黒バス | ナノ




だめ、やだ、待って

 これはいよいよ破局の危機です。
 今日の出来事を振り返ってみて、あの時は楽観視していた、と言うか深くは考えていなかったが、よくよく考えてみたらこれは普通のカップルの別れの原因に当てはまるのではないかと言う結論に達してしまったから、さすがのボクも慌てた。
 遡って三時間前の出来事である。青峰君とケンカをした。
 言葉にすればこの程度のことで、世間のカップルはケンカの一つや二つや場合によっては十も二十も乗り越えながら共に歩んでいるのかもしれない。ケンカすることによって愛が深まる場合もあるだろう。時には倦怠期を乗り越えるためのちょっとしたスパイスにすらなっているのかもしれない。
 それが、普通のカップルであるのなら。
 ボクと青峰君は、男同士だ。且つ、中学の時に袂を分かってから確執を乗り越え二か月前に仲直りをして、二週間前にお互いの気持ちを確かめ合って付き合い始めた初々しいカップルである。……自分で言っていてもそら寒いものがありますが。
 実際は中学に入学してから密に過ごしていた二年間半があるから、離れていた時間はあるものの、付き合い自体は長いし、お互いのこともよく理解し合っているつもりだ。彼の癖や好み、バスケのスタイル、がさつだけど真っ直ぐで不器用だから回り道ばっかりするところも好ましい。そんな不器用な彼(もっとも、バスケについては不器用どころか超人なのだが)だから好きになったのかもしれない。
 その好ましい筈の彼の性質が、今ばかりは憎らしく感じられた。
 離れていた時間があるから、どうしたって不安になる。誰よりも近くにいた時間があるから、その分別離の期間は辛く苦しいものだった。あんな胸が押しつぶされる様な気持はもうこりごりだ。
 青峰君と和解して、離れていた時間を埋めるように時間を共有して、お互いの気持ちがあの頃からなんら変わりないことを知った時は本当に幸せだった。全中3連覇した時なんかよりも、ずっとずっと。
 だけど、男同士で、すんなりと上手くいった訳でもなくて、こんな関係は言ってしまえば薄氷の上に乗っている様な危ういものだ、とボクは思う。それでも時間を重ねていればどうにかなるのかもしれないが、生憎とボクたちは付き合い始めたばかりの初々しいカップルである。ちょっとしたすれ違いが、大打撃となることだって十二分に有り得る。
 ケンカの原因は、それはきっと些細なことだ。嫌だ、と言ったのに止めてくれなかった、それだけのこと。
 僕だって思春期の男子だ。そういう事に興味がないわけではないし、相手が恋しい人ならば尚更。だけど、ボクの気持ちを無視して早急に事を勧めるのはいかがなものか。こう言うことは、お互いの合意の上で行われることであって、そうでない場合は不幸な結果しか招かない、と経験なしのボクは思うのだ。離婚の原因第一位の「性格の不一致」だって、直訳すると「性の不一致」と言うことらしい。
 そこまで考えて、ボクは冒頭の恐ろしい考えに辿りついてしまったのだ。





 三時間前。
 部屋に招いた青峰君は、最初こそきょろきょろと落ち着きなく部屋を見回していたがすぐに慣れて、自分の家かと突っ込みたくなる程度にはくつろいでいた。
 お互い練習で疲れているから、今日は家でのんびり体を休めようと家に招いたのだが、思春期の初々しいカップルが密室に二人でいれば、そんな雰囲気にもなるもので。勘違いしないで頂きたい、断じてそんなつもりはなかったのだ。そんなつもりで彼を招いたのではない。大体、そんな行為に及んでしまえば体を休めるどころの話ではないだろう。
 ……話が逸れました。
 とにかく、最初は普通に会話をしたり雑誌を読んだりしていたのだが、その雑誌を読んでいた時に顔が不意に近付いた。少しの間見つめ合って、自然な流れで唇を重ねる。最初は触れるだけで、徐々に角度をずらしながら深くなっていくそれに、頭の芯がじんわりと甘く痺れた。
 息苦しくなって軽く彼の体を押し戻すと、いきなり体を持ち上げられてベッドに運ばれて、酸素不足の頭ではその展開についていけなくてぼんやりと彼を見上げれば、切なげに眉を寄せた彼と目が合って、再度貪るようなキスをされた。
 正直、流されそうになった。荒々しいキスは凄く上手いと言う訳ではないのだけれど、彼とキスしていると言う事実だけで頭に血がのぼる。必死で口付けてくる彼にただただ愛しさが溢れてきて、ボクもそれに無心で応じた。応じたのだが。

「……ひぁっ」
「ごめん、テツ。あんま余裕ねぇかも」

 言いながらボクのシャツをまくりあげて、脇腹の形を確かめるように動く熱い手で我に返った。 考えていなかった訳ではないのだが、これは、この状況はまずい。
ちょっと待って下さい! と思い切り彼の顔面を押しのけると、困惑している青い目と視線がかちあった。
こう言う行為自体を拒否しているのではない。何度も言うが、ボクだって思春期男子だ。存在感同様に性欲も薄そうだと言われても、さかる時はさかる。男なんてそんなものだろう。それが、恋しい相手だと言うのなら尚更だ。
最初が肝心なのだ、ここで自分の意志をきっちりと示しておかなければ、今後のお付き合いに影響が出る。すぅっと息を吸って一思いに言葉を吐き出した。

「ボクが下なんですか?」

 言った。言ってやった。
 ボクと青峰君は男同士だ。と言うことは、そう言った行為の際にはどちらかが下、女役にならなければならない。挿入までいかない場合はそうとは限らないかもしれないが、イニシアチブを獲る為にも、ここは自己主張をしなければならない場面だろう。しつこいかもしれないが、ボクだって思春期男子だ。出来ることなら、男になりたい。

「……そりゃそうだろ」

数秒の間の後、全くもって意味がわからないと言った顔をした青峰君にそう答えられた。
 ……まぁ、想像通りである。この体格差で、まさかボクの方が上になるとは思わないだろう。でも、ここでこのまま流されてしまえば、今後ずっとボクが下に徹することが予想される。いやだ、ボクだってはっちゃけたい。

「青峰君、ここは公平に勝負で決めましょう」

 必死で提案するボクの言うことを如何にも半分聞き流している体で、彼が何のだよ、と返してくる。このやり取りをしている間にも、彼の熱い手はなし崩しに事に及ぼうと緩く腰を撫でる。気を抜くとそちらに意識が持っていかれそうになる中で、ボクは必至でそれに抗った。

「国語とか」
「バスケとか」
「それじゃ勝負にならないじゃないですか」
「こっちの台詞だ」

 腰をさする手はそのままに、今度は耳朶を食まれる。生ぬるい感覚に思わず軽く声が出るが、ここで声を出してはボクの前が暫定的に決まってしまう。耐えろ、カントクのしごきに比べれば、こんなこと!
 両手で口を抑えて両目をきつく瞑る。そろりと目を開くボクに向けて、青峰君は心底底意地悪そうに口角を上げた。なんて獰猛な表情をする男なのだろう。知っていたけれど、無性に腹が立つ。

「じゃあこうしようぜ。これから10分間、テツが声を出さずにいられたらテツの勝ち。声を出したらオレの勝ち。負けた方が言うことを聞く。これでいいだろ」

 言うが早いが、緩やかだった手の動きが明確な意思を持ってボクの輪郭をなぞり出した。これはまずい、非常にまずい。既に熱を持ち始めている身体でこんな条件受けたら、まず間違いなく負ける。
 嫌です待って下さい、と言って再度彼の顔面を手で押し遣ると、その手を掴まれて掌を舐められた。喉の奥で悲鳴を噛み殺して、快楽を流す為に下唇を噛めば、彼は楽しそうに耳元で囁いた。

「お互い、ベストを尽くそうぜ?」





 後はまぁ、察して下さい。
 そんなこんなで、ボクの意見は終ぞ真っ当に聞き入れられなかった。最初からこれでは先が思いやられる。これは合意なんかではなくて、即ち「性の不一致」である。由々しき事態だ。
今隣で気持ち良さそうに寝息を立てている彼の頬を思い切り抓ると、痛そうに眉をしかめる。その様に思わずほっこり絆されてしまいそうになる自分を戒めた。これは、意見の相違、つまりはケンカだ。敵には毅然とした態度で臨まなければならない。
次こそは、ボクがイニシアチブをとってやる。
と胸に誓いながらも、いざ彼に請われれば容易く彼を受け入れる自分が容易に想像出来て、ボクはまた落ち込むのであった。


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