形を変えた関係




委員会の仕事を終えて、約束した通り匠海くんを校門の近くで待っている時だった。

「…栞?」
「……はじめ」

どうしてこう、はじめを忘れよう忘れようとしているタイミングではじめと顔を合わせるのだろう。

「お前なにしてんだ」

もう遅いぞ、と父親のようにぼやくはじめから視線を外した。

「人を待ってるの」
「……早く帰れよ」
「もうすぐテニス部終わるから、そうしたら一緒に帰るの」

そこまで言ってハッとした。はじめには匠海くんのことを言っていない。急にテニス部の話をしたら不自然に思われるだろう。

「えーっと、」
「……アイツのこと、好きなのか」

急にそんな事を聞かれて、私の心臓は嫌な音を立てたけれど、それを無視した。

「アイツ、って?」
「田崎、だろ」
「…はじめに関係ない」

匠海くんのことをはじめに知られていた。その事実に心臓が痛い。匠海くんとは校内でも一緒にいることが増えたし、徹にも言ってあったからいずれ知られるだろうと覚悟はしていたのに。
早く立ち去って。徹でいいからはじめを連れ去って。そう願いながら待つけれど、はじめが動き出す気配はなかった。私は今、はじめと距離をとることでしか自分を保てないのに。

「はじめこそ、早く帰りなよ」

ふい、とテニス部の部室の方に視線を向けた。電気が着いていないところを見ると、まだテニスコートで部活に励んでいるようだ。

「今からうちに来い」
「……は?」

突拍子もないはじめのその言葉に、私は目を眇めた。

「お前の家でもいい」
「…なに言ってるの?」
「いいから」

少しだけかさついた大きな手が私の手首を掴んだ。

「わ、私は匠海くん待たなきゃだし」
「今日は断れ」
「やだよ、離して」
「……今日だけでいい」

弱々しくそう言ったはじめに、私は目を見開いた。ずるい。ずるいよ。そんな目で言われたら、私は抗う術なんて持ち合わせていない。

「…………わ、かった」

その場で匠海くんには断りのメッセージを送って、はじめの後ろを着いて行く。道中は終始無言で、いつものように少し早足で歩くはじめに、頑張って追いつきながらも、なんとなく懐かしさを覚えた。
匠海くんと歩いていても、歩くの早いななんて思うことはなかった。それは、多分匠海くんが私の歩くペースに合わせてくれていたからで。
今ははじめといるのに匠海くんのことを考えている。これじゃ今までと逆だ。私は、何がしたいんだろう。

「おい」
「…うん?」

気づけばはじめの家の前に立っていて、はじめが玄関を開けるところだった。

「とりあえず部屋で待っててくれ」
「……うん」

私の返事を聞いてはじめはドアを開けた。

「ただいま」
「…お邪魔します」

靴を脱ごうとしているとダイニングから、はじめのママが顔を出した。

「あら栞ちゃん久しぶり!」
「おばさん、こんばんは」
「栞ちゃんご飯どうする?」

ニコニコとそう聞いてきたおばさんにいつものように返事ができたらよかったのだけれど。

「あ、えっと、」
「食ってく」

横からそう答えたはじめの顔をまじまじと見てしまった。おばさんは嬉しそうに頷くとキッチンの方へ戻って行った。はじめは体操着や部活で使ったタオルを洗濯機に入れるために洗面所の方に行ってしまった。私は“いつも“のように、勝手に二階に上がり、はじめの部屋に行く。
久々に入るはじめの部屋は全然変わっていなくて、なんだか拍子抜けした。そりゃこの数ヶ月で変わっている方が驚きだけど。
扉を閉め、部屋を見渡す。“いつも“なら、バッグをその辺に置いてはじめのベッドにダイブしていた。でも流石に、今この状況でそんなことをする度胸はなくて。
扉の前に立ち尽くしていると急に扉が開いて、ドアノブが背中を強打した。

「いった!」
「え、あ、悪い。…ってお前、なんでそんなとこにいんだよ」

それはそうだ。はじめだってまさか私がドアの近くに立ちっぱなしでいるとは思わないだろう。

「いや、なんかどこにいたらいいのかわかんなくて」
「……とりあえずそこ座れ」
「…うん」

私ははじめが指さした通り、ベッドに背を預けるようにラグの上に座った。私の正面にはじめが座る。

「あのさ、」
「うん」
「その、………」

しばらく何も話さないはじめに違和感を覚えながらも、私から何か言うのも違う気がして黙っていた。
すると、はじめは深いため息をついた。

「……お前、アイツと付き合ってんのか」

その言葉に驚いてはじめを見れば、胡座の上にのせた自分の手を見ている。こちらに視線を向ける様子はない。

「……なんでそんなこと聞くの」
「なんで、ってなんだよ」
「はじめには関係ないじゃん」
「……」

黙り込むはじめに、私は淡々と続けた。

「今は付き合ってないけど、多分近い内に付き合うことになると思う」

その言葉に、はじめがバッと顔を上げた。

「好きなのか、アイツのこと」

その言葉に一瞬言い淀んでしまったが、すぐに返事をした。

「…うん、好きだよ」

声が、少しだけ震えてしまった。

「だったらなんでそんな顔してんだよ」
「そんな顔、って」
「泣くなよ」
「な、泣いてない」
「嘘ついてどうすんだよ」

そんなの私にもわかってる。だって頬に生暖かい感覚があるから。私はそれを袖で拭った。こちらに伸ばしかけていたはじめの手は、見えていたのに知らないふりをした。

「アイツとは付き合うな」

はじめのその言葉にカッとなった。

「…っ、なんでそんなこと言うの!?はじめには関係な、」
「関係あんだよ」

そう言って私の手を掴んだはじめを見つめた。

「は、…なに言って」
「お前が、その、…誰かと付き合うのは、困る」

はじめのその言葉に私は混乱した。

「なんで…、なんでそんなこと言うの?私ははじめを忘れたいのに」
「栞」
「もうすぐなの。もうすぐはじめのこと、ちゃんと忘れられるの。私すごく頑張ってはじめじゃない人を好きになろうとして…、徹とはじめ以外の男の人を名前で呼ぶようになったんだよ。でもまだダメなの。色々、はじめと比べちゃって…、けどね、本当にあとちょっとなの。私、頑張るから。はじめのことちゃんと、諦め、」
「もういいから」
「……なんにも良くないよ…」

私がそう言うと、はじめは私の頭に手を乗せた。

「もう頑張る必要ねえんだ」
「なに、言ってるの、…ダメだよ、私ちゃんとしたいの。そうじゃなきゃ、私…」




「好きだ」





はじめの声が耳に届いた。届いたその言葉は、私がずっとずっと望んでいた言葉だった。

「お前のこと、好きだから」

けれど私は、そんな言葉をすんなり受け入れられるほど素直ではなかった。

「そ、そんなの嘘!」
「はあ?嘘じゃねえ」
「突然そんなこと言われたって、信じられない…」
「なんでだよ」

ため息をつくようにそう言ったはじめに、私は不貞腐れた表情を隠すこともしなかった。

「だって、そう言うふうに私のこと見れないって言った」
「そ、れはそうだけど、今は違う」

気まずそうにそう言ったはじめに、私は口を開いた。

「……はじめ、私とチューできる?」
「は!?」

そのはじめの反応に私は泣きそうになった。

「ほら、出来ないんじゃん!それは好きとかじゃない!はじめのその気持ちは情って言う、む…!?」

急に引き寄せられた、と思えば、後頭部に回る大きな手に意識がいく。
唇に触れる感触に、頭が追いつかない。目の前にははじめがいて、私と顔がくっついている。

はじめとキス、してる。

全然ロマンチックじゃないし、強く押し付けられた唇はカサカサしてる。
グッと押し付けるだけのキス。いち、に、さん、と数えたところで唇が離れた。

「……っは、」
「キス、できただろ」

唇を離して直ぐに、イタズラが成功した子供みたいにはじめは笑った。

「……できるならできるって、先に言ってよ」

他に言いたいことは沢山ある。なのに口から出たのはそれだった。

「言ったところでまたどうせ信じねえだろ」
「…うん」
「これでわかっただろ。俺はお前のこと、」
「なんで?」
「は?」

私は初めへの思いを拗らせてしまったせいで、どうにも訳が分からなかった。

「どうして私のこと好きなの?」
「どうしてって、……」

黙り込むはじめを私はじっと見つめた。

「……妬いた」
「え?」
「お前が俺から離れて、他の男といるのが嫌だった」

はじめの言葉に思わずキョトンとしてしまう。

「…匠海くん?」
「ああ」

気まずそうに目線を外したはじめに、私はゆっくりと口を開いた。

「……はじめ、本当に私のこと好きなの?」
「だからさっきから何度もそう言ってんだろ」
「あれだよ?幼馴染だからとか私が可哀想だとかそういうのはナシだよ」
「ああ」
「……ほんとに?」
「しつけえ」
「じゃあもう一回ちゃんと言って」

じっと見つめれば、はじめは静かに口を開いた。

「……お前のことが好きだ」
「そんなこと言って後悔しない?」
「しねえ」

力強くそう言ったはじめに、私は泣きそうだった。私はそれを隠すかのように、はじめの袖をつかんだ。

「……私、そんなこと言われたら、はじめのこと一生離す気ないよ」

私がそう言えば、はじめは一瞬キョトンとした顔をして、すぐに右の口角を上げた。

「上等だ」


形を変えた関係
初恋の、終着点
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