夢か幻か







天童くんの容赦のない提案により合宿所の駐車場に引き摺るようにして連れてこられた私のテンションは地に落ちていた。

「よーし、みんな集まったネ!」
「集まってない」
「え?集まってますよ」
「五色くん黙って」
「えっ」

珍しく不機嫌な私に、五色くんは白布くんの後ろへと退いていった。

「じゃあ肝試しのペア決めなんだけど

さも当たり前かのように話を進める天童くんに口を挟んだ。

「待って天童くん、本当にやるの?嘘でしょ??流石に冗談だよね??」
「え?白鳥沢の夏の恒例行事だよ?」
「恒例って辞書で引いたことある???一年の時も二年の時もなかっ、」
「合宿所の裏山の散歩コースがオススメだって管理人さんに聞いてさー、」
「えっ無視!?ねえ無視なの!?!?」

天童の腕を掴み揺すりに揺すった。天童くんはガクガクと体を揺らしながらも喋るのをやめない。

「裏山の山中に枯れ井戸があるんだって。そこで折り返すコースね!」
「もうやだ……」

頭を抱える私にみんなが苦笑しているのがわかる。

「折り返すと言ってもUの字になってるから一本道だよ!と、言うことで!お昼の時にこっそり準備してきました!」
「……準備?」
「うん。覚特製手作りお札を置いてきたよ」

そう言ってこちらにウインクをして星を飛ばしながらピースする天童くんをドン引きしながら見つめた。

「ばっっっかじゃないの!?」
「春原さん怖……」

大きな声を出した私に川西くんがボソッと呟くのが聞こえる。

「天童、仕事が早いな」

わか、そうじゃない。

「でしょー!はいこれペア決めのくじ!」
「それももう作ってあるのか」
「もっちろーん!」

割り箸で作られたくじをずいと目の前に差し出されて、私は最悪の展開を想像してしまった。

「待って私天童くんとペアになったら生きて帰って来れる気がしない」
「うーん、失礼!」

げらげらと笑う天童くんを睨む。みんなも他人事だと思って笑いながらこちらを見ている。許すまじ。

「栞」
「ん?」
「俺と行こう」
「「「え」」」

みんなの声が揃う。私はわかの提案に目をぱちぱちとさせてしまった。

「いいか天童」
「いいよ」
「えっ」
「ほらほら、残りのメンバーはくじ引いてね」

え?いいの?いや肝試しは死ぬほど嫌だけどわかと行くのは心強い。天童くんの数億倍は。みんながくじを引く姿を見ていると隣から声をかけられた。

「栞」
「なに?」
「お前が極度の怖がりだということは知っている」
「うん」
「俺がそばにいるから安心しろ」
「……うん」

わかも大きくなったなあと変な親心で感心していると天童くんがにこにこしながらこちらに向かってきた。

「青春してるねー!」
「天童くんうるさい」

そうこうしてる内に全員ペアが決まり、順番に出発していった。三分の間隔をあけてみんなどんどん歩いていく。最後が私たちの番だ。いや無理。道の先は真っ暗で、こんな山道を懐中電灯一本で歩くなんて狂気の沙汰だ。

「うう……」
「行くぞ」
「ま、待って!」

なんの躊躇もなくずんずんと進んでいくわかのジャージを掴む。

「栞、ジャージが伸びる」
「ご、ごめ……」

パッと手を離すと、その手を掴まれた。そのままするっと手を握られる。

「こっちの方がいい」

少し固い皮膚が私の手を包む。躊躇う様子もなく進んでいく彼にこれが同じ人間か……?と思いながらも、繋がれた手にこれなら怖さよりもドキドキが勝って意外と大丈夫かも、と思った。五分ほど歩いてそろそろ枯れ井戸が見えてくる頃だろう、そう思った瞬間、ガサッと近くの茂みで大きな音がした。

「ひいいい!!!」

反射で彼に飛びついた。繋いでいた手を離して、目の前にいるわかに無我夢中で縋り付く。私に腕ごと抱きしめられている彼は特に動じた様子はない。茂みの向こうで変な音がしたのに。私が抱きついてるのに。

「栞」
「……」
「これだと歩けない」
「歩かなくていい。もう帰る」

ぎゅっと目をつぶって彼の声に集中する。初夏のじめじめとした空気の中、真っ暗なこの場所ではほとんど音なんてしない。

「札を取りに行くにも折り返すにも歩かないとどうにもならないんだが」
「やだ。私もうここから動けないもん」
「ここまで来たなら枯れ井戸まですぐだ」
「札なんていい!もうやだ……私死んじゃう」

彼の腕にぐりぐりと額をこすりつける。ダメだ、もうパニックだ。天童くんには謝って無理だったと言おう。笑われてもいい。もうどうでもいい。怖い。無理なものは無理だ。涙で頬が濡れていくのがわかる。

「ねえわか、私もう本当に無理なの」
「……お前が泣いているのを見るのは久しぶりだな」
「そんなの今言わなくてもいいでしょ!もう帰るの!」
「栞」
「やだやだ、もう戻、」

戻ろう、と言おうとした時だった。暗い中でも自分の顔に影が落ちたのがわかった。

「……わか?」

彼が腕に力を入れたせいで私の拘束は解けた。何も言わない彼に視線を合わせようとすると顎をすくわれた。目の前に彼の顔がある。そんなに私の泣き顔が見たいのかと睨もうとすれば、声を上げる間もなく唇が塞がれた。
自覚した瞬間、鮮明にその感触が脳に届く。
目の前の彼は、目をつぶってるのかつぶっていないかも分からないくらい近い。
え?私、わかに今、キスされてる。キ、ス。
私と彼は幼なじみ、のはずで。私と彼は、キスをするような間柄ではない、はずで。押し付けられている少しカサついた唇を受け入れることしか出来なくて、私はただただ立ち尽くしていた。

「栞」

どのくらいの時間だったのかは分からない。名前を呼ばれてハッとした。彼は一歩離れたところに立っている。あれ、いつ離れたんだろう。それに気づかないほど放心していた。

「行くぞ」
「…………うん」

あれ?もしかして私はあまりの恐怖に幻覚を見たのだろうか。あまりにも普通に目の前を歩く彼に、不思議な気持ちになる。
どうしてキスなんてしたの、そう聞けたらどんなにいいだろうか。
私は恐怖なんてどこかに置いてきてしまったようで、ずっと彼の背中を見ながら足を動かし続けた。少し歩いて、彼が枯れ井戸にあるお札を回収して、そして私たちは合宿所に戻った。そう、何事もなく。

「天童、お札だ」
「おー!若利くんおかえり!栞ちゃんも!」
「うん」
「どうだったー?怖かった?」

ニヤニヤした顔でそう聞く天童くんに真顔で答えた。

「うん、怖かったよ」
「え、どうしたの?」

何かあったの?と聞く天童にわかは何も、と返事をしていた。
何も無かったんだ。何も。
つまりあれは私の都合のいい妄想?怖すぎて現実逃避したのかも。でも、唇にほんの少しだけ残る感触はやけにリアルだ。心ここに在らずで、頭が回らない。

「栞ちゃん栞ちゃん」
「うん?」
「楽しかった?」
「うん」
「「「えっ」」」

いま頭を働かせてしまうと良くない気がしてとりあえず生返事をした。なんだか周りの反応が気になるけど、今は私はそれどころではない。

「春原何かに取り憑かれたんじゃ…!」

そう騒ぐみんなを置いて私は部屋に戻り、シャワーを浴び、床についた。
布団を被り、唇に指を寄せる。
私たち、本当にキスした?だとして、わかはなんでキスしたの。私はあの時物音に驚いてめそめそと泣いていたことしか覚えていないし、他には何もなかったはずだ。キスをするような甘い雰囲気なんてなかった。
やっぱり夢だったのかも、ともやもやを抱えたまま眠りについた。


夢か幻か
現実でなければ、どっちでもいい
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