住の江の 岸による波 よるさへや

コムギ島の街から離れた海沿いの家に私は暮らしている。ハクリキタウンの外れのここにはほとんど人が来ない。そう、来るとしたら彼だけ。
カタクリ様はとても忙しい方だからなかなか来てはくれない。恋人の元に来る時間くらい、定期的に作ってくれてもいいのに。と思ったところで、気分が落ち込んだ。
彼は私を時々抱きに来るだけで、恋人と呼べるのかどうか。私が拒まないだけで、拒んだらこの関係は一瞬にして無くなるのではないだろうか。それかもしくは彼を怒らせて殺されるとか。彼との出会いは本当にたまたまで、あとは強引に、という感じだったけれど、私も彼に出会い、好きになるのは至極当然のことのように思えた。
はっきりと告白されたわけじゃない。
それに私たちの関係は彼の立場上、明るみにしても有利に働くことはないだろう。彼は万国の王位継承権を持つ人なのだから。その辺の何処の馬の骨どころか出自もわからない人間と添い遂げるとこはないだろう。流れ流れてここに来た私と彼は出会うべきではなかったのかもしれない。
窓を開けると、湿った潮風が部屋に流れ込んだ。

待てど暮らせど、彼は来ない。

それはいつものことだった。何度も言うけれど、彼は忙しくそれなりの地位にある人なのだ。彼にとってもタイミングがあるのだろう。人に知られたくないだろうし。ただ、こういう日々があまりに続くと、彼は私のことなんてとっくに忘れてしまったのではないかと思う。私には、待つことしか出来ないというのに。しっとりとした潮風が頬や腕を撫でる。



「ソフィア」

彼は私が扉を開けると、必ず名前を呼ぶ。その瞬間が好き。この世の幸せを全部詰め込んでもこの瞬間には勝てない。
私の家は、カタクリ様には小さすぎる。その為、家の隣に彼と過ごせる寝室がある。彼が用意してくれた。彼と過ごす夜しか、その部屋には入らないようにしていた。普段からその部屋に入ると飽きることもなく彼のことをずっと考えてしまう。でも、今日くらいあの部屋で過ごしてもいいだろう。

今日は私と彼が出会った日、なのだから。







扉を開けて中に入る。見慣れた部屋なのにどこか寂しい。そのまま大きなベッドにぽすんと倒れ込んだ。少しだけ、彼の匂いがする。

「……カタクリ様」

呟いた呼び掛けはそのまま消えた。答えてくれる人はいない。
私のことなんて、忘れてしまったのだろうか。
待つことしかできない自分に苛立つ。でも、私から会いに行くことなんてあってはいけない。
ベッドの上で寝返りを打つと、外から静かに波の音が聞こえてきた。崖に向かって打ち付ける波の音が寄せては消える。私の想いも押し寄せる波のように、際限を知らず募っていく。
貴方とキスをするのにすごく時間がかかったこととか、私が初めて貴方に作った料理が一口で終わってしまったこととか、一緒に寝ている時に貴方が大きいから熊と寝てるみたいだなって思ってたこととか、全部がこぼれ落ちそうになる。
それなのに貴方は人目を忍んでいるのか、夢の中にすら来てくれない。


夢の通ひ路 人目よくらむ
もう私への想いなんて、ひとつもないのね


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