18.寂しさの底にて泳ぐには

森に向かって走る。森の中に入って、ひたすら前へ前へと進めば国道に出るとザンザスが教えてくれた。そこでルッスーリア達と合流だと。
背中を押される様に、庭へ出た。このドレス一枚では寒いかもしれない。明りの無い森へ吸い込まれる様に私は入って行った。屋敷の暖かな明りが私には燃えているように見えた。

走りながら、あの青年を思い出す。
私に話しかけてきた時からこれが目的だったんだろうか。彼の兄はザンザスによってボス候補の座を奪われたという。その事を恨んでいるみたいだ。だから友達になれなかったのか。

空にはどんよりと重苦しい雲がかかっていて、今にも雲自体が空から落ちて押しつぶされそうだった。また、本当に国道に出れるのかと私を不安にさせる。


『9代目と彼は似ていないと思いませんか?彼が、血の繋がっていない子供だとしたらどうしますか?』

聞いた事も思った事もない話だった。
ザンザスは否定もしなければ肯定もしなかったし、私の視線にも何も答えなかった。
もし、本当に血がつながっていないとしたら彼はどんな気持ちで話を聞いていたのだろう。

『あの子は難しい子でね』

父親である9代目の言葉が思い出される。
昼食会やボンゴレ邸での彼の態度、今日の夜だって9代目からの誘いを頑なに断っていた。
あの青年の言葉のと重なり、自分の中でザンザスは義理の息子である、という気持ちがむくむくと大きくなっていく。

では、本当に実の息子では無かったら?

その事実を知った時どんな気持ちになったのだろう。
9代目は彼の事を思っている様に私には見えたけれども、実際はどうだっただろう。
もしかして人知れず誰にも、心の叫びを言えずに苦しみもがいたのだろうか。

勝手なことかもしれない。彼の子供時代の部屋を見て寂しいと思ってしまったのが正しいと思っている自分がいる。
あんな大きな屋敷で、一人で過ごしたりしたのだろうか。
周りには溢れんばかり人がいるのに、ぽつんと一人立ち尽くす小さなザンザスを想像してしまう。

こんなこと考えてしまうなんてどうかしている。だって、実子ではないと言ったのは青年なりの酷い侮辱なのかもしれないのに。何が本当で嘘かわからないのにね。

でも、もし本当なら、そのことでザンザスが何か思いを抱えているなら、彼のそばに居て、彼にとって私がもたげれる人でありたいと思ってしまった自分がいる。

その思いが悲しいという思いであるのなら、幼い頃に戻って星降る夜に涙していた彼のそばに駆け寄り一緒に声を上げて泣きたい。
涙の海を彼が一人で泳がない様に、溺れない様に一緒にいたい。

逆にその思いが怒りだというなら、烏滸がましいだろうけれども怒りでこれ以上身を焦がさない様に願わせてほしい。燃え盛る怒りの炎を私は止めない。けれども、私の祈りが彼の支えになってほしいと願うのは罪だろうか。

雲はいつしか夜空全体を覆い尽くしていた。雪が降り始め、足先が冷えてくる。
寒さは人のあたたかな気持ちを奪っていくのが良くわかる。
どうしようもないほどに、私はこの冬空にひれ伏せそうになっているのだ。

辛い経験をした人間の方が世の中への理解は深いという。
じゃあ、過去の辛いことを認められてるだろうか、あってよかったなんて言えるだろうか。
まさか、私は言えるわけがない。歳を重ねたらとも思ったが、私にはまだ出来る気がしない。

奪われた子供時代、取り返すこともやり直すこともできない。勿論、幼い頃は大人に抗議することもできなかった。明らかに力のない私たちの時間と希望を奪った。
何故、神さまは私の太陽を雲に隠したのだろう。

前を向いて歩けない時もあった。ロウソク一本の明かりもない暗闇を裸足で歩いていた。
傷だらけの足だ。でも、歩いてきただけでえらいと思っていいだろう。足は血だらけでかさぶたも治ってないかもしれない。
それでも歩いてきたから、望まぬ形であるがザンザスに出会えているのだろう。

あの青年は私とザンザスがひれ伏せる事を求めている。
でも、醜いものさしでしか物事を図れない人間に何故ひれ伏せる必要がある。
私の事を知りもしないくせに。ザンザスの事だって、でたらめを言っているのかもしれない。
歩んだこともない人生を、自分の物差しをもって悪く言うなんて愚かだし、私はいつの間にかそういう人間を許せないと思い始めていた。

まだ国道は見えない。木々と空以外何も見えないからこそ、閉じ込められている様な気がしてきた。
振り返ると自分が入ってきたところもボンゴレ邸も何も見えなくなっていた。
随分と走ったのか、この森が深いだけなのか。
息を整えようと少しその場に立つが、止まると寒さが襲ってくる。
じっと森の暗闇を見つめていると、気持ちが折れそうだった。息は白く、雪は髪にもついていいるだろう。

不安な気持ちがまた自分を襲う前に、走って早く国道に出よう。そうすれば無事だ。
きっとザンザスもいつもの不機嫌な顔をしてやってくるだろう。ヴァリアー邸に戻って、お風呂であったまってから皆で映画でも観よう。
雪が積もれば明日はベルやマーモンと雪遊びをしよう。

そう思って、走り出した。

走り出したつもりだったのに、神様はどうしても私を引き留めたいらしい。

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