黒バス | ナノ




幼なじみ

 ボクの幼馴染はモテる。非常にモテる。多分、あの人はモテるよ、と簡単に言葉にした時に多くの人が想像するであろう範疇を軽く飛び越えている程度にモテる。
 漫画やドラマでしか見たことない様な、隣町の女の子がわざわざ黄瀬君を見る為に校門前で待ち伏せしているのは序の口で、ファンクラブと親衛隊があってその二つの組織間で抗争があったとか、バレンタインでリアルに下駄箱を開けた瞬間になだれ落ちてくるチョコレートとか、本当に漫画みたいなモテ方をする男だ。小学校の卒業式では彼が胸に刺していた「祝卒業」のバッジ争奪戦が行われて、その壮絶さは女性に免疫のないボクにとってちょっとしたトラウマになってしまった。本気の女の子は相当怖い。絶対に勝てない。これから先、女性はなるべく優しくしようと決意した瞬間であった。
 彼が何故それほどにモテるかと言うと、大きな原因は二つある。
 第一に、これは絶対条件だと思うが、彼は類稀なイケてる面を持っていた。平たく言えばイケメンである。加えて背も高い。子供の頃から何度スカウトされたかわからないその顔は、一度彼が歩けば老若男女問わず十人中十人が振り返ると言っても過言ではないレベルであった。切れ長の涼しげな目は、猫の様にくるくると表情を変え笑うと屈託がないのにじぃと見詰められれば胸の奥が焦げ付くほど熱くなる。
 そして、彼は抜群の運動神経を持っていた。神童と呼ばれるレベルのそれは、年齢を重ねるに連れて凡人と化していく大勢と違い、歴然としたレベルのそれであった。全くの初心者であっても、あっという間に物にする。彼は、間違いなく天才であった。
 イケメンでスポーツマン。そんな全国男子の敵とも言える彼にはだがしかし、決定的な弱点があった。

「黒子っち今日もかわいいっス!大好き!」
「ボリューム下げて下さい、うるさいです。後、朝からそのテンションはきついです」

その弱点が、これである。
お隣に住む幼なじみは何故だかボクにひどくご執心であった。登下校は勿論一緒、休みの日は朝起きたらボクの部屋にいるし、日記も勝手に読まれる。初恋の人も、……初めて夢精した日も、彼は全て知っているのだ。彼にとってボクのプライバシーはティッシュよりも薄く、オブラートよりも溶けやすいものらしい。

「だってオレと黒子っちの間に隠し事なんてあるべきじゃないと思うんス」

とは、いつだったかボクが必死で抗議した時の黄瀬君の弁である。
ボクがこの厄介な幼なじみとの生活で身につけたのは全国男子の敵レベルのモテっぷりと自分を比べたコンプレックスではなく、スルー能力であった。

(全く以て嬉しくない副産物です)

はぁっと溜め息を吐くと、ひとしきりボクのつむじに顔を押し付けていた黄瀬君が、むっとした様に眉根を寄せた。美形はどんな表情をしても様になる。

「ちょっと黒子っち、何考えてるの?オレといる時はオレのことだけ考えて!」
「それじゃほぼ24時間じゃないですか」
「オレはそのくらい黒子っちのこと考えてるっスよ」
「……心底鬱陶しいですね」

そんなやりとりをしたのが今日の朝。
そして授業を終え、当番の掃除をしに視聴覚室に向かっている時、いきなり現れた黄瀬君に何も言わずに引きずられ校舎裏まで連れて来られた。状況を読めないまま、抵抗するのも体力の無駄なのでなすがままになっていたのがいけなかった。
 頭一つ分身長差がある幼馴染に後ろから羽交い絞めにされ、どうやら彼のお気に入りであるらしいボクのつむじにあごに乗せて、それでもボクの存在を無視して話し始めた。
なんなんですか、この意味のわからない状況は。

「オレ、彼のことが好きなんだ。だから、ごめんね?」

 瞬間、背後のイケメンの鳩尾に渾身の肘鉄を決める。頭上からうっと小さな悲鳴が聞こえて、つむじに感じていた重さが増した。
 彼の奇行は今に始まったことではない。中学入学までは、少し行きすぎた感はあったものの、黄瀬君からボクへの態度はぎりぎり友人への愛情表現であった。周囲からも仲が良いな、くらいしか言われたことがない。これに関しては、ボクの存在感が薄すぎてボクらの関係を評価してくれる人自体が少なかった所為もあるだろうが。
それが中学に入学してから少しづつ変わって行った。好意を向けてくれるのは単純に嬉しい。ボクだって、黄瀬君のことを大切な幼馴染だと思っているし、好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだ。
 だけど、限度って言うものがあるだろう。
目の前には大きな瞳一杯に涙を浮かべた一つ下の学年の女の子。多分、クラスの人達が可愛い可愛いと騒いでいた子である。見ず知らずの女の子の前で黄瀬君の奇行に付き合うのは、ボクの穏やかな学生生活の為にも是非ともご遠慮したい。

「黄瀬先輩と黒子先輩が付き合ってるってやっぱり本当だったんですね…」
「そうなんス。オレは小さい頃から彼一筋なんスよ。君はとても魅力的だけど、オレは君の気持ちには応えられない」
「付き合ってません、何ですかその完璧な誤報は、やっぱりってなんですか」

逃げ出したい……。
だがしかし、ボクの体は先ほどの肘鉄から驚異の回復を見せた黄瀬君に、後ろからしっかりとホールドされている。厭々と頭を振って否定の表現をするのが精一杯だった。
 あまりに理不尽な状況に、滅多に緩まない涙腺が緩みかかった。今まで生きてきた中でベスト3に入るくらい辛い。練習よりもずっと辛い。

「そうですよね、わかってたんです。お二人の邪魔をすることなんて出来やしないって!ただ、気持ちを知ってもらいたくて…ご迷惑おかけしてすみません」
「謝るのはこっちっスよ。君みたいに可愛いな女の子には、きっとすぐに素敵な彼氏が出来るって。オレなんかよりずっと素敵な、ね」
「ふふっ、黄瀬先輩ったら。先輩より素敵な人なんてそうそういるはずないじゃないですか」
「そんなことないっスよ、けど、ありがとう」

頭上で繰り広げられる会話に僕のSAN値はがつがつ削られていく。何なんだこの美しい会話は。やるなら二人でやってくれ。僕を巻き込むな! とキャラじゃないけど大声で叫び出したい。

「じゃあ私、失礼します」

涙を拭いながら笑顔の彼女はそれはもう可愛くて、異性に免疫の薄い健全な中学生男子を見惚れさせるのには充分で、ボクは自分の置かれている状況も忘れて、走り去っていく彼女の後ろ姿を暫く見つめていた。
と、

「何見てるんスかー!」
「いだだっ」

浮気は許さないっスよ! とつむじを思いっきり押され、ボクは悲鳴を上げた。

「浮気も何もボクたち幼なじみじゃないですか。大ウソ吐くのも大概にしないと怒りますよ」
「怖い……、もう怒ってるじゃないっスか! 黒子っち、顔が超怖い!!」
「今すぐ訂正してきて下さい」
「それは無理っス」
「は?」
「だって、オレたち、学校中公認のカップルっスもん」

 もんって言わないで下さい、気持ち悪い。いつもなら真っ先にそう返す筈が、幼馴染の爆弾発言に思考がフリーズする。公認でしかもカップルってなんだろうか、今のボクには到底理解出来ない。
 言葉を失うボクのつむじに唇が押し当てられる感触で我に返った。

「何ですか、それ……。勝手に変態の仲間入りさせないで下さい妖怪イケメンホモ」
「ちょっ、ひどいっス! さすがに傷付く……」

ぽてん、と後ろからボクを抱き締めたまま肩口に顔を埋められる。同時に懐かしい、甘酸っぱい匂いが鼻を突いた。
幼い頃から慣れ親しんだ黄瀬君の匂いに、ボクはうっと言葉を詰まらせる。

「っと、黄瀬、君?」
「……」
「あの、黄瀬君、」
「…………」

はぁっと溜め息を吐くと腹に回されていた腕に力が籠もる。
いつまでたっても、どんなに周囲の評価が高くても、黄瀬君は大きな子供のままなんだ。そして何だかんだそんな黄瀬君を甘やかしてしまうのがボクなのだ。

「……もう、言いすぎました。すいません」
「……本当にそう思ってる?」
「はい、思ってます」
「もうあんなひどいこと言わない?」
「はい、言いません。黄瀬君が変なことをしなければ」
「変なことじゃないのに……じゃあ、帰りにアイス買って?」
「うっ、……わかりました。150円までですよ」
「あと、俺と付き合って」
「はい…て! はぁっ?」
「黒子っちがはいって言った! 良いって言った!」
「ちが…!」

きゃー!と手放しで喜びうろうろと辺りを走り始めた黄瀬君の喜び様に、完璧に否定のタイミングを逃してしまった。まずい、これじゃ黄瀬君のの思うツボじゃないですか……!

「今日が二人の記念日っスね!」

しかしやはり黄瀬君には強く出れないボクが、黄瀬君の満面の笑みに釣られて頷くのはその三秒後の話し。
そして、

「絶対幸せにするからね」

ちゅっ、と恥ずかしい音を立ててファーストキスを奪われるのは20秒後の話し。
幸せそうな幼なじみを見て、黄瀬君が嬉しいならまぁ、いいか、と考えるのが更にその40秒後の話しである。


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