黒バス | ナノ




幼なじみ黄黒赤ちゃんA

「黄瀬君ってホモなんだって」
「えー、嘘でしょ? だって隣のクラスの子、先月まで付き合ってたじゃない」
「カモフラージュだったんじゃないのー? だって、黒子君とキスしてたんでしょ」

 違う、違う、断じて違う!
 先日の一件から、「黄瀬君はホモ」説がまことしやかに校内中で囁かれるようになり、オレは頭を抱えていた。
 オレは女の子が大好きだ。柔らかい体も甘ったるい声も隣にいるとほのかに鼻腔を擽る香りも、作ったように貼り付けた媚びた笑顔も打算的なところも含めて、女の子と言うのは可愛い生き物だと思っている。ちょっとわがままで利己的で束縛が過ぎて空気が読める癖に敢えて読まずに振る舞ってきたり泣けば許されると思っていたり、そういうイラっとするところはあげれば限りないほどに出てくるが、それでもキスをしたり触れ合ったりそれ以上のことをするなら断然女の子の方が良い。ぶっちゃけた話し、女の子相手じゃないと勃たないし、恋愛感情を持つなどとんでもない話なのだ。
 小学五年生で初めて彼女が出来てから、ほぼ期間を空けずに数々の女の子と付き合ってきた。学年一の美少女から、年上の高校生までそりゃもうバラエティ豊かな元彼コレクションだ。
 今は誰か特定の子を作るのが面倒で彼女を作らずにいるが、先月までは彼女がずーっといたのだ。そんなオレが、たった一度頭に血がのぼった末の奇行でホモ扱いである。納得いかない、どうしてこうなった。

「衆人環視の前で男にキスすればそりゃそういう話になるだろう」

 オレの必死の訴えは、赤司っちの心には切実さを以て届かなかったようだ。本のページを繰る指を休めずに、こちらを見ないままあっさりと答えた彼の声色には何の感情も込められていない。ただ、事実を述べただけ、と言った風だった。
 この問題の当人であることに間違いはないのに、何故そんなに無関心でいられるのか。一応、彼とオレとは幼なじみなのだ。もう少し関心を持ってくれても良いようなものだが、彼はオレに対して一切の興味を抱いていない様子で、この間など面と向かって「つまらない男」だと言われた。
 そりゃ、何でも知っていて頭の回転の速い赤司っちを満足させるウィットに富んだ会話など出来もしないが、それでもあの無口で無表情で退屈な黒子クンと一緒にいるよりはオレといる方が絶対に楽しいに決まっているのに。
 大体、赤司っちは転校初日にクラス中の全員が見守る中で黒子クンに再会のちゅーをしたのに大した問題にならなかったではないか。オレとのこの差はなんなのだ。

「僕は帰国子女だからね。向こうではキスなんて挨拶代わりだろ」
「男同士はそんなことしないんじゃなかったっスか」
「涼太の癖によくそんなこと知っていたね」

 そこで初めて赤司っちは面白そうに喉元だけで笑った。ちくしょう、馬鹿にされている。
 オレは、尊敬する赤司っちが、いくら幼なじみとは言え退屈でつまらない黒子クンと一緒に行動することが許せなくて散々忠告しただけなのだ。その結果、カッとなって自分でも意味の分からない行為に出た訳なのだが、あれだって直前に赤司っちが黒子クンとキスをしていたからであって、全部が全部オレのせいじゃない。と言うかオレは悪くない!

「赤司っちの口から否定してくれないっスか、オレがホモじゃないって」
「どうして?」
「だって、元はと言えば赤司っちが黒子クンとキスしてたからあんなことになったんじゃないっスか」
「涼太は僕がキスした相手と無条件でキスをするのか」
「そんなことはないっスけど……」
「なら、あれはお前の意志でしたことだ。後始末は自分ですることだな」

 それだけ言うと、赤司っちは手元の文庫本を閉じて立ち上がった。わざとだろうか、見えやすいようにこちらに向けられた表紙は、つい先日黒子クンが読んでいたものと同じだった。

「じゃあ僕はテツヤと帰るから、さよなら涼太。また明日」

 そう言って教室から出て行った彼の背中にそれ以上掛ける言葉を持たないオレは、その場にただ立ち尽くすしかなかった。



 オレと赤司っち、それに黒子クンはいわゆる幼なじみって奴だ。
 三軒続けてお隣さんだったオレ達は、小学四年生の頃に赤司っちがアメリカに越すまではそれは仲の良い幼なじみだった。毎日一緒に遊びまわって、親の趣味でお揃いの洋服を着せられて。三人並んで写った写真の枚数は数えきれない。
 それほどまでに仲が良かったオレ達だが、その関係は赤司っちの転校と共に解消された。簡単に言うと、オレが黒子クンの面倒を見切れなくなったのだ。喋らないし笑わない。オレは運動が出来る方だから、それに比べてどうしたって黒子クンはとろくさい。だから、一緒に遊んでいてもつまらない。すぐに彼といることに苦痛を感じるようになったオレはまず、彼と一緒に登校することを止めた。それから疎遠になるまではあっという間で、黒子クンもすぐにオレに関わることを諦めてくれたようだった。向こうだってオレのことをその程度の、すぐに関係を絶てる程度の友人としか見ていなかったのだ。そう考えると少しだけ腹が立ったが、彼と距離を置けたことへの安堵感の方が勝った。
 そうして年月は経ち、彼がアメリカから戻ってきたのが先月の話。子どもの頃から妙に大人びていて統率力のあった彼だが、アメリカでそれに更に磨きをかけて彼は帰ってきた。そこに存在するだけで溢れる王者としての品格、カリスマ性、彼はアメリカで帝王学でも学んできたらしい。見る者全てをひきつける凛とした容姿に加え、涼やかな声には有無を言わさぬ強さがある。選ぶ言葉も態度も、全てが彼を支配者たらしめた。
 そんな彼だったから、あっという間に学校中の有名人になった。転校一週間で彼を知らない人間がいないレベルだ、さすが赤司っち。
 そんな彼が有名になった原因の一つが、転校初日、幼なじみである黒子クンにした再会のちゅーなのである。男同士のキスは何故か女子の間では、「赤司君って王子様みたい」とまで言われているようで、ホモ説は一切浮上せずに彼がアメリカ帰りでキスが挨拶代わりだからあれも自然なことだというのが全校生徒一致の見解らしい。
 それに対してオレはどうだ、一回のキスで今まで散々嫌っていた相手とホモ疑惑をかけられた。解せない。
 オレはただ、尊敬する赤司っちとつまらない人間である黒子クンが一緒にいるべきではないと言いたいだけで、それを分かって欲しかっただけなのだ。
 つまり、あれもこれもどれも黒子クンのせいなのである。
 そのことをどうにか黒子クンに伝え、赤司っちと共に行動することを即刻自重して欲しいのだが、ホモ疑惑の所為で学校で彼に話しかけるとオレが大やけどを負うことになる。ギャラリーには赤司っちの隣にいた黒子クンに無理矢理キスしたように見えていたようで、
 オレが黒子クンに片思いしている幼なじみを拗らせたホモだと思われているのだ。全く以て心外である。確かに合意のキスではないが、こちらとて望んでしたものではない。柔らかかったけど。少し良い匂いもしたけど。決して望んだものではないのだ。

「そろそろ考え直しても良い頃なんじゃないスか? ねぇ、黒子クン」

 だから、不本意ではあるが、ここ数日は毎日隣り合った窓から夜な夜な彼を説得するためにこうして顔を合わせているのである。
 今日も今日とて、彼の部屋に電気が点いたのを確認してからすぐに彼の部屋の窓を叩き、こうして窓越しに対面して話しをしている。これは、赤司っちの為にしていることであって、オレとしてもこんなつまらない人間と話すことなどしたくないのだ、本当は。

「はぁ」

 だがしかし、当の黒子クン本人は、自分が如何に身分不相応な人といるのかが分かっていないご様子である。連日こうして赤司っちと一緒にいるのを止めるように諭しているのに、一向に納得する気配を見せないのだ。大人しそうな顔をして頑固なのは、昔と変わっていない。

「はぁじゃないっスよ。黒子クンは本読むの好きでしょ? 一人で本を読んでるのがお似合いなんスよ」
「そう言われましても」
「他の奴と一緒にいるなって言ってるの、わかんないんスか!?」
「……黄瀬君、やきもち焼きの彼女みたいなこと言ってますね」
「は、はああ!? そんな訳ねぇし意味わかんねぇこと言わないで欲しいっスね!」

 予想外の彼の反応に飛びのいていると、黒子クンがくしゅんと小さくくしゃみをした。つい先日はまでは寝苦しいほどに暑かったのに、この時間になればめっきりと冷え込むようになってきた。今こうして窓を開け放しているのが、弱々しい彼の身体には堪えるのかもしれない。
 風邪でも引かれたら嫌だな、と考えていると、鼻をぐずぐず言わせながら黒子クンが口を開いた。

「黄瀬君はボクと赤司君が一緒にいるのが気に入らないんですよね」
「そうっス」
「でもボクは赤司君といるのが好きなので、ご期待に沿うことは難しそうです。丁重にお断りします」
「は、好きって、ちょっと、」
「すみません、寒気がするので今日は寝ます。おやすみなさい」

 そう言うと彼はこちらの返事も待たずに窓を閉めてしまう。取り残されたオレは、呆然と締められた窓と透けて見える紺色のカーテンを見つめた。
 赤司っちのことが好きって言ったのか、あいつ。なんだ、何だよそれ。

「……むかつく」

 無意識に口から零れた言葉はまるで自分のものではない様な響きで鼓膜に届いた。



「黒子は風邪で休みだそうだ、次、小林―」

 翌日。オレよりも先に家を出ている黒子クンの姿がないと思ったら、どうやら風邪で欠席のようだ。一緒に登校している赤司っちはいたからどうしたのかと思ったが、昨日から具合が悪そうだったし、そのままこじらせてしまったのかもしれない。ここ数日ずっと夜に窓を開けて話しをしていたから、それが原因なのだろうかと考えると、少しだけ罪悪感を覚えた。
 とっとと納得して赤司っちと一緒にいるのを止めてくれなかった黒子クンに責任はあるが、オレも悪かったかなと思わなくもないかもしれない。仕方ないから帰りに様子を見に行ってやるか。そう考えたら妙にそわそわして、その日の授業はろくに頭に入って来なかった。まぁ、授業なんて普段から聞いてはいないのだけれど。



「あら涼太君、家に来るの久しぶりね」

 お隣なので顔を合わすことはよくあるのだが、こうして黒子家に訪れるのは四年ぶりだ。おばさんに軽く挨拶をして、テツヤ君のお見舞いですと言えばすぐに部屋に通してくれた。例のごとく先生から預かったプリントを握りしめ、彼の部屋をノックする。返事はない。
 寝ているのかもしれないと、そっとドアを開けると案の定ベッドの中のふくらみが規則正しく上下している。音をたてないように近付いて顔を覗き込むと、上気した頬に薄らと汗を浮かべて、少しだけ苦しそうな表情をしていた。何故だか胸がギュッと痛んで、意味のわからないその痛みを誤魔化す為に握りしめていたプリントの皺を丁寧に伸ばして机の上に置いた。
 寝ているのだから、特にすることはない。お見舞いと言ったって、様子を見に来ただけだ。寝ているのならプリントを置いてすぐに帰れば良いのに、すぐに帰る気にはなれなかった。荒めの寝息を立てる彼を起こさないように、静かにベッドに座る。
 汗で張りついた前髪をよけてやると、少しだけ眉を顰められた。

「何だよ、寝てる時まで嫌そうな顔すんなよ」

 少しだけ腹が立って鼻をつまむと「ふぎゅ」と変な声をあげて苦しげに顔を歪めたので少しだけ溜飲が下がる。すぐに離してやると、安心したのか表情が少しだけ穏やかになった。
 それが面白くて寝顔をじっと見つめる。少しだけ開かれた唇から赤い舌が見えて、あの時のキスの感触を思い出してしまった。二人だけの部屋、寝ている黒子クン、上気した頬に汗ばんだ肌。こう、言葉にしてしまうと妙に厭らしい。こちらとて、文字にすら欲情する多感なお年頃なのだ。
 あの時の少しだけかさついた、柔らかい感触を思い出して寝ている彼の唇にそっと触れた、瞬間。

「涼太君オレンジジュース好きだったわよね。お菓子も持ってきたから遠慮なく食べてね」
「はいいっ! ありがとうございます!」

 何の前触れもなしに入ってきた黒子クンのお母さんにびっくりして、オレはベッドから立ち上がって気を付けの姿勢で彼女を迎え入れることになってしまった。笑顔で出ていく黒子クンのお母さんに九十度の角度でお辞儀をして十秒間、そろりと頭を上げてから、はあっと深くため息を吐いた。
 びっくりした。心臓が飛び出るかと思った。
 別に悪いことをしていた訳ではない、ただ、彼の唇の感触を確かめただけで。って、なんでオレわざわざ病人の唇の感触を確かめてるんだよ、訳わかんねーし。
 そう考えたら腹が立って、起きる気配のない黒子クンの頬をそっとつねってやった。腹いせにやったのに、柔らかくて熱い感覚に、胸がすくどころか鼓動が早まる。つねるのをやめて、彼の円く白い幼さの残る頬をそっと手の甲でなぞった。産毛の感覚が表皮を通してオレの神経を刺激していく。
 相変わらず彼の寝息は荒い。苦しいのだろう。きっちりと閉じられた寝巻のボタンを緩めた方がいいかもしれない。そう考えたら、自然と口の中に唾が溢れてきてそれを音を立てて飲み込んだ。その音が妙に大きくて、黒子クンが目を覚ますのではないかとしばらく見守ったが、杞憂だったようだ。彼が目を覚ます気配はない。

「苦しそうだから、ちょっと外してやるだけだから」

 誰もいない部屋で独りごちた言葉が虚しく消えていく。心臓が耳に移動したみたいにうるさい。どっどっと波打つそれに合わせて、黒子クンの寝息がうつったようにオレの呼吸も荒くなっていく。
 そっと手を伸ばし、一番上のボタンを外すと白い喉が見えて、オレはまた唾を飲み込むはめになった。まだ苦しそうだ、もう一つだけ、と今度は第二ボタンを開ける。彼の白い肌が露わになり、上下する胸の動きが妙に生々しい。
 もう苦しくはないだろうけど、どうしてか手が止まらない。あと一つ、あと一つだけ。ボタンを外そうと伸ばした手が震える。やましい気持なんかない、だってオレはホモじゃないし、黒子クンのことなんて嫌いだし。でも、彼が苦しそうだから、もう一つだけボタンを外すんだ、これは親切心からであって決して――

「涼太、何してるんだ」
「ひぃっ」

 突然降ってきた声に背筋を伸ばし、振り向くことも出来ずにぎちりと身体を強張らせる。この声は間違いない、有無を言わさぬ響きを孕んだ涼やかな声音に威圧的な物言い、間違いなくこの声は、赤司っちのものだ。

「涼太、もう一度聞く。何をしているか簡潔に答えろ」
「黒子クンが、寝苦しそうだったので、ボタンをっスね、」
「もう充分首元は楽そうに見えるが」

 怖い、声だけでこんなに恐怖を覚えたのは初めてだ。顔を見なくても分かる、怒ってる絶対怒ってる。
 流れ出る汗は先ほどまでのものとは明らかに質が違う。身を強張らせていると、静かにこちらに彼の気配が近付いて来て、オレは死を覚悟した。

「テツヤ、具合はどうだ?」

 死を覚悟したのに、赤司っちはオレの存在を無視するように寝ている黒子クンの肩に優しく手を置き囁くように耳元で話しかけた。
 あんなに触り倒しても起きなかった癖に、それを合図に瞼がふるりと震えて薄らと開いていく。空色の目がしっとりと濡れているのを見て、オレの心臓はまた跳ね上がった。

「あかし、くん?」

 黒子クンが舌っ足らずに赤司っちの名前を呼ぶと、赤司っちは満足そうに頷いて寝起きの彼に啄ばむ様なキスをした。

「……風邪、うつりますよ」
「それでテツヤの風邪が治るなら本望だね」
「君はたまにバカですよね」

 そう言って微笑む黒子クンの表情は、苦しげなのにどこか優しい。オレの存在なんか無視するように、二人だけで見つめ合っている。面白くない、不愉快だ。

「オレ、帰るっス」
「ああ、気を付けて帰れ」
「きせくん、いたんですか」

 そこで初めて黒子クンはオレの存在に気付いたようだ。赤司っちに髪を撫でられたまま、気持ち良さそうに目を細めてオレを見上げる彼に、無性に腹が立った。
 オレだって幼なじみなのに、なんで二人ばっかり一緒にいるんだ。黒子クンは一人でいるべきなのだ、他の男となんか一緒にいるべきじゃないし、無防備な寝顔を晒すなんて言語道断だ。

「オレは絶対に認めないっスからね!」

 悔し紛れに我ながら意味のわからない捨て台詞を残して、黒子家の階段を駆け降りる。途中、黒子クンのお母さんに呼びとめられた気もしたが、それを振り払ってオレは自室へと走った。
 絶対に絶対に、二人が一緒にいるのを邪魔してやる! 







「黄瀬君は何をしに来たんでしょうか……」
「お見舞いじゃないか」
「何か叫んで帰りましたけど……。騒がしい人ですね」
「それよりテツヤ、身体に違和感はない?」
「いえ、寝ていたので大分よくなりました」
「そう、なら良いんだ。面白いのは結構だが、暴走されるのも困りものだね」
「どう言う意味ですか?」
「お前はまだ分からなくていいよ」
「はぁ……」

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