黒バス | ナノ




「気持ち良くないのに、なんでシたがるんスか?」

「黄瀬君、したいです」

 しましょう、と言いながらのしかかって来る黒子に目を剥いた。
 思えば今日は様子がおかしかった。いつもならば一人分スペースを開けて座るのに、今日はぴったりと体温を感じる程の近さに座ってきたり、寄り掛かってきたり、じぃっと黄瀬の目を見つめてきたりと、常の黒子と言動とは確かに異なっていた。明日は学校でお互い朝練もあるから今日は我慢しようと岩よりも固い決意を固めた黄瀬にとってそれはちょっとした生き地獄であった。
 恋人になってから半年、最初こそ黄瀬の粘り勝ちで始まった関係ではあったが、今では黒子もそれなりに黄瀬に心を許してくれている。はっきりとした言葉を示されたことはないが、その言動の端々から感じる黒子の分かりにくい愛情と思いやりを垣間見る度に、黄瀬は死んでも良いと思うのだった。これ以上ない程に幸せを感じるのに、それを上回る幸せを簡単に与えられる。いつか本当に幸福感に心臓を潰されて死ぬのだとしたら、それは間違いなく黒子のせいなのだ、とバカなことばかりを考えていた。

「ちょ、待って、黒子っち! だって明日朝練あるし……」

 一心に黄瀬のシャツのボタンをはずしていく黒子を諌めるが、全く聞き入れられる様子がない。ボタンを見つめる視線には熱がこもっていて、黒子が本気だと言うことが見て取れた。
 付き合ってからずっと、黄瀬は黒子に対して欲情していた。
 一緒に居ればその匂いや声に煽られて、離れていても記憶の中の存在感に擽られる。思春期男子と言うよりは、発情期の猿に近い衝動であった。
 それに対して黒子はどちらかと言うと性に淡白で、事に及ぶ時も黄瀬がけしかけてなだれ込むことが殆どだった。
 黒子とて男だ。ダイレクトに快感を与えられれば簡単にそれに溺れる。
ただ、挿入行為にだけは未だに抵抗があるらしい。ゆっくりと慣らしてやっても、挿入して少し経てばそれまでの甘ったるさが影を潜め、声を殺して異物感に耐えているのが手に取るように分かる。それが分かるのならばそこでやめてやればいいのだが、その段階で中断することは中々に難しく、負担をかけない為にもなるべく早く達しようと懸命になることしかできない。ならば初めからしなければいいのだが、残念ながらそれが出来ないのが黄瀬涼太と言う男だった。

「痛くはないんです」

 いつだったか、行為を終えた後に黒子が零した言葉を思い出した。
 疲労からとろりと瞼を半分閉じている黒子の頭を撫でながら、黄瀬は黙って黒子の言葉を聞いた。元々体力のない黒子は行為が終わった後、すぐに寝てしまうことが多い。
 痛くはない、ただ、黄瀬君のが入ってるのが分かるのが恥ずかしくて気になって仕方ない。そう言われて、直情的に下半身に血が集まったのだが、その後すぐに黒子は寝てしまい、結局黄瀬は一人で抜く羽目になった。
 そんな訳で、黒子はあまり性に対して積極的ではない。
 ただ、本当に稀ではあるのだが、こうして黒子の方からお誘いがあることがあるのだ。
 黄瀬としてはいつだって黒子とそう言った行為にもつれ込みたいと思っている、そんな願ったり叶ったりなおねだりにはいつも諸手を上げて応えている。いつどんな時だって即臨戦状態である。
 だが、負担がかかるのは黒子の方なのだ。今日無理させては、明日の練習に影響が出てしまう。黄瀬の決意は、岩よりも固いのだ。

「黄瀬君はしたくないんですか?」

 薄らと涙の膜が張った空色の瞳に見詰められれば、岩よりも固かった筈の決意ががらがらと崩壊していく。それが黄瀬涼太と言う男だった。





 黒子の白い指がシャツのボタンを外していくのを、もどかしい思いで見下ろす。
 焦っている所為か、うまく外せなくてまどろっこしい。時折、肌に触れる黒子の指は常の温度よりも高くて、それが黄瀬の興奮を煽る。

「黒子っち、自分で脱ぐからいいっスよ」
「いやです、ボクが脱がせます」

 変な所で意固地になる黒子が愛しい。じれったいが、ひとつずつゆっくりとボタンを外していく彼を、水色の頭を撫でながら見守る。
 全てのボタンが外れると、ゆっくりと肩からシャツをおろして行き、ちらりと黄瀬を見上げた後、遠慮がちに胸を舐め始めた。
 小さな赤い舌がちろちろ肌を這う感覚は、少しばかりくすぐったいのだが、猫みたいなその仕草が視覚的に黄瀬を煽る。
 左手で頭を撫でながら、右手で黒子のシャツを脱がそうとするとその手をたたき落とされた。

「君はちょっと黙っててください」

 何がどうしたのかは分からないが、どうやら今日はやる気のようだ。
 こんなに積極的な黒子を見るのは初めてだ。早く触れたいと思う気持ちはあるが、せっかくなのでお任せしようと身体の力を抜く。それを見て黒子はふわりと笑った。
 胸を舐めていた舌はそのまま首筋を辿る。耳を柔く食まれて、くすぐったさに笑い声が零れた。それがお気に召さなかったのか、一拍の間の後、耳の穴の中に舌をねじ込まれた。
 鼓膜を直に揺らす水音と、表面の皮膚を余すことなくさらっていく舌の動きに、思いがけず息が詰まる。
 そんな黄瀬を見て、満足そうに口元をほころばせた黒子は、気分を良くしたのかそのまま下にさがっていく。
脇腹を探る掌の温度が心地よい。慈しむように優しくあばらを撫でる動きがじれったい。小さな火種を炒って少しづつ火を点けて行くようなその動きに、焦らしているのだとしたら、一体どこでそんな技を覚えてきたのか、と微かな疑問が頭をよぎった。
既に反応しかけているそこを一度撫でてから、ベルトの金具を外し、黄瀬と視線を絡めたまま歯でチャックを噛んでゆっくりとおろしていく。

「……ねぇ、黒子っち」
「なんですか」
「どこでそんなの覚えてきたの……?」
「……黙っててくださいって言ったでしょう」

 黒子のことは信用している。浮気なんて、絶対にないとは思う。だが、性に奥手な恋人の滅多にない積極的なご奉仕には戸惑ってしまう。
 下着の上から唇で黄瀬の形を確かめてから、また手を使わずに歯で下着を引きずり下ろす。急に外気に触れた性器が勢いよく飛び出して、黒子の頬をかすめた。
 ん、と小さく声を漏らすが、それでも臆せずに今度はそれを口に含んだ。
 粘膜の温かい感触にため息が漏れる。
 一度大きく口に含んだ後、先端にリップ音を立てて口付けられる。手を添えて固定され、側面を舐めながら睾丸を揉みほぐされれば、鼻を抜ける声が出た。

「っふ、」
「きもひいれふか?」
「っ、銜えたまましゃべっちゃだめだって、」

 すみません、と言ってまた黒子は舌を動かす。
 括れを舌で抉られれば、背中が跳ねる。股間の上で揺れる水色の頭を撫でると、黒子は竿を口に含んで音を立てながら上下させる。
 口をすぼめている所為で、口内の粘膜を直に感じてしまい、黄瀬は襲い来る快感を息を吐くことで受け流した。
 乗り気ではない黒子をその気にさせる為に、奉仕されるのではなくする方が圧倒的に多い。フェラだって、無理矢理に追い上げるのに手っ取り早いから、黄瀬が黒子のものを舐めることは多々あったのだが、黒子にしてもらうのは数ヶ月前、初めてしてもらって以来だ。
 あれ以来の筈なのだ。
 あの時は、黒子が自分のものを舐めてくれていると言う事実と、視覚だけで精を放ちはしたが、正直に言うとたどたどしいばかりの舌の動きに快楽を感じたのではない。はっきりと言ってしまえば、下手くそだった。
 だが、今日は違う。黒子が舐めてくれるのは確かに嬉しいのだが、それ以上に実際に気持ちが良い。舌が這い咥内が蠢く度に、甘い疼きが腰骨を走る。
 
「く、ろこっち、」

 途切れ途切れで名前を呼ぶと、銜えたまま上目遣いの視線だけで返事をされる。
 口いっぱいに含んでいるから、お世辞にも可愛いとは言えない顔なのだが、それでも自分のものを精一杯愛でてくれているのだから可愛くて仕方がない。
 仕方ないのだが。

「なんでそんなにうまくなってるの……?」

 涙目で訴えれば黒子の動きが止まる。
 口に含まれていた性器が解放され、完全に立ち上がったそれと並んで黒子の白い顔があるのがいやにシュールだった。
 
「……君はアホですか」
 
 アホでしたね、そうでした。見る見るうちに顔を歪ませる黒子を見て、黄瀬は本能的に自分の発言が彼の気に障ったことを悟った。
 ふーっと深い息を吐いて身体を起こす黒子に、黄瀬は思考をフル回転させた。
 折角の黒子からの滅多にないお誘いだ。しかも、黒子が積極的に黄瀬にご奉仕してくれている。なのに、それを自分の発言で無にするのはあまりに勿体ない。
 涙ぐみながら黒子の腕を掴んで無言で見つめると、またしてもため息をつかれる。

「君がしてくれるのを真似たんです」
「……オレの?」
「はい。黄瀬君は、その、……上手だったから、真似すればボクも黄瀬君を気持ち良くしてあげられるかなって思ったんですけど」
「黒子っち……!」

 黒子が自分の愛撫で気持ちが良いと感じてくれていたこと、そして黒子も黄瀬を気持ち良くさせたいと思っていてくれたこと。
 その事実にまたしても胸がいっぱいになる。この幸福感は天井知らずだ。もうこれ以上はない筈なのに、それでも容易く塗り替えられる。

「ボクが他の相手とこういうことしたとでも思ったんですか?」

 鼻をつままれて、睨まれる。
 小さく首を振れば、ようやく黒子は笑った。
 愛しくて堪らなくて、額をくっつけて至近距離で視線を合わせる。黒子の笑みがより深いものになった。
 どちらからともなく唇を重ねる。
 そういえば今日はまだキスしてなかったなーとぼんやりと考える。ここまでしておいて、順番がおかしい。全く、自分たちらしいと考えたら、おかしくなってまた笑う。
 
「変なこと聞いちゃったから、お詫びするっスね」
「……ちょっとやそっとじゃ許しませんよ?」

 挑発するように笑う黒子の唇を、奪う様に塞いだ。





 指が三本入った所で、黒子が苦しそうに呻いた。
 つい先ほどまでは声を噛み殺しながらも甘ったるいと息を零していたのだが、やはり違和感を感じるようだ。
 負担を感じさせない様に、三本の指をぴったりとくっつけたままゆっくりかき混ぜる。潤滑油のお陰で既に充分に滑りの良いそこは、最小限の摩擦で黄瀬の抜き差しを受け入れていた。
 苦しい? と聞けば、ぶんぶんと首を横に振る。いいから続けてください、と強がる頑固なところは嫌いではないのだが、黒子が気持ち良くないのなら、これはセックスではなくてただのオナニーになってしまう。双方向で気持ちと快楽を共有してこそのセックスだ。
 入れてしまえば、もう我慢できなくなる。今ならばまだ、ぎりぎり欠片ほどの理性が残っている。
 汗が伝う頬を撫でて、今日はやめよう、と伝えた。

「お願いですから、早く入れて……」

 言われた瞬間、僅かながらに残っていた理性が霧消する。
 気が付けば黒子の腰を抱いて、広げていたそこへ自信をねじ込んでいた。

「っぅ」
「黒子っち、痛い?」
「だいじょぶ、ですから、はやく」

 急激に与えられた圧迫感に黒子がはくはくと口を動かす。のけぞったことで見えやすくなった白い喉仏に食らいついた。そこを甘噛みすると、高い声があがる。
 汗で張りつく前髪をよけて、額に口付けると、黒子は黄瀬の肩に両手をまわす。眉を潜めたまま、それでも華やかに笑う黒子の健気さに、鼻の奥がツンと痛んだ。
 黒子の様子を見逃すまいと、顔を凝視しながら腰をすすめる。潤滑油と先走りが泡だって、じゅぶじゅぶと音を立てる。顔を赤くして目をきつく瞑る黒子は、何かに耐えている様だった。

「んっ……くろこっち、」
「んはぁ、っ……きせくっ、んんっ」
「あ、すき、っだいすき、だいすき」
「ん、あぁっ……っぅ」

 名前を呼べば、呼び返してくれる。好きだと言えば同じ言葉を返してはくれないが、こくこくと頷いてキスをくれる。
 黄瀬の背中にまわされた腕が彼の信頼の証だと思うと、泣きそうになる。もう離したくない、ずっと一緒に居たい。
 最初こそ黒子を気遣いゆっくりとしていた抜き差しが、徐々にその速度を増す。
 黒子のあげる悲鳴が小刻みになっていき、限界が近いことを知らせた。

「……っあ」

 小さな悲鳴を上げて黄瀬が達した直後、黒子も精を吐き出した。





「苦しかったっスか?」

 身体を拭いてやっている間も、黒子は眠そうにうとうとと揺れていた。着衣を整えてやり、タオルケットをかけて隣に横になった。

「苦しい、のではないんです。痛くもないし」
「じゃあ気持ちいい?」
「入れる前までは気持ちいいです」
「えー……やっぱりだめっスか」
「良いじゃないですか。黄瀬君が気持ちいいなら」
「黒子っちも気持ち良くなってくれないと嫌っス」

 もぞもぞと動いて黄瀬の胸に寄って来る動きが赤子の様で可愛らしい。頭を撫でて、こめかみに一つ口付けた。

「気持ち良くないのに、なんでしたがるんスか?」
「それは」

 黒子の瞼はもう殆ど閉じている。こうして会話が成立しているのも不思議なくらいだ。
 眠気の所為か、いつもよりもたどたどしい口調で、率直に答えてくれる。

「黄瀬君のことが好きだからです」

 そう言った直後、黄瀬の胸の中で丸くなった黒子から寝息が聞こえた。ついに寝落ちてしまったらしい。
 とんでもない爆弾を残してとっとと夢の中へ旅立ってしまった恋人に、黄瀬はただただ赤面して現時点で最大級の幸せを噛みしめるのだった。


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