難波潟 みじかき葦の ふしの間も

朝、目が覚めて右側に手を伸ばした。そこには人肌に温まっていない空間があるだけ。昔の癖でベッドの片側に寄って寝てしまうのだ。右に彼がいるかのように。

スモーカーと“会えない”ことは覚悟していた。
仕事人間だってことは、出会った時から分かっていた。危険に身を置いていることも知っていた。
彼の階級がどんどん上がり、G5支部に配属されてからは更に輪をかけて仕事漬けになっていくのが目に見えてわかった。
ローグタウンで出会った頃が懐かしい。彼について行ってグランドラインに入り、マリンフォードに部屋を借りた。少し迷惑そうな顔をしながらも一緒にベッドを選んだり、私が勝手にマグカップをお揃いにしたり、会えない時間が多くても楽しかった。彼との時間が詰まったこの部屋は、私と彼の宝物で、離れられない場所だと思っていた。

でも今、ここにいるのは私だけ。

貴方は私に一言の相談もなく、新世界に行くことを決めた。私を置いていく、ということも。
貴方と住んでいたこの部屋も、一人では広すぎる。船の上で過ごす時間が長い貴方は、元々モノが少ない。葉巻以外は最低限の物しか持たない主義なのだろう。だから、貴方がいない時間が増えるにつれ、私の物が自然と増えていく。私と彼の場所だったのに、今では私だけの場所だ。
この部屋に、彼の面影は二人で選んだベッドだけ。マグカップは、この間落として割ってしまった。右手の人差し指の傷が痛い。

新世界に入る前までは、それでも仕事の隙間をぬって会いに来てくれた。貴方が昇級した時は絶対にお祝いをしていた。あなたは不本意そうな顔をしていたけれど、めでたいことに代わりはない。貴方の好きなものをたくさん用意して、お酒も奮発した。
たまのお休みには、普通の恋人たちのように買い物に行ったり、気になっていた映画を観に行ったり。

でも今は。
ここに向かう時間すら惜しいのだろう。わかってる。彼は仕事がすべてなことくらい。わかっていてこの関係を続けているのは、私なのだ。

ほんの一瞬でもいいから顔を見たい。そう思う瞬間が毎日毎秒のように連なる。触れたいなんて贅沢なことは言わないから。声が聞きたいなんて思わないようにするから。貴方が電話苦手なの知ってるもの。だったら喋らなくていい。
ほんの一瞬、一目でいいから会いたいだけなの。

でも貴方はそんな短い時間ですら、会いに来てはくれないのよね。


逢はでこの世を 過ぐしてよとや
このまま一生過ごせと、貴方は言うの?


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