調査_蛙のなんとか

「ミー、何にも出来ないですよ」
 
 師匠にして、この弟子か、と調査員は頭を抱えたくなりました。大きなカエルの被り物をした青年、調子の抜けた話し方に覇気を感じさせない瞳が調査員をとらえます。
 
「入隊時期はねむるさんとご結婚される前ですよね?」
 
 調査員の質問にフランは少しだけ眉頭を潜めます。入隊時期を思い出しているのか、質問に疑問を感じているのか。
 
「ミーはねむるとは結婚してないですけど」
 
「いや、あの、ザンザスと」
 
「してたような、してないような」
 
 調査をしてきた隊員の殆どに、煙を撒かれるような態度を取られていますが彼は一際違うように思えました。さすがヴァリアーの霧の守護者というべきか、それとも彼本来の性格なのか。
 
「じゃあ、ねむるさんの印象は」
 
「物好きな人だと思います
 
「物好き?」
 
「ミーだったらボスとの婚約は嫌なんで」
 
 フランの言葉に調査員はうーん、と頭を悩ませます。これではただ彼の、フランの感想を聞いているだけです。この調査員が悩ますのも無理はないでしょう。そもそも認識不足かもしれません。フランは別にヴァリアーに入りたくて入った訳でもなければ、ザンザスと深く交流がある訳ではありません。他の幹部と比べれば、と言う意味ですが。
 
 カエルを被った幻術使いは途方に暮れる調査員を眺めながらも、頭の中ではねむるのことを思い出していました。ベルに連行されて半年も経たない頃、彼女はやってきたのです。あんな怒りん坊な、気の短い男が好きだなんて世の中は不思議だなと思ったくらいでした。そうえいば、どうしてボスが好きか聞いたな、と思い出しましたがフランは何事も無かったように、調査員をじっと見つめます。
 他の幹部に比べれば、ねむるとザンザスに対する感情は薄いのですが、何となくねむるの想いを第三者に話すのは違う気がしました。死人に口なし、当の本人が永遠にいない所に鼻を突っ込んでくるのはおかしい気がしたのです。繰り返しになりますが、ザンザスとの交流は決して深くありません。それでも、ねむるが亡くなった後のザンザスは、フランに言わせれば怒りん坊のボスは酷く落ち込んだように見えました。勿論、ヴァリアー城が冬の湖のように、寒く悲しく静まり返ったのもよく覚えています。ねむるが言っていた事をザンザスに伝えれば、彼は喜ぶのだろうか、と考えたりもしました。例えば、湖の上に張った氷が溶けるのかな、とか。
 悲しくも、その湖に張った氷を溶かしたのは全く不愉快な理由でしたが。
 
「まだ質問ありますかー?ミーも暇じゃないのでー」
 
 そう言いながらフランは腕にない筈の時計を見る素振りをします。
 
「今日は一日オフだと聞いていますが・・・」

「堕王子の代わりに双子と遊ぶんですー」
 
  調査員は顔を顰めましたが、フランはそれではーと軽い挨拶を残して部屋を出ていってしまいました。
  
「あ!カエルだ!」
 
「フランって呼んでもらっていいですかー」
 
「カエルちゃん、クッキーたべる?」
 
 フランは約束通り、談話室に訪れルッスーリアと遊んでいた双子達の側に座ります。やれやれ、という彼にルッスーリアはどうだったの、と質問をしました。
 
「全然お役に立てませんでした
 
「あら、それでいいじゃない」
 
「そうですかー」
 
 ルッスーリアの手元にはねむるとザンザスの写真のありました。何枚もあったようで、ルッスーリアは整理をしていたようなのです。二人で一つの椅子に腰掛けていたり、ねむるがザンザスに野菜を食べさせようとしている写真だったり、ザンザスにドレスのリボンを結び直してもらってる写真もありました。そこには確かに、フランが思うよりもどこか、少しだけ優しげなザンザスがいました。それを見て、調査員に何も話さなくて良かった、と思ったのでした。 

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