黒バス | ナノ




幼なじみ2


「黄瀬君に彼女がいるって本当?」
「はい?」

モテる幼なじみを持つと女の子との接点も自然と多くなるものである。
但し、そこに彼をだしにして自分も彼女たちとお近づきに、だなんて打算的な意味を見出すほどボクの根性は持ち合わせておらず、学園のアイドルの幼なじみの情報をボクから引き出そうと一方的に質問をぶつけてくる女の子たちの鬼気迫るその様子にただただ消えたいと願うばかりである。うまく答えられなければ、「何だよこの役立たず!お前のアイデンティティーは黄瀬君の幼なじみってだけなんだからしっかり情報提供しろよ、ちっ!」と言う心の声が聞こえてくるし(ここまで酷く罵られたことはまだないが)、彼女たちの要望にぴたりとはまる回答をすれば黄色い悲鳴をあげてボクを取り囲んだまま、しかしボクそっちのけで盛り上がる彼女たちの中心でやるせなさを噛み締めることになる。
正直、良いことなんて一つもない。
好きなタイプ、趣味は、好きな食べ物は、座右の銘は?核心にせまるものから、それを知ってどうするつもりなのかと問いただしたいものまで、ありとあらゆることを聞かれてきた。でも、この質問は初めてだったから、いつもの様にぬるっと受け答えることができなかったのだ。

「なんか友達が黄瀬君が女とホテル街歩いてるとこ見たって言うんだよね」
「しかも本人に聞いたら否定しないし!」
「最近妙に嬉しそうにしてるし!」
「今までどんな可愛い子に告白されても全部断ってたのに!どこの女よ、そいつ!」
「相当の女じゃなきゃ認めないわよ」
「ねぇ、黒子君」

だんっ、と机を叩かれて、情けないことにびくんと肩が大きく跳ねた。
いや、情けなくなんかない。こんな勢いの女子のグループに囲まれて一方的にまくし立てられて、びくびくしない方がおかしい。完全に猛禽類と化した彼女らに凄まれたボクは、情けないかな蛇に睨まれたカエルでしかない。

「どうなってんのよ!」





「はぁ……怖かった……」

恋に必死な女子の集団の怖さは、どんな都市伝説にも学校の七不思議にも勝ると思う。トイレの花子さんも裸足で逃げ出すに違いない。
普段は影が薄いだけでクラスメイトに絡まれることなんて皆無なのだが、中学になって女子から絡まれる回数が劇的に増えた。原因は間違いなく中学に入ってちょっとしてから急にボクへの態度と絡み方が変わったあの幼なじみである。必要以上に近付いて来て、どんな時でも隣にいたがって、過剰に触ってくる職業、モデルの所為で、ボクの透明な存在感は僅かながらに色づいてしまった。

(知らないですよ、黄瀬君の彼女なんて)

確かに幼なじみはもてる。非の付け所のない涼しげな美貌、高い身長に長い手足、抜群の運動神経。黙っていれば整いすぎて冷たく感じる美貌も笑えば途端に人懐っこい印象になる。基本的に社交的だし、女の子を無碍に扱うこともしないから、惚れられることは多々あっても、嫌われることはまずない。
 そんな彼だから、物ごころついた時には既に女の子からの絶大な支持を得ていた。だが、今と毛色は違えど、幼いころから異常なまでのボクへの執着心を見せていた黄瀬君に、所謂恋人も彼女もいたことがない。
 彼は裏表がなく嘘がつけない様に見えて、その実モデルを職業をこなせるだけあってなかなかの演技力を持つ。本心と真逆のことを何気ない顔で言ってのけることも平気だし、それが易々とばれることも少ない。ただ、これは産まれてから17年間一緒にいたボクにしか出来ない事なのだが、彼の嘘は非常に分かりやすいのだ。元来の真っ直ぐ性根の為、嘘を吐けばどうしても表情に無理がでる。本人はそれに気付いていないし、勿論周囲の人間も気付かない。でも、ボクにはすぐにわかる。つまり彼は、嘘が上手い様でいて、ボク限定で非常に嘘が下手くそな人間なのである。
 そんな彼だから、ボクに黙って内緒で彼女を作っていたとはとても思えないし、大体、殆どの時間をボクと過ごしていたのだからそんな時間はなかった筈だ。告白された回数は両手両足ではとてもじゃないけど足りないが、それを受けたことはない。
 女子の皆さんもそれを知っているから、今までは黄瀬君個人についての情報提供を求められたことはあっても、彼女情報について質問されたことはなかった。

「黒子っちが好き、大好き」

臆面もなくそう言い、隙あらば頬に口づけてきたりつむじに鼻をうずめてきたり着替えてる横で凝視してきたりうなじを舐めてきたり、あれ、あの人なんでモテるの?世の中間違ってますね……
とにかく物心つく前からずーっと一緒にいて、物心ついた頃からはずーっとボクに偏執的な愛情を注いできた黄瀬君と僕は、大きな声では言えないけど、所謂『お付き合い』をしている。
毎日毎日好きだ愛してる可愛いと言われ続けて、遂に絆されてしまったのが中学三年生の時。売り言葉に買い言葉と言うか、もうそれは勢いだったとしか言い様がない。

(あんなに好きだ好きだ言っときながら、彼女を作るだなんて)

確かにボクと黄瀬君は『お付き合い』をしていた筈だ。
だが、それは2人の間だけの認識であった。2人とも周りに吹聴してまわることはなかったし、付き合い始める前から家でも学校でも一緒にいた2人が今更登下校を共にしたって昼食を一緒にとったって、何をしたって周りの目は変わることはなかった。
そして変わることがなかったのは、周りの評価だけではないのだ。

黄瀬君は、一切ボクに手を出して来なかった。

戯れの様に触れるだけのキスをされたことはあったけれど、それ以上は全くない。何もない。黄瀬君なのに。黄瀬君なのに。黄瀬君のくせに!
期待している訳ではない、断じて!
だけど、あれだけ好きだ可愛いと言われ続けて、幼なじみで家も隣同士だから2人になる時間だって多いのに、黄瀬君は何も仕掛けて来ないのだ。不満な訳ではない。ただ、黄瀬君の言う『好き』の意味を見失ってしまう。

(黄瀬君のくせに)

不満ではない。期待なんかしていない。
どうせ彼も、ボクみたいな抱いても柔らかくもないし良い匂いもしない男よりも、全身曲線で描かれた様な女の子の方が良いのだろう。ボクだってそうだ。
不満なんか、ない。





「くーろこっち!」
「ぐぇ」

何だか面白くないしご飯も食べたくないし何もする気にならなくて、部活が終わってから黄瀬君を避けて一人で走って家に帰って、すぐにベッドに潜り込んだ。カーテンをひいて電気を消して布団を頭まで被れば、すぐに目蓋がとろんと重たく下がる。
脳みそがふわふわして気持ちよくなって、考えることを放棄しようとしたその瞬間、聞き慣れたあの声とあの体重が容赦なくボクに襲いかかってきた。

「黒子っち、一人で帰っちゃうなんてひどい!」
「……黄瀬君、ボク今日は疲れてるから寝たいです」
「じゃあ添い寝するっス」
「入って来ないで下さい、一人で寝たいです」
「えー、黒子っち冷たーい」

気持ち悪い猫なで声を出しながらお構いなしにベッドに潜り込んでくる黄瀬君の頭をぐいぐいと押しのける。そんなボクが面白いのか、黄瀬君はにやにやしながらボクにされるがままになっている。
ああ、もう、腹が立つ!

「男二人で寝るなんて嫌ですよ、そんな薄ら寒いこと」
「黒子っちとならむしろ一緒に寝たいけどなぁ」
「そんなこと言って……どうせ黄瀬君だって女の子の方が好きなくせに」

しまった、と思った時にはもう遅い。
慌てて口を抑えた僕を見て、黄瀬君はこてんと小首を傾げた後に、心底不思議そうな顔でボクに近付いてきた。

「オレが好きなのは今も昔も黒子っちだけっスよ?なんでそんなこと言うの?なんか、不安にさせるようなこと言った?」
「……言われてません」
「黒子っち、ちゃんとオレの目を見て」

視線を外せば白く長い指で顔を固定される。すぐ近くで感じる吐息はどこまでも甘い。男なのに。黄瀬君なのに。

「……黄瀬君に彼女が出来たって」
「オレの恋人は黒子っちっスよ」
「女の子とホテル街にいたって」
「ホテル街……?ああ、あの辺美味しいお店多いから、打ち上げによく使われてるんスよ。女の子と二人では行ったことないよ」
「彼女出来たって聞いても否定しないって」
「彼女ではないけど恋人ならいるしね」
「最近、嬉しそうだって」
「黒子っちがいればオレはいつでも嬉しいよ」

幼なじみの秀麗な顔を見れば、やんわりと慈しむ様な笑み。ボク以外に向けられたことがない、少なくともボクはこの笑顔が他人に向けられているのを見たことがない、ボクだけが知っている表情。
いたたまれない気持ちになって、うつぶせになって枕に顔をい埋めると、優しく頭を撫でられた。優しくつむじに口づけられれば、いがいがしていた気持ちが丸くなっていくのを感じる。

「でも、」
「うん?」

駄々っ子みたいだ、とは思うけど、こうなるともう止まらない。

「黄瀬君、ボクに手を出して来ないじゃないですか」

言いながら恥ずかしくて悔しくて目頭が熱くなった。うわあああ悔しい、何言ってるんだボクは、こんなこと言うつもりじゃなかったのに、恥ずかしい、これじゃボクが手を出して欲しいみたいじゃないか!
優しく頭を 撫で続けていた手が止まって、呼吸を飲む音が聞こえた。恥ずかしくて消えたくて上を向くことが出来ない。一分前に戻って、あんな発言を取り消してしまいたい。

「…………出して良いの?」
「え、いや、ちがっ、違いますよ!ばか!黄瀬君のばか!」
「黒子っち……っ!」

三点リーダたっぷり四つ分の間の後の彼の言葉に動揺してがばりと身体を起こせば、彼に肩を鷲掴みにされた。凄い勢いで顔を近付けてきて鼻と鼻が触れ合う程の距離でボクをガン見してきた。至近距離のイケメンの迫力にはもう慣れたが、目が怖いです、瞳孔開いてますこわいなにこれ、こわい。

「違いますってば、嫌です離して、」
「今まで黒子っちが嫌がるかなとかお楽しみは後からとか大切にしたいなとか思ってたけど黒子っちが望むならそれはもう仕方ないっスよねああ仕方ないっスよねそうっスよね愛し合う2人がセックスしないこと自体が不自然っスよね!」
「ちょ、きせく、……んっ、ふぅっ」

ノンブレスで長台詞をまくし立てたかと思えば、その勢いのままボクの唇を塞ぐ。
今までの触れるだけのものとは違う、深い探り合うような、交わり合う様なそれに、頭の芯がちりちりと痺れていくのを感じた。歯列をなぞられ舌を吸われ、唾液を飲まれて、息苦しさに黄瀬君の胸を叩くとようやく解放される。
はくはくと酸素を吸っていると、黄瀬君は今まで見た中で一番良い笑顔でこう言い放った。

「いただきます」





こうして期せずして、ボクは大人の階段を無理矢理引きずりあげられながら登るはめになったのだった。
大人になるって、凄く痛い。


[ 3/64 ]

[*prev] [next#]
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -