12.凍らないまま満ちもせず

『きらを傷つけるなよ』

そんな言葉をスクアーロがザンザスに言っていたのを婚約者は知らない。

ザンザスは出張先でタブレットを見つめ、その言葉を思い出していた。
窓の外から聞こえる車の音、室外機の音、それ以外何も音のないホテルの一室だった。

見えないものを一枚剥がすと、どんどん剥がして行きたくなるのは何故なのだろうか。人間とは飽き足らず全てを剥ごうとしてしまう。
ザンザスはきらにこみ上げる感情に静かに驚いていた。

タブレットには部下が調査のために撮影したきらが写っている。
目の下には大きなクマがあり、髪も乾燥している様でバサバサだった。表情も暗く、今にも泣き出しそうな写真である。

それはきらが日本を発つ3日前の様子で、ザンザスとの婚姻に混乱していた事がよくわかる一枚であった。

婚姻を反故できるならしたいものだが、あんなにも乱暴な扱いをしたのにも関わらず、自分と接せれる女は珍しいとザンザスは思い始めた。
平然と、という訳ではないが怯えている様にもあまり見えなかった。
まさかバールできらが自分の過去を話すとはザンザスは夢にも思わなかったし、スクアーロが感情の背中を摩った時はひりつく感情がわきおこった。そして今も、それを思い出し胸がひりひりとしている。


太陽に靴を奪われ、傷だらけの足を持つ婚約者。

そんなきらも、ザンザスのいる場で過去の話をしてしまったのも彼女自身わかりかねていた。
飾られたリボンを解く様に、するりと話してしまった。
でも肯定も否定もない彼の態度はありがたかった、ときらは胸に中で感謝した。
そしてスクアーロの背中を押してくれる様な言葉も嬉しかった。

父親と義母に否定され、自分を押さえ続けていたきらにとってヴァリアー幹部との日々は新鮮そのものだった。自分の気にくわない事があればきちんと伝えている、喧嘩だってしていた。
怒っていいんだ、嫌だと言っていいんだと自己主張の大切さを見て知ったのだ。

それでもなお、ザンザスへの気持ちもザンザス自体もよくわからなかった。あんなにも酷い事をしてきたのに、最近の彼は適切な距離を保ってくれている。険悪な雰囲気などないが、親しい雰囲気もなかった。路地でも助けてくれたし、バールではハンカチまで貸してくれた。
ザンザスは濃霧に包まれた様な男でよくわからない男だ、否、自分がただ彼を過小評価しすぎなのだろうか?ときらの心は悶々としてくる。

手元にはザンザスの写真と、9代目からの直筆の手紙があった。
スーツを着て椅子に踏ん反り返る様はイタリアで見ても同じだ。端整な顔立ち、溢れる威厳と逞しい体躯は漲る生命力を感じさせた。

本当にこの彼と一生を過ごすのだろうか?
相変わらず想像がつけ難い話だなときらは思う。

けれども、なぜかとくとくと、体温がゆっくり上がっていくのをきらは感じた。

この微睡みたくなる様な心地よさの正体を知れるのも、まだずっと先である事を婚約者は気づいていない。
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