黒バス | ナノ




黄瀬君が我慢の限界っぽい


「うぅ、……っ」
「ん……黒子っち、もっと強くして、」

 カーテンを閉め切った部屋は雄の匂いと湿った音、それに荒い呼吸音が支配していた。
 素足に感じる生々しい感覚と温度、伝う液体に眩暈がする。彼の願いに応じて、恐る恐る添えていた右足にゆっくりと力を込めると、足の下の猛りがびくんと震えたと同時に、彼が小さく呻いた。端正な顔は今はすっかり快楽に歪んでいて、生理的に零れ落ちる涙と、だらしなく半開きになった口元から流れ出る唾液でぐちゃぐちゃだ。どうしてこんなことになったんだろうか。こんな筈ではなかったのに。





「今日は親が旅行に行ってるんス!」

 嬉しそうにそう報告されたが、昨日発売したばかりの歴史小説に夢中だった黒子は上の空ではぁ、とだけ返した。今は一文字でも早く読み進めたいのだ。食事の時間も登下校の時間も惜しい。一作目からずっと好きだったシリーズの最新巻で、いよいよ結末に向けて物語が大きく動きだすのがこの最新巻なのだ。遅筆で有名な作者に、完結を諦めかけていた黒子が、この本の発売をどれほど楽しみにしていたことか。
 金曜の放課後、テスト期間中であるがために珍しく部活がない為、黒子は授業が終わるとすぐに学校を出た。小説を片手にしていても、どんな人混みでもするすると抜けることのできる黒子にとって、まだ校内に残る者が9割と言うこの時間帯に障害物に当たることなく帰宅するのは至極簡単なことなのだ。そう、いつもであるならば。
 だがしかし、今日は少しばかり勝手が違った。
 下駄箱で靴を替え、テスト勉強の為に教材全てが入っている重い鞄を持ち直す。肩に感じる重みに身体を若干傾けながらも、黒子は手中の活字を目で追い続けた。広い玄関にはまだ、誰もいない。終業のチャイムが鳴ってすぐに出てきたのだ、今日は黒子が一番にこの学校を出るのだろう。目線は活字に向けたまま、常ならばそれでも周囲の気配だけは視界の端に入れて器用に障害物を避けられるのに、人がいない安心感と、いつにも増して読書に夢中になってしまっていた為に、あんなにも派手で人目を引く存在に気が付けなかったのだ。

「黒子っち!」


 校門を通り過ぎた途端に、聞き慣れた声がした。低くはないがはっきりと男性のそれとわかる、甘さを含んだ声。常より柔らかい話し方をする彼だが、黒子の名前を呼ぶ時には隠しようもない程の甘さを含ませてくる呼び方。振り返るまでもなく、この声は中学時代のチームメイトで、現在は神奈川の学校に通う彼のものだ。確認までに顔を90度動かすと、自分より頭一つ分高い位置にひどく整った彼の顔があった。
 黙っていればイケメン、とは彼と深く関わった者が持つ彼への印象である。切れ長の猫目が柔らかく歪めると、形の良い唇を開いて彼は嬉しそうに近付いてくる。

「黄瀬君、どうしたんですか」
「授業午前中だけだったら、来ちゃった」

 へへ、と照れながら笑う様は、相手が女子であるならば、確実にときめくのであろうが、残念ながら黒子は男であった。曲がりなりにも恋人として付き合っている二人であったが、黄瀬からの一方的な愛情表現と熱烈なアピールに黒子が根負けする形で落ち着いた関係性だ。恋心を隠そうともしないその表情に、諸手を挙げて喜べる様な感情の元を、生憎と黒子は持ち合わせていなかった。勿論、黄瀬のことは嫌いではない。それどころか、彼のひたむきさとチャラく見えてその実真面目で一途な所を好ましく思っている。だが、それはあくまで友情としての感情であって、恋愛はまた別の話だ。
 本気なんス、付き合って下さい、と言った彼の顔は首まで真っ赤で、それに絆されて付き合いが始まったのが三か月前。恋人同士にはなったものの、黒子にその気がないことを尊重してか、休日を一緒に過ごす回数が増えたことと、連絡の頻度が上がったことくらいしか変化はない。付き合う前からスキンシップ過多な面があった彼に多少は警戒していたのだが、杞憂だったらしい。手を握ってくる気配すらないのだ。それを残念に思うことは決してないのだが、少し拍子抜けしてしまったことは事実である。
 わざわざ神奈川から遠回りして黒子を迎えに来たと言う彼に、黒子は再度目線を活字に戻した。

「黒子っち、今テスト期間中だから土日も休みでしょ? オレもだから、今日家に来ないかなって思って、誘いに来たっス」
「わざわざ来て頂いたのにすみませんが、今日はこの小説を読み切ってしまいたいのでお断りします」

 にべもなく断れば、大げさに嘆く黄瀬にこっそりとため息を吐いた。こうして断っては見たものの、柔和に見えるこの男は実は一回言い出したらなかなか引かない。自分も頑固だという自覚はあるのだが、中学時代からの知り合いには多少甘くなってしまっているらしい、彼のわがままは大抵の場合、数回断った後に渋々受け入れることが殆どなのだ。

「うちでも本くらい読めるっス」
「黄瀬君、邪魔してくるじゃないですか」
「黒子っち邪魔しても読み続けてるじゃないっスかー」
「……邪魔してる自覚はあったんですね」

 今日は親が旅行でいないから、気兼ねせずに読書が出来ること、自分がマジバまでお使いに走るから、外に出ずにバニラシェイクを飲みながら読書ができること、つらつらと必死で挙げる「黒子っちがオレの家に来るメリット」を説明してくる懸命さに、黒子が折れて首を縦に振るのは時間の問題であった。





 黄瀬の自宅にお邪魔するのはこれで三回目だ。一回目も二回目も日中の数時間、黄瀬の自室でDVDを見たり他愛無い話をして夕食前にはお暇する、至って健全な訪問だった。今回違うのは、彼の両親が在宅していないことだが、これまでの彼の振る舞いを見る限り、今日もそう変わらない訪問になるのだろう。
  片付いてはいるものの雑多な印象のある部屋は、彼の愛嬌のあるキャラクターにぴったりだと黒子は思った。床に物が置いてあったり雑誌が積み重なっていることはないのだが、例えば雑誌と漫画の単行本が一緒に本棚に入っていたりと、収納に気を使う性質ではないらしい。部屋に入った瞬間、黄瀬の匂いがして黒子はすん、と鼻を動かした。

「え、どうしたの? 臭かったっスか?」
「いえ、黄瀬君の匂いがしたので」
「え、」
「なんかこう、甘いのに清潔な匂いがします。臭くないですよ、ボクは好きです」

 黒子の一挙一動に一喜一憂する黄瀬が不安そうな顔をしていたので、素直にそう答えた。嘘をついてまで取り繕うつもりはないが、出来れば黄瀬には喜んで欲しい。それは、恋人と言うよりも、付き合いの長い友人への情に似ている、と黒子は思っていた。
 おろおろと眉毛を下げていた彼に言いながら笑いかけると、頭上の彼が息をのみこんだ音がした。

「……っ」

 黒子を見つめたまま動かなくなった彼に怪訝に思い、視線を合わせたまま小首を傾げて彼の名前を呼ぶと、不意に強く抱きしめられて呼吸が止まった。性急な仕草に驚いて反応出来ずにいると、背骨がきしむ程に強く掻き抱かれる。耳元で自分の名前を呼ぶ声は、含まれた甘さを隠そうともしていない。久しぶりの接触に知らずに高まる動悸に、黒子は慌てて声をあげた。

「黄瀬君、どうしたんですか」
「ごめん、黒子っち、ごめん」

 尚も黒子を抱きしめながら小さく震える黄瀬に、黒子はじんわりと温かい情を覚える。これが、自分の欠点なのだ。嫌だいやだと言ってみても、結局は黄瀬には強く言えない。身体は大きいのに、黒子に縋りつく彼はまるで子供の様だった。
 あやす様に背中を撫でると、急に身体が浮き、何事が起きたのかを理解しないうちに視界が反転して目の前には黄瀬の整った顔があった。背中には柔らかいタオルケットの感触、どうやらベッドに押し倒されたらしい。
 急に何だ、と口を開こうとした途端、その口を塞がれる。
 初めての感覚に、黒子は瞠目した。隙間から侵入してきた生温い舌は、まるでそれ自身が意志を持っているかのように黒子の咥内を蹂躙した。存外柔らかい唇の感触に呆ける暇もなく、ただひたすらに追い詰められていく。酸素を求めて口を大きく開けば、角度を変えて合わされる唇と、まるで全てを食べつくそうとしているかのような舌の動きに、背中が粟立った。口蓋を舐められて、腰が浮く。息苦しさに頭が真っ白になって、黒子は必死で黄瀬の背中を叩いた。
 ようやく離された唇の間を唾液が伝う。名残惜しそうに途切れるそれに見惚れている黄瀬を睨みつければ、熱に浮かされた目が切実さを持って黒子を見下ろしていた。

「な、にを、」
「ごめん、ごめんね黒子っち、オレずっと我慢してたんだ。黒子っちがオレのこと好きじゃないの知ってるから、好きになってくれるまでは触らないって決めてたんスよ。でもだめ、もう限界。好きな子がこんな近くにいるのに触れないのは辛いっス」

 明るい琥珀から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれて、黒子の白い頬に落ちる。次々と落ちるそれは、頬を伝い、唇の隙間から咥内へと入る。塩っ辛さに舌が痺れた。
 大きな子供の頭を撫でてやると、更に大粒の涙を零しながら黒子の上へ体重を預けてきた。肩口に顔を埋める彼の背中をさすりながら、頭を撫でた。熱い体温に、少しだけ安心する。

「黒子っちー、大好きっス」
「……はい」
「うぅ、したい、です」
「それは、すみません」
「うあああん、黒子っちぃ」

 髪の毛の間に指を差し込んでしがみつく彼の背中を尚も軽く叩く。泣いている黄瀬を見るのは辛い。黒子とて、出来ることならば彼の願いは叶えてやりたい。黄瀬のことは嫌いではない。それどころか、彼のひたむきさとチャラく見えてその実真面目で一途な所を好ましく思っている。だが、それはあくまで友情としての感情であって、恋愛はまた別の話だ。男同士で身体を繋げることなど、今の黒子にとって想像すらし難い未知の領域なのだ。
 身体を密着させている所為で、彼の股間が主張していることに気付いてしまい、黒子は居たたまれなくなった。彼はこんなにも自分を求めてくれるのに、黒子にはそれに応える術がない。
 ごめんなさい、と呟くと、涙でぐしゃぐしゃになった顔で黄瀬は言った。

「じゃあ、触ってくれるだけで良いから」
「触るって、」
「ここ」

 主張するそこを擦りつけられて、ひっと小さな悲鳴が出る。黒子とて思春期の男子だ、自分のものを慰めることだってある。拙いながらも、右手でゆっくりと追い詰めるようにして週に数度、処理をしている。だが、それが他人のものとなれば話は別だ。いくら顔が良くたって、ソコは見目麗しい、とはいかないだろう。
 そんなモノを握らされる心構えは、まだ黒子には出来ていない。

「や、だっだめです」
「なんで?」
「なんでって……手ですよ!? 感触思い出したら他の物も触れなくなります!」

 欲に浮かされた頭では、もうそのことしか考えられないらしい。黒子の言うことがうまく理解出来ないのか、黄瀬がこてんと小首を傾げる。同じ男だ、彼の気持ちもわからないではないのだが、感情と思考は全くの別物である。
 耳元にかかる熱い息と予想外の事態に、意識がぼんやりと現実味を失くしていく。

「じゃあ、足、足で良いから」
「は、はぁ!? 何言ってるんですか、頭おかしいんじゃないですか!」
「うん、おかしい。おかしくて良いから、ねぇ、黒子っち」

 お願い、と声を震わせて懇願する黄瀬に、黒子は視線を泳がせた。





言い淀む黒子を見て、それを了承と受け取ったのか、黄瀬は身体を起こしてベッドの下に座った。黒子をベッドに座らせると、優しい手つきで靴下を脱がせる。黒子の白い足の輪郭をそっとなぞるとそこに恭しく口付け、はぁっと熱い息を吐いた。

「っ、変態……!」
「黒子っちにだけっスよ」

 視線を逸らしてその場からの逃避を図るが、かちゃかちゃと金属音がして、見えていない所為でそれが余計に厭らしく感じてしまう。急いで閉めた遮光カーテンの隙間から射す西日が、現実感を薄くした。
 金属音とチャックを下ろす音、小さな衣擦れの音の後、足を持ち上げられ、直後に足の裏に熱くてぬめる何かを感じる。生々しさにびくりと肩が震えた。怖くて視線を戻せずにいるが、こっち向いて、と例の甘ったるい熱を孕んだ声でもって懇願されて、恐る恐る正面を見た。
 自分の足でちょうど見えないが、右足は確かに彼の股間の上に位置している。そして、熱さに身じろいだ動きに反応して呻く黄瀬から察するに、まず間違いなく、今黒子が踏んでいるのは、黄瀬の性器だ。
 両手で足首を掴まれて、強く押し付けられるとその形をより明確に感じる。

「ね、動かして?」

 もういやだ、こんなの絶対におかしい。早く終わらせてしまいたい。
 その一心で、乞われるままに右足を上下に動かせば、黄瀬が悲鳴をあげる。いつもは見上げる彼が、今は黒子に見下ろされて、しかも急所を踏みつけられて泣いているのだ。

「ん……はっ、あ」
「んっ……ぅや、だ」
「っ、黒子っち、好き、」

 黄瀬の長い指で、親指と人差し指の間を広げられて、彼の昂りに宛がわれる。とてもじゃないが挟みきれないその質量に眩暈がする。
指で挟んで上下に扱くと、先端から溢れる液体でどんどん滑りが良くなる。指に絡むその液体の温度に堪らなく羞恥心が煽られた。少し凹凸のある表面の感触に、粘りっ気のある液体を擦る音。次第に大きくなるにちゃにちゃと言う水温に、耳が侵されていく。羞恥で顔を真っ赤にしながら、それでも早く終わらせたい一心で足を動かし続けた。

「ん……黒子っち、もっと強くして、」

彼の願いに応じて、恐る恐る添えていた右足にゆっくりと力を込めると、足の下の猛りがびくんと震えたと同時に、彼が小さく呻いた。端正な顔は今はすっかり快楽に歪んでいて、生理的に零れ落ちる涙と、だらしなく半開きになった口元から流れ出る唾液でぐちゃぐちゃだ。どうしてこんなことになったんだろうか。こんな筈ではなかったのに。
黒子っち、きもちい、と上擦った声で囁く黄瀬に、ずくんと下腹部が重くなる。いやだ、こんなの普通じゃない。このおかしな空気に中てられているに違いない。
足の指の間を伝う液体が粘度を増す。より一層大きな音を立てながら、黒子は必死で足を動かした。これが終わったら、すぐに家に帰ろう。そうして、楽しみにしていたあの歴史小説を読むのだ。月曜日からは試験もある、勉強もしなくてはいけない。指に力を入れて、体重を傾けて彼自身をなぞる。

「っ、きせく、ん」

 名前を読んだ途端、黒子の右足に今までとは比にならない量の液体がかけられた。熱い感覚に、黒子は目を閉じて身体を震わせた。
 肩で息をする黄瀬自身が、足の下で小さく動いて、その質量を失っていく。青臭さに頭がおかしくなりそうだ。右足がべたべたして気持ち悪い。

「っ……、満足、しましたか」
「……、はっ、ぁ」
「黄瀬君、何か拭くもの、」

 下さい、と言おうとした言葉はしかし、発せられることはなかった。
 精液塗れの右足を持ち上げた黄瀬が、あろうことかその足を舐め始めたのだ。

「ちょっと……! 何してるんですか!?」
「くろこっち、くろこっち、」
「ひっ、あ」

 足の裏をべろりと舐められて、思わず声が出た。早く帰りたいのに、何をしているのだ、この男は。正気の沙汰とは思えない。狂ってしまっているのだ、この密室の青臭い空気の所為で。

「ごめん、やっぱり無理かも」
「なに、を」

 黄瀬の舌が円を描くようにくるぶしをなぞる。そのままふくらはぎを辿り、膝にキスされる。さっきから、小さな悲鳴と鳥肌が止まらない。
 霞み始めた視界の中で、少し前まで涙と唾液でぐちゃぐちゃに溶け切っていた顔が、今ではすっかり雄の表情を取り戻しているのを確認して、黒子は悟った。

「黒子っちのこと、ちょうだい」

 もう逃れられない、と。
 結局何だかんだ言って黒子は、黄瀬涼太のわがままには弱いのだ。



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