初めての記念日



「春原!」
「宮地くん、どうしたの?」

朝のホームルームが終わってすぐ、宮地くんが私の席に来た。

「お前週末の握手会行くよな?」

宮地くんのその言葉に私は全力で頷いた。

「うん、行くよ!そのためにCD買いまくったし!宮地くんは?」
「いや、俺も行く予定なんだけど部活が入っちまって結構ギリギリでさ」
「えっ、そうなの?それは大変……」

推しに会う日に他の予定が入るなんて最悪だ。でも学生である以上、部活は最優先事項なのだろう。帰宅部の私には縁遠い話だけど。

「でさ、朝から並べなくなったからグッズを代わりに買っておいて欲しいんだけど、頼んでいいか?」
「全然いいよ!LIИEでリストにして送って〜」

確かに握手会の時間ギリギリに来るのならばグッズも買うのは大変だろう。あんまり遅いと売り切れも出ちゃうし。どうせ私は朝から並ぶんだし、と快く引き受けた。

「マジ助かる。あ、上限まで買う物とかある?」
「ううん、今回は全部一個ずつの予定。あ、トレーディングのやつは上限まで買うかも」
「りょーかい」
「でも多分暇だから周回もできるよ」
「いや、取り敢えずは大丈夫だ。金は明日渡す」
「はーい」

私の返事を聞くと宮地くんは自分の席へと戻って行った。その日の夜宮地くんから物販のリストが送られてきたので確認して自分のリストと見比べて笑ってしまった。

「……全部一緒だ」

まあ推しが同じなのだから同じになってしまうのは必然なのだが、ちょっぴり嬉しかった。











握手会当日。私は推しに見られても大丈夫なように、可能な限りオシャレをした。ちなみにトップスは以前みゆみゆが着ていたものの色違いだ。
始発で会場に行き、物販の列に並んだ。相変わらず男性が多いが推しのために頑張って並んだ。数時間かけ物販を制覇し、会場から少し離れたカフェに入った。アイスティーを頼み、一息つく。周りも同じイベントの参加者ばかりのようだ。アイスティー片手にSNSを開き、トレーディンググッズの交換状況を調べる。あ、この人みゆみゆ出してる。リプ送ろう。会場で開封は済ませたもののまさかの推しは引けずじまいで悲しみに打ちひしがれたが多分交換は決まるだろう。
そうこうしている内にイベントの開始時刻が迫っていることに気づき、店を出て会場へ戻った。
SNSで交換を約束した人と会い、目当てのグッズは全て揃った。ついにメインイベント、握手会だ。会場に入り、推しの列に並ぶ。今から数十秒でこの気持ちを伝えきらねばならない。いつも無理だけど。言いたい事の半分も言えずに終わってしまう。こればかりは何度体験しても緊張する。
自分の順番が来て、衝立の向こうへと足を進めた。













半ば放心状態で会場を出た。今回はここで死んでもいいと思えるイベントだった。なんだか夢見心地で、会場の外にあるベンチにへなへなと座り込んだ。
バッグの中でスマホが震えていることに気づく。通知を見れば宮地くんからだった。何とか間に合って、今から列に並ぶという連絡だった。
グッズも渡さなくてはいけないし、このままここで待つことを伝え、画面を閉じた。
しばらくすると「今から行く」という連絡が来たので、分かりやすいようにベンチの前に立った。
会場から出てくる人が多いので宮地くんを見つけられるか心配だが、女性は少ないから宮地くんの方が先に見つけてくれるかもしれない、と思っていると、遠くに綺麗なハニーブラウンの髪が見えた。

「春原!」
「宮地くん、お疲れ様」
「いやマジ部活の後ダッシュしたからいつもの倍疲れた。でもやっぱり俺たちの推しはいつ見ても最高だな……」
「今日も可愛かったね!毎日可愛いなんて本当に意味わかんない……」
「なんだそれ」

二人でベンチに座り、私は宮地くんにグッズを渡そうと袋を手に持った。宮地くんの顔がいつもより少し赤い気がする。イケメンも推しを前にしたらやっぱり興奮するんだな、と思いながらグッズを差し出した。

「はいこれ、宮地くんの分」
「おお、わりいな」

嬉しそうに受け取る宮地くんに私も微笑んだ。

「ううん、頼まれてたやつは全部買えた、から、」

何故か途中から声が出にくくなった。なんでだろう。

「おおサンキュ、…って、は!?お前なんで泣いてんの!?」
「へ?」

泣いてるって何、と思いながら頬を触ると本当に濡れていた。

「ほんとだ……」
「何かあったのか?男ばっかりだったし何かされたのか!?」

これはあらぬ誤解を招いている気がする。違うんだよ宮地くん。

「ちがうの」
「はあ?じゃあなんで…」
「みゆみゆが、」
「は?みゆみゆ?」

首を傾げた宮地くんに、私は口を開いた。

「…みゆみゆが、私の事覚えててくれたの」
「…………は?」

その反応も分かるよ。私も最初そうなったもん。

「握手するためにブースに入ったら“いつもの女の子だ!”って言われて、」

そう言えば宮地くんの目がみるみる丸くなった。

「……すげえ」
「前に話したことも、覚えててくれて、」
「すげえ」
「今日の服も色違い着てるって気づいてくれて、」
「すげえ」
「それで、最後に名前聞かれた」
「すげえ」
「次会う時は絶対覚えてるからね…って……」

ううっ、と声が漏れてしまう。本当にあまりに嬉しすぎて未だに信じられないのだ。

「それは……泣くやつだな」
「でしょ……、宮地くんの顔見たら安心して泣けてきた……」
「ああ、思い切り泣け。今日は春原の認知記念日だな」

認知とはこの界隈では「推しに覚えてもらうこと」を指す。まさかそんな事が自分の身に起こるなんて思ってもみなくて適切な感情が分からない。

「これが認知……嬉しすぎて死ねる……」
「気持ちはわかるが死ぬな」

ずびずびと鼻をすする。イケメンの前で申し訳ないと思うけど許して欲しい。多分、宮地くんなら気にしないだろう。別に私の事女としてみてるわけじゃないだろうし。
ふ、と頭に重みを感じた。顔を上げると宮地くんが私の頭に手を置いていて私の顔に影が落ちた。イケメンだとこういうことサラッと出来るんだな、と思いながら、他人事のようにぽんぽんと優しく触れる宮地くんの手を頭で感じていた。その心地良さに宮地くんへの小さなサプライズを思い出した。


「あっそうだ、宮地くんこれあげる」
「なんだ?」

バッグをガサゴソと漁り、それを取りだした。

「……これって…、今回のトレーディングキーホルダーのみゆみゆじゃねえか!」

バッと顔を上げる宮地くんにそのまま差し出した。

「交換とかして何個か手に入れたからひとつあげる」
「いいのか?」
「うん。今日部活頑張った宮地くんにごほーび!」

そう言って目元を少し腫らしたまま笑いかけると、宮地くんが顔を少し赤くして微笑んだ。そんなに喜んで貰えるなら同担として本当に嬉しいです。


初めての記念日
「みゆみゆに出会えてよかった……」
「……俺もそう思う」

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