオレの気分は急降下した。下げ止まり知らず。
本心ではリタイヤしてまた気儘な帰宅部ライフを送りたいと思っている。でも、ここ二カ月、黒子っちが体力限界ギリギリの所で頑張っていることを知っている。頑固で不器用な彼が、何も言わずに練習に打ち込んでいることも、一年生から鈍くさいと馬鹿にされていてもがむしゃらに、誰よりもひたむきに打ち込んでいることも知っている。誰が知らなくても、オレだけは彼の良さを知っている。
応援しないなんて、そんなこと出来る筈がないじゃないか。

「オレ、応援してるっスから、何か出来ることがあったら言ってよ」
「ありがとうございます」

言って黒子っちは小さく笑った。口角を動かすだけの小さな笑い方。この表情以上に穏やかな笑い方を、オレは知らない。
一緒にいる時間は激減するが、ゼロになるのではない。と、思いたい。

「やっぱり強豪校ってすげぇなー。一か月前から毎日朝練スか」
「あ、いえ、自主練習なんですけど」
「へ、自主練? 一人でやるの?」
「ボクがあまりにも下手くそなので、見かねたチームメイトがコーチしてくれるんです」

凄く上手くて、センスも体格も桁外れの人なんです、と言った黒子っちの目は爛々と輝いていた。……こんな目、見たことない。きっとそこには尊敬だとか憧憬だとかが含まれているのだろう。
チームメイト、か。

「……へぇ」

13年間、ずっと隣にいた。
同じ空間を共有して、同じ関係性を築いてきた。
だが今、彼は自分だけのコミュニティーを築こうとしている。それは成長過程において、当然であり、必然のことである。これから先、ずっと二人だけで過ごしていくことは不可能だ。そんなことはわかっている。
わかっているけど、思考に感情が追い付かない。
面白くない、と思った。胸の奥の方がもやもやして、胃の辺りが重たくなるような感覚があった。





黒子っちが部活を始めてから、時間を持て余し気味だったオレはスカウトされてモデルの仕事を始めた。
アルバイト感覚で始めたそれだったが、オレにとって思いの外有意義であった。給料が発生する環境で責任感を学び、大人に囲まれて彼らのプロ意識を知る。
新しい世界は単純に興味深かったし、自称器用大富豪のオレにとってモデルの仕事は苦になるどころか楽しくさえあった。写真を撮られるのも、ポーズをとるのも、違うオレを演じていると思うと自然と体が動く。
仕事を通して出来たコミュニティーは、新たな刺激をくれた。けど、

(やっぱり、黒子っちといる方がずっと楽しい)

 仕事を終え、帰宅前に小腹を満たす為に駅前のマジバに立ち寄る。ハンバーガーを二つとポテトのL、ドリンクを頼み会計を済ませる。出来あがりを待つ間に見るとはなしに見ていたメニューのバニラシェイクが目に入り、思わず追加してしまった。
 だめだ、完全な黒子っち依存症だ。
 いつまでも一緒にはいられない。いつかは距離を置く時が来る。それは進路の違いだったり、引越しだったり、恋人が出来た為によるかもしれない。その時期が、思っていたよりも早かっただけのことなのだ。
 窓際のテーブル席につき、一つ目のハンバーガーを頬張る。
 ……離れられるのかな、オレ。進学先、には付いていきそうな気がする。引越しは、暫くはないだろう。持ち家だし、おじさんは転勤族ではない。恋人、は、それはちょっと、なんか、あれ、

「あ、」

唐突に上がった小さな声に顔を上げれば、見慣れた人がそこにいた。

「黄瀬君、こんばんは」
「こんばんは、黒子っち。……と、チームメイトさん?」

 青峰君です、と紹介された男はおう、と歯を見せて笑った。浅黒い肌と、青い髪。切れ長の目に、背はかなり高い。これだけでかければ、コートで対峙した時のプレッシャーは相当なものだろう。幼さは残るものの、精悍な顔立ちは凄味をきかせれば気の弱い人間ならそれだけで逃げ出してしまうかもしれない。
 自主練相手を、凄く上手くてセンスも体格も桁外れの人なんです、と言った黒子っちの言葉を思い出した。こいつのことなのだろうか。
 良かったら一緒にどうっスか、と向かいの席を勧めると何の躊躇いもなく二人並んでテーブルの向かいのに座った。

「自主練の相手をしてくれてる人です。こんなですけど、そんなに怖くないので安心して下さい」
「おい、どう言う紹介の仕方だ、それ」
「こちらは幼馴染の黄瀬君です。イケメンでモデルだけど結構残念です」
「ひどっ」

獰猛そうな見た目とは裏腹に、彼は非常に無邪気な笑い方をした。腹に何も抱えていない、裏表のない人間の笑い方だと思った。
 自分は自然に笑えているだろうか。何を思っていたって表面を取り繕うことは得意なのに、口角がうまく動いてくれない。こめかみがヒクヒクする。

「おいテツ、お前またシェイクだけかよ。食わねぇと大きくなんねぇぞ」
「ボクは標準です。君たちが大きすぎるんです」

見た目通り柔らかい髪質で寝癖が芸術的なこととか、最近バニラシェイクばっかり飲んでることとか、年の割に難しい本を読んでることとか、オレ以外は誰も知らないし、気付いてない。

「お前は本当に思ったことそのまま口に出すな……」
「どうも」
「褒めてねぇよ」

オレ以外、誰も知らなくて良いのに。
どろりとした感情が胃からせり出して食道をのぼってくる。吐きそうだ。ああ、なんだ、この感情はまだ知らない。
この場にいることに耐えられそうにない。見たいテレビがあるから、と適当に理由をつけてその場を去ろうとした。

「待って下さい、僕ももう終わるから一緒に行きます」

 じゃあ青峰君、また明日、と言いながら黒子っちは席を立った。予想外の展開に思考が追い付かない。来たばっかりなんだからもっとゆっくりしてきなよ、と言うも、オレの分の空トレイを持ってとっとと歩き出す。
 ちらりと見えた横顔は言い出したら絶対に引かない時のそれで、普段だったら尻尾振って喜ぶ場面であることは間違いないのに、沈んだ気持ちを上昇させられないまま彼の背中を追いかけた。





 先を歩く黒子っちの隣を歩くのは憚られたので、三歩後ろを歩く。
 日は完全に落ちているが、まだ昼間の熱気を残した住宅街には人の気配が残っていた。そこいらから漏れてくる生活音を聞くとはなしに聞いて、無言の時間を遣り過ごす。
 いつも隣を歩いていたから、こうして背中を見るのは久しぶりな気がする。最近は部活が忙しかった所為で、こうして一緒にいること自体が久しぶりなのだが。
 自分よりも一回り小さな背中は繊細でも華奢でもない。でも、首は細い、と思う。背中と丸い頭を繋ぐ細い首を見て、ごくりと唾を飲んだ。白い肌が薄暗い街灯の光を受けて淡く光る。無性に泣きたくて、叫び出したくなったけれど、こんなところでそれをしてしまったら全てが壊れてしまいそうで、ただ下唇を噛みしめた。

「黄瀬君は何を拗ねているんですか」

 不意に問いかけられて、罪悪感でいっぱいになる。
 すぐに言葉が出てこなくて、その場に立ち止まったまま逡巡していると、足を止めた黒子っちがこちらを振り返った。まっすぐに見つめられて、胸がちくりと痛む。ビー玉の目はいつだってオレの心を全て見透かす。だから、今は見られたくないのに。

「…………拗ねてない」
「相変わらず嘘が下手くそですね」

 そんなことない。嘘を吐くのも、体裁を取り繕うのも、人並み以上に得意だ、大得意だ。伊達に器用大富豪を名乗っている訳ではない。
 ほら、と差し出された手を取るのを躊躇っていると、強引に手を掴まれてそのまま歩き出す。中学生男子二人が夜道、手をつないで歩いているなんてそら寒いだけなのに、低体温でいつも冷たい黒子っちの手が今日に限って熱いことに気付いてしまったから、振りほどくなんて勿体ないこと、オレには出来る筈もなかった。
 頑固なところとか、辛辣なところとか、見た目通り柔らかい髪質で寝癖が芸術的なこととか、最近バニラシェイクばっかり飲んでることとか、年の割に難しい本を読んでることとか、オレ以外は誰も知らないし、気付いてない。影が薄くて周りから気付かれなくても、オレにとっては誰よりも大切で、いつだって彼のことを見てきた。それと同じくらい、彼もオレのことを見ていてくれていたのだ。これは恐らく、自惚れではない。
 こんな感情知らないんじゃなくて、気付いてなかっただけで、とどのつまりは彼自身に夢中になりすぎて自分を省みることを疎かにしていただけなのだ。なんだ、こんな簡単なことだったのか。

「ねぇ、黒子っち」
「何ですか」
「オレが黒子っちのこと大好きだって言ったら、どうする?」

別にどうもしませんよ、と言った彼の声は笑いを含んでいた。

「13年前から知ってます、そんなこと」

堪らなく愛しくて繋がれた手を強く握ったら、痛いですと怒られて、こっそりとちょっとだけ泣いた。


20130101

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