黒バス | ナノ




DQNとノンケと駄犬

あまりに痛む腰と喉の渇きで明け方に目が覚めた。ちかちかと着信を告げるランプが点滅していた携帯を手に取り履歴を確認すると、黄瀬君から10件以上の着信が残されていたる。最初の7件は時間をおかずに、その後は1時間毎に一回ずつ、最後の着信は1時間前。未読のメールを開くと「黒子っち大丈夫? 連絡ちょうだい」と書かれていたので、こんな時間に申し訳ないとは思いつつ、「大丈夫ではありませんが心配しないでください」と返信した。
 とにかく喉が渇いた。散々良いように突かれて、その度に声を上げた所為で喉に酷い違和感を覚える。水が飲みたくてベッドから抜けだそうと身体を動かすが、腰にまわされた腕にそれを阻まれた。
 ちらりと横目で見れば、大輝君は規則正しい寝息を立てながらぐっすりと眠っている。たくましい見た目通り、寝ているというのにその腕は引き剥がすことも出来ないくらいしっかりとボクの腰に回されている。前回、前々回の時は目覚めたらもう彼はいなかったから、こうして大輝君の寝顔を見るのは彼が小学生の頃以来だ。
 人を射殺さんばかりに鋭い眼光も、瞼が閉ざされている今は当然存在しない。普段よりも少しだけ幼く見える彼に心が和んだのも束の間、下半身に感じる強烈な違和感につい数時間前まで行われていたえげつない行為を思い出して目の前の彼の口と鼻を同時に塞いでやりたい衝動に駆られた。

 大輝君とは彼が産まれた時からの付き合いになる。
 お隣さんの青峰さん家に産まれた8歳年下の大輝君は、一人っ子だったボクにとっては弟も同然の存在だった。青峰さん家に赤ちゃんが産まれると聞いてからボクは青峰家にお邪魔してはおばさんのお腹に触らせてもらったり、お腹の中の大輝君に話しかけたりしていたものだ。
 初めて見た産まれたばかりの大輝君は小さくてお猿さんみたいにくしゃくしゃで、でも退院してきた時にはふわふわの可愛らしい赤ちゃんになっていて子供心に驚いたのを今でも覚えている。
 時間さえあれば大輝君と遊んで、ボクが中学、高校にあがってからもなるべく彼との時間を作るようにしていた。夏休みになれば獲ったセミやザリガニを見せに、冬休みになればこたつでゲームをやろうと言って家に来ていた大輝君とボクは、本当の兄弟以上に仲が良かった。
 そんな彼が唐突に性に興味を持ちだしたのはいつだっただろうか。確か、彼が小学校4年生の夏休みだったと思う。友達にもらったというエロ本をボクに渡しながら「セックスってどうすればいいんだ?」と聞かれた時は、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。その時「18歳になれば出来る」と答えたのは、当時17歳だったボクが少ない知識ではじき出した最良の答えだった筈なのだが、その答えが今の状況を作り出すに至っている訳で。2年ぶりに現れた18歳の大輝君は、ボクを押し倒しながらこう言ったのだった。

「お前が18歳になったらヤって良いって言ったんだろ、忘れたのかよ」

 これは酷い悪夢である。
 何が何やらわからないまま乱暴に事に持ち込まれたボクは、散々弄ばれて泣かされて突き上げられた。翌朝、一人浴室で体内に残った彼の名残を掻きだした時のボクの虚しさったらない。
 そんな行為が繰り返された数時間前、初めて彼がボクと付き合っているつもりだったことを知った。そんなこと一言も言われていないし、言ってもいない。大輝君は昔から頭の弱い子だったが、ここまで斜め上の理論を展開してくるとは、18年間彼と付き合ってきたボクにとっても全くの予想外であった。
 昨晩は黄瀬君とボクの家で飲み直す予定で、マンション前で鉢合わせた大輝君が黄瀬君に敵意をむき出しにしたのは、黄瀬君がボクの浮気相手だと思ったかららしい。なるほど、意味が分からない。
 とにかく、折角マンションの前まで来てくれたのにそのまま放置することになってしまった黄瀬君には申し訳ないことをした。この埋め合わせは近々必ず、と思っていると、メールの送信完了画面から電話着信画面に切り替わる。マナーモードにしたままの携帯が、手の中で静かに震えた。
 咄嗟にその場で電話に出てしまい、大輝君が隣で寝ているとことを思い出して舌打ちしたい気分になった。彼を起こさない様に抜けだそうと再度試みるが、腰にまわされた腕はびくりとも動かない。
 覚悟を決めて、声を殺して黄瀬君からの着信に答えた。

「もしもし」
『黒子っち!? 良かった、やっと繋がった! 大丈夫じゃないってどういうこと? あの子誰なんスか?』
「すみません黄瀬君、落ち着いてください。もう少し音量落として喋ってもらえますか」

 予想通り、電話回線の向こう側でお預けを食らった犬の様にきゃんきゃん吠えている黄瀬君をなんとか宥めようと声をかけるが、落ちつける訳ないじゃないスかー! と叫ぶ彼にはのれんに腕押しでしかなかった。
 耳から少しだけ受話器を離すのは、最早彼との通話では定番になった動作であった。心配してくれるのは嬉しいのだが、黄瀬君はどうにも大げさすぎる。学生時代からボクに対してのアクションが大きすぎるきらいはあったのだが、大学を卒業して会う頻度が減ってからはそれが増したような気がする。それでも最近は大人になったのか、それも落ち着いて来ていたと思ったのだが。人懐っこいように見えて人とは一定距離を置いて接する自称親友の彼が、ボクに対してはゼロ距離で接してくれることはたまにうざったくも感じるが、純粋に向けられる好意は嬉しい。

「昨日は折角来てくれたのにすみませんでした。この埋め合わせは必ずしますから」
「埋め合わせはして欲しいけど、今はそれより! あの子誰? 黒子っちの何なの!?」
「何って……、大輝君はお隣さんの子で、弟みたいなものです」
「おいテツ、てめぇ彼氏の隣で浮気相手と電話するなんて良い度胸だな」

 声を殺して喋ってはいたが、やはり起こしてしまった。寝起きの機嫌の悪さとはまた違うレベルの殺気を纏って発された低い声に横を見ると、目は笑ってないのににやりと口端だけを上げた大輝君と目が合ってしまう。

『黒子っち、黒子っち!? 今の声もしかしてさっきの子? もしかしてまだ一緒に居るの?』

 携帯電話の向こう側で大声を出す黄瀬君の声が聞こえる。それは大輝君にも漏れ聞こえていたようで、盛大な舌打ちの後ボクの携帯電話を奪い、「テツに手出したら殺すぞ」とそっちの筋の人顔負けのどすの利いた声で言い切って電源を切った。これは、またしばらく黄瀬君を宥めるのに時間を費やすことになりそうだ。
 人の携帯電話をあろうことかベッドの外に投げ捨てた大輝君は、相当ご機嫌斜めなご様子である。腰に回されていた腕を外し、のそりと上半身を起こすと数時間前のようにボクの上に覆いかぶさった。

「浮気すんなって言ったよな? まだ仕置きが足りないか?」
「浮気も何も、ボク達付き合ってません。どいてください」
「……痛くして欲しいなら素直にそう言えよ」

 そう言いながら首筋に思い切り歯を立てられて息が詰まる。生理的に零れる涙に視界が滲んだ頃、満足そうにボクを見下ろす彼が自身の唇を舐めているのを見て、折角の土曜日だが今日は一日中家に引きこもることになりそうだと覚悟を決めたのだった。

「黒子っち! どういうことなのかきっちり説明してもらうっスよ」

 何でここにいるんですか、とは聞ける雰囲気ではなかった。
 月曜の終業後、会社を出たボクの腕を、深く帽子をかぶった黄瀬君が引いた。売れっ子の俳優で今だって映画の撮影中の筈なのにここまで来る行動力には毎度ながら恐れ入る。でも、その情熱はもっと別のことに使った方がいいと思う。
 腕を掴まれたままタクシーに押し込まれ、ボクの都合は聞かずにそのまま黄瀬君の家に連れてこられた。立派な作りのデザイナーズマンションに、家賃いくらくらいだろうと下世話なことを考えながら、ボクの前に仁王立ちで立ちはだかり不機嫌さを隠さない彼にかける言葉を探した。

「どうしてあんな時間に黒子っちとあいつが一緒にいたの? 手出したら殺すってどういうことスか? 大丈夫じゃないけど心配するなってどういうことスか?」
「はぁ、……あの、すみません」
「謝るようなことしたんスかー!」

 瞬間、ぶわりと溢れだした涙にぎょっとしてしまった。別に黄瀬君に謝るようなことはしていない。金曜の夜、黄瀬君を門前払いにしてしまったことは申し訳ないと思っているが、ボクが弟分に犯されたり弟分に性的なお仕置きを受けていることは、黄瀬君とは直接関係のないことで、ましてボクが謝ることではない。大輝君がボクに謝るべきことである。
 だけど適切な言葉が思い浮かばず思わず漏れたボクの言葉に、黄瀬君は過剰反応を示した。嗚咽を漏らしながらぼろぼろと涙を零す黄瀬君にどう対応して良いのか分からず、大丈夫ですか、と聞くと大丈夫じゃないのは黒子っちじゃないスか! と言いながら思い切り勢い良くボクの腹に飛び込んできた。あまりの勢いに一瞬呼吸が止まって、いつもならすぐにでも鳩尾に手刀を決めてやるのだが、ボクを心配して取り乱す彼にそうする気にもなれずにとりあえず頭を撫でてやる。
 うう、と弱々しい泣き声を出しながらボクの腹にぐりぐりと顔を押しつけてくるのは是非ともやめていただきたいが、引き剥がすともっと面倒なことになりそうなのでそのままにしておくことにした。

「心配してくれてありがとうございます。でも、自分でなんとかしますから」
「やっぱり何かあったんスね? お願い、黒子っちの悩みをオレにも教えて? オレ、黒子っちの為なら何でもするから」

 だから言いたくないんですよ、と言えればどれほど楽だろうか。だが、純粋に自分を好いてくれる彼からの純粋な心配を無碍にすることなど出来るだろうか。上目づかいに涙目で見上げてくるイケメン俳優にしばし躊躇ったものの、このままでは埒が明かないと思い、渋々大輝君とのことを打ち明けた。



 が、打ち明けてしまったのが間違いだったのだ。
 毎週金曜日、何も連絡はないが3週連続で大輝君は家に来ている。今週も来るんだろうな、あの自称彼氏の弟分は。そう考えると胃が重いし、痛みと苦痛を植え付けられるであろう腰が痛んだ。彼のせいで、週末に近付くに連れて本来なら上がっていくテンションが、大暴落で下がっていく。今日は木曜日、明日はブラックフライデーである。
 朝、いつも通りの時間に家を出ると、マンション前に大きな引っ越し用のトラックが停車していた。新しい入居者か、とその時は気にも留めていなかったのだが、その日の夜、晩酌にビールを呑んでいる時に訪れた新しいお隣さんの登場に、ボクは盛大な後悔をした。

「引っ越して来ちゃったっス! テヘ」

 ご挨拶の品だという洗剤を押しつけつつ、今日からお隣さんスね! と満面の笑みで爆弾発言をする売れっ子俳優の行動力には毎度ながら恐れ入る。でも、その情熱はもっと別のことに使った方がいいと思う。
 大輝君だけでもややこしいのに、その上黄瀬君まで加わったらボクの生活はどうなるのか。平穏な週末は1か月前に大輝君によって処女と共に奪われたが、今度は平穏な平日まで黄瀬君に奪われようとしている。どこまでもボクの予想斜め上にふっきれた行動をしでかす彼らが恨めしい。

「今度からは、大輝君が来たらオレの部屋に逃げ込めば良いよ。金曜はなるべく家にいるようにするから」

 と言いながら手を握られた。何かを渡されたようで、手を開いて見てみるとそこにはボクの部屋のものと同じタイプの銀色の鍵があった。

「オレの部屋の合い鍵っス」

 きゃっ! と言いながら赤面して顔を両手で覆っているこの男の養分は脳にいかずに全て顔にいってしまったらしい。黙っていれば冷たささえ感じる怜悧な美貌をゆるーく歪ませていつでも来ていいからね、と笑う彼に尻尾と耳がついている様に見えた。
 


 そんなこんなで、過去3週よりも格段に憂鬱な金曜日を迎えてしまった。あの後、引越し祝いして欲しいっス! と言って家に上がり込んできた駄犬のせいで寝不足である。どうせどう転んだって今日も寝不足だ。もうやだ本当に誰か助けて。
 こんなに会社から帰りたくないと思ったのは初めてだった。いつもなら一時間で終わる仕事をばか丁寧に1時間半かけて終わらせ、今日じゃなくても良い書類を残業してまで作成するが、それにも限界がある。部内の人間が一人もいなくなって、上司に早く帰れよ、と言われれば無理に残ることも出来ない。
 仕方ないからどこかで飲んで帰ろうと会社を出たところで、昨日同様、いきなり腕を掴まれた。そのままタクシーに押し込まれて、マンションの住所を運転手に告げる新しいお隣さんは確かに多忙を極める筈なのに、どうしてここにいるのだ。

「今日は遅かったスね。お疲れ様」
「黄瀬君、仕事は?」
「今日はオフっス! もしかして、大輝君のことが心配でわざと会社に残ってたの? 心配しなくても、今日からはオレがいるから大丈夫っスよ」
「それが心配なんですけど」

 ジト目でそう呟いても、オレの心配してくれるなんて嬉しいス! と答える黄瀬君の頭は絶対におかしい。どうしてそういう結論になるのか。元々思い込みの激しい人だったけど、大輝君の件があってからは確実に悪化している。黄瀬君はボクのことを飼い主か何かだと思っていて、忠犬よろしくご主人さまを守るつもりでいるのだろうか。忠義心は立派だが、どう考えても忠犬ではなくただの駄犬である。
 車窓から流れていく景色が徐々に見覚えのある景色に変わっていく。その様子が先週の記憶をフラッシュバックさせていった。タクシーを降りた時に大輝君がいるのか、誰かについてオートロックを抜けてボクの部屋の前で待ち伏せているのか、それはわからないが、このタクシーを降りた時からボクの勝負は始まる。
 もっとゆっくり走って欲しいと願うボクの思いとは裏腹に、タクシーは渋滞にも信号にも捕まることなくごくスムーズに自宅マンション前まで辿りついた。さすが、プロの仕事である。
 恐る恐るタクシーを降りて周囲を確認するが、遠目からでも目立って仕方ない長身で肌の浅黒い彼の姿はない。それでも警戒を解かずに、嬉しそうに鼻歌を歌っている黄瀬君を従えてオートロックを解錠した。
 6階のボタンとドア閉めるボタンを押して、音もなく閉じていくエレベーターのドアを睨むように見つめていると、急に大きな手がドアの間に割り込んできた。閉じていく扉を凄い勢いで再度開いていく。隙間から身体を滑り込ませてきたのは、他でもない、頭痛の種その一である大輝君であった。

「黒子っち、離れて!」

 咄嗟に上がった声に従って身を引くと、黄瀬君が大輝君の身体を必死でドアの向こうへと押しのけながら閉じるボタンを連打する。大輝君も身体が大きいが、黄瀬君だって元モデルだけあってかなりの長身だ。ガタイの良い男二人の押しあいをどこか他人事のように見守っていると、寸での差で黄瀬君が押し勝った。これが年齢の差ってやつか。
 閉まっていくドアの向こうから大輝君の怒声が聞こえたのは決して気のせいではない。血の気と体力の有り余っている彼を怒らせると碌な事が起こらないのは身を持って経験している。ぞくりと粟立つ背筋に一気に体感温度が下がって、両手で身体を抱きしめた。

「大丈夫っスよ、黒子っち。絶対守ってあげるからね」

 そう言う黄瀬君の言葉は頼もしい筈なのに、お前が言うなよと思ってしまうボクは冷たい人間なのだろうか。
エレベーターを降りて、急いで黄瀬君の部屋へと向かう。背後からふざけんな! と大輝君の怒鳴り声が聞えてきた。階段を駆け上がってきたのだろう、声に荒い吐息が混ざっている。彼の姿を確認する暇もなく黄瀬君の部屋に滑り込み、急いでドアを閉めようとした所で再度ドアの隙間に掌が差し込まれた。
 必死でドアを閉めようとする黄瀬君と、ドアをこじ開けようとする大輝君の力は拮抗している。DQN対駄犬の熱い戦いが今、始まる。絵面だけ見たら大層目の保養になる二人の必死の形相での攻防を、拳を握りしめながら見守った。

「ふっざけんなよ、てめー、さっさとテツ寄越しやがれ」
「ふざけてるのはあんたっスよ。黒子っちはぜってー渡さない」
「テツはオレのなんだよ、このホモが!」
「黒子っちはあんたのじゃない! ガングロホモ!」

 どう考えても突っ込みどころしかない二人の会話ではなるが、正直あまり関わりたくないので黙っておく。低く唸りながらドアを開けようとする大輝君と閉めようとする黄瀬君の間で、少しずつだがドアの隙間が大きくなっていく。先ほど力で押し負けたのが悔しかったのか、尋常ではない気迫でドアを開けにかかっている大輝君の本気を見た気がした。
 程なくして、じりじりと開いていくドアの隙間から大輝君が身体を滑り込ませて侵入してくる。黄瀬くんはすぐに反応してドアから離れ、後ろで二人の攻防を見守っていたボクの姿を隠すようにボクと大輝君の間に立ちはだかった。

「おい、どけよ。テツ、行くぞ」
「黒子っちが嫌がってるのわかんないんスか? 空気読めない男はモテないスよ」
「テツにモテてればそれでいいんだよ」
「いえ、ボク別に大輝君のこと好きじゃないですけど……」
「そうスよ! 黒子っちはオレのっス!」
「黄瀬君は少し黙りましょうか」

 睨みあう2人を黄瀬君の背中越しに見つめる。大輝君が右に動けば黄瀬君もそれに反応して動き、二人の間には張り詰めた空気が漂う。この緊張感も、原因がホモのもつれなのだと思うと全力で力が抜けるのだが、それでも今この一瞬は気の抜けないまさに戦場でのそれそのものであった。
 2人の間がじりじりと詰められていき、黄瀬君がごくりと唾を呑んだ音が聞こえた。ふと、大輝君が視線を左に動かし、それに釣られて黄瀬君も動いた瞬間、大輝君が右に動いて後ろにいたボクの腕を掴んで引っ張った。
 あ、と思った時には既に時遅し。あっという間に大輝君の腕の中に捕らえられたボクは、顎を掴まれて強引に顔を上げさせられ、唇を塞がれた。

「あああ、あー!」

 黄瀬君の悲痛な叫び声が部屋中に響きわたる。必死で大輝君から離れようと彼の胸を叩くが、びくりともしない力の差に男として、年上としてちょっと悲しくなった。
 相変わらずボクの意志を尊重せずに自分勝手に咥内を蹂躙していく厚い舌の動きに翻弄され、呼吸が苦しくなって立つのもやっとになった時になってようやく解放される。力が抜けてその場に座り込みそうになるが、ボクの腕を掴んだままの大輝君はそれを許してくれず、腰に回した腕でボクを支えた。

「な、な、何を……! 黒子っちに何するんスか……!」
「オレの物にオレが何しようとお前には関係ないだろ」

 そう言うと、わざと見せつけるように再度唇を塞がれ、シャツの前を無理矢理剥がれてボタンが飛び散った。部屋の隅に転がっていくボタンを見て、後で探させてもらわなくては、と考えるが、肌の上を這う掌にそれすらもすぐに考えられなくなる。

「こいつは18年前からオレの物なんだよ、ばーか」

 魂が抜けたように放心している黄瀬君に捨て台詞を吐いて、大輝君はボクを肩に担いで黄瀬君の部屋を出る。閉じられていくドアの向こう側から、黄瀬君の泣き声が聞こえてきた、気がした。

「今夜はぜってー寝かさねぇから覚悟しとけよ」

 耳元でそう囁かれれば、先週のことを思い出す。これからのわが身を考えると、頭が痛くなると同時にぞわりと背筋が粟立つ。
 ここ一カ月で週末恒例となってしまったシャツのボタン付けは、今週は黄瀬君の部屋でボタンを回収するところから始めなくてはならないと考えると、余計に頭が痛くなるのであった。

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