いま来むと 言ひしばかりに 長月の

─会いたい

午前一時を過ぎたというのに、私はその四文字を彼に送り付けた。彼はとても忙しい人だ。既読もつかず、朝を迎えるだろう。そして、明日のお昼頃返信が来るに違いない。いつもそうだから。
そう思っていると、ピロンという明るい音で通知が鳴った。だらんと寝そべっていたソファーから飛び起きた。まさか。画面に映る“零”の文字に顔がにやける。
向こうからは見えもしないのに乱れた髪を手櫛で整え、通知を開いた。

─今すぐ行く

送られてきたそのたった五文字に心が弾んだ。だるだるにゴムの伸びきった部屋着と穴のあきかけている下着を脱ぎ捨てた。そして先日一目惚れして買った下着をつけ、お気に入りのモコモコのルームウェアに着替える。お風呂上がりに化粧水しか付けていなかったすっぴん顔も、薄目の化粧をして彼を迎える準備をした。彼が来るまで起きていなくてはと、ホットミルクを入れた。一口飲むと思ったより熱くて、マグカップをテーブルに置いた。
テレビをつけてもこんな時間じゃ見たいような番組もなくて、でも彼が来ると思えばいくらでも見てられた。しかし、1時間経っても彼は来ない。もしかしたら連絡くれた時はまだ職場だったのかもしれないし、もう少し待とう。そう思っていると、テレビも放送休止画面か通販番組しか映さなくなってしまった。こんな時間だし、何か見ていないと起きていられない。録画してあった洋画を再生した。再生してから気づいたが、本編は英語で日本語字幕のものだった。吹き替えじゃない。まあその方が頭も使うし、目も覚めるだろう。それに彼が来るまでだし、とそのまま見続けた。


気づけばエンドロールが流れていた。うとうとしてしまったらしい。肩にかけていたブランケットも落ちてしまっている。急いで周りを見渡しても彼はいない。時計に目を向けると四時を回っていた。スマートフォンの画面を見ても通知は来ていない。
そのままソファーにもたれかかり、スマートフォンを握りしめる。テーブルの上に乗っているホットミルクもとっくに冷めてしまっていて飲めたものではない。

わかっている。彼が忙しいってことくらい。警察官だってことしか知らないけれど。私たちのルールはひとつ。

「外で彼の名前を呼ばないこと」

彼が忙しい身なのは分かっているし、縛り付けるようなルールは作りたくなかった。私もそれでいいと思っていた。でも彼から一つだけ、と頼まれたのがこれだ。
理由は知らない。
でも、わたしの身を守るためと、捜査に影響が出ないように、ということらしい。彼は私の前で仕事の話はしないから、なんの捜査かも分からない。でも名前を知られたくないというのは、かなり危険な仕事なのだろう。
デートの途中にいきなりいなくなることもある。一緒に寝たはずなのに朝起きたらいないことの方が多い。誕生日や記念日に何かを計画しても無駄になることも少なくない。
それでも良かった。でも、今は貴方の名前を呼びたい。そのまま腕の中に閉じ込めてほしい。
そう思っていると、窓から日が差してきた。重たい体を起こし、ベランダに出て空を眺めた。朝日がゆっくりと昇り、街に光がさす。
そこには薄らと消えそうな白い月が出ていた。まるで太陽に消されないように空にしがみついているようだった。


有明の月を 待ちいでつるかな
来るって言ったじゃない


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