7話







「春原さん」
「え、えーっと赤葦くん?」
「はい。すみません部活中に」
「今休憩中だから」

そう言いながらも栞のスマートフォンにはミュージカルのワンシーンが映っていた。

「今お時間いいですか?」
「……うん」

その返事を確認して赤葦は教室に入った。

「あの、木兎さんのことなんですが」
「………」
「すみませんでした」
「いや、赤葦くんが頭を下げることじゃないよ」
「いえ、木兎さんのことを止められなかった俺にも責任はあります」
「…赤葦くん、木兎くんの保護者なの?」

栞はおもわず苦笑した。

「あのね、木兎くんすぐに謝ってくれたし、私その時返事できなかったけど、もういいから」
「え、」
「でも、ただちょっと今後関わるのはちょっと……。なので、私に話しかけてくるのはやめてくれるように言ってくれると助かる、かな」
「あの、俺から言うのも何なんですが、木兎さん、春原さんのことを、その、すごく思っていて」
「え、」
「だから、先日無理やりしてしまったことも、その気持ちが暴走してしまった結果と言いますか…。でも、だからと言って許される行為ではないですが」
「……赤葦くん、勘違いしてるんじゃないかな」
「え?」
「木兎くん、私のこと好きじゃないと思うの」
「……それはどうしてですか?」
「その、キスされて、びっくりして突き飛ばしちゃったんだけど、その時顔を見たら“やっちゃった”って顔してて、ごめん、って言われたの。それって、その場の空気に浮かされて何となくしたくなっちゃったのかなって」
「でもそれは春原さんだからで、」
「ううん。木兎くん、顔真っ青だったの。すごく後悔してるんだろうなって思ったし、私も、なんか私でごめんって思っちゃったし」
「春原さん」
「ほら、好きじゃなくてもキスなら出来る人もいるだろうし。でも、そういう気まぐれに付き合えるほど、私は器が大きくないから」

「木兎さんのこと、どう思ってますか?」
「どう、って」
「もう嫌いですか?」

「……私ね、一年の時から好きな人がいて」
「え、」
「その人は凄い人で、初めて見た時からキラキラしてたの」
「はあ」
「バレーに一途でね。実力もすごくて、全国で五本の指に入る、なんて聞いた時すごく遠くの存在なんだなあって思ったの」
「…...え!?それって、」
「ふふ、そうなの。実は木兎くんのファンで」
「そ、そうだったんですか」
「うん。でも私が関われる人じゃないと思ってたし、見てるだけで良かったの。だからあの日も、…演劇部が体育館借りた日ね。あの日私すごく緊張していて」
「……木兎さんがいるから、ですか」
「そう、だから話しかけられた時、奇跡だと思ったの。あの日から廊下ですれ違う時に話しかけてくれるようになったし」
「そう、だったんですね」
「だからこの間も私の歌が聞きたいって言ってくれて嬉しくて。その、キスされたのも、別に嫌じゃなかったの。びっくりは、したけどね」
「……」
「だからあの後、“ごめん”って言われてちょっとでも期待した私が馬鹿みたいで」
「あの、あの時は木兎さんもテンパっててうまく言えなかっただけだと思うんです。だから、改めて木兎さんから話を聞いて貰えませんか」
「うーん……」
「もう一度、話してもらえれば木兎さんの真意がわかると思うんです」
「真意、かあ」

「……うん、分かった。今度一度ちゃんと話しを、……」

不自然に途切れた言葉に赤葦は首を傾げた。

「春原さん?」
「……やっぱり、赤葦くんの勘違いじゃないかな」
「え?」

赤葦は自分から少しズレたその視線を追い振り返ると窓から中庭が見えた。

「……あ、」
「ね?」

中庭の大きな木の下に木兎がいた。それだけなら問題ないのだが、木兎はその傍らにいる女子生徒を抱きしめていた。赤足もフォローができないのか口を噤んでしまった。

「なんかごめんね」
「春原さんが謝ることじゃ、」
「ううん。赤葦くんに変な気つかわせちゃったみたいだし」
「いえ、そんな……」
「あ、あとさっきの話忘れて」
「え?」
「木兎くんと話す、ってやつ」
「でもっ、」
「また私、調子乗っちゃったね」

恥ずかしいな、と言う栞に赤葦は何も言えなかった。

「ごめん赤葦くん、私今から集合練習だからもう行くね」
「……はい」

教室から出ていく栞を赤葦は見ていることしか出来なかった。


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