07:掴まり立ちで春を踏む
きらの髪の毛には花がささっていた。
ボンゴレと古くから関わりのあるファミリーの同い年の娘が彼女の髪の毛にさしてくれたのだ。拙いイタリア語と英語でどうにかその娘とやりとりをするきらは楽しそうだった。

きらが話していた娘はストレーザにはるか昔から根付いてるファミリーのドンの愛する長女であった。
ボンゴレは敵対するファミリーの許し難い芽を摘む為に同盟を組み、そしてこの地方で大きな力を持つ彼らもボンゴレと懇意している事で名前に箔がつくという双方にとって有利な関係が今日まで続いている。

今日は昨日とうってかわり、晴天となった。
雲ひとつない青空に、日差しを浴びる草花は緑色と茶色の細い首を一生懸命に空へ伸ばしていた。招待客はたったの二十人ほどの小さな懇親会で、まるで昔馴染みの同窓会の様な立食パーティであった。


「ザンザスが婚約かあ」

「なんだぁ」

キャバッローネファミリーのドンであるディーノが感慨深そうにスクアーロに呟いた。
きらは先程初めての挨拶にディーノからチークキスを受けたばかりだった。
彼の髪は太陽の薄く黄色く燃える糸を紡いだようにきらに見えていた。
そして彼の薄茶色の瞳は奥底から輝いて見るものを吸い込む程の力があった。勿論、きらもその一人で太陽神の妻が彼に寵愛をかけたんだわ、と朧げな神話を思い出した。勿論彼女本人もそれが正しいのかもわからないが、そう思わざるえない程にディーノは端正で、色男だったのだ。


「ちゃんと仲良くやってるのか?」

ディーノの問いかけにスクアーロは表情を変えずにわざと肩を少し上にあげてみせた。
二人の視線は楽しげに話しているきらからザンザスへと移った。婚約者の側から離れ、一人シャンパングラスを持つ彼に話しかける者は少ない。ただその場に立ち、庭から見える湖をじっと見つめているだけだった。

「きらに変な事すんじゃねぇぞ」

「なっ、何もしねぇよ!」

ひでーやつだな、とディーノが言うもスクアーロは何も言い返さなかった。
スクアーロの目にはきらがうつっていた。
風に揺れる髪はつやつやと天使の輪がみえる。ファンデーションを薄く乗せた顔に、自分の体温で蕩けてしまった様なチークは健康的な印象を周囲に与えた。婚姻が決まった当時の精神不安定、病弱といったネガティブな噂は噂で終わりつつあった。あのナターレ前の事件を乗り越えた二人を見て、噂が本当だったと信じる者などいないだろう。
しかし何故また二人は距離を置いているのだ、とスクアーロは疑問だった。

「もういいのかぁ」

気づけば花を落とさない様にときらがこちらにやってきたのだ。その娘がしばらく場所を離れると言ったのだろうか、スクアーロはディーノを押し退けて自身もきらの方へ向かった。

「うん、いいの。あんまり離れちゃいけないでしょザンザスさんとも」

仲は良好であると見せる必要があるとルッスーリアに言われた事をきらは覚えていた。彼が他のいたずらな女に声をかけられない為にも、きらが悪い者に引っ張られない様にする為でもあった。

「喧嘩でもしたのか」

スクアーロの問いにきらは驚いた。
何も彼には相談していないのに、どうして自分とザンザスの異変に気付いたのだろうかと。

「してないの、ただ久しぶりだから」

恥ずかしくて話せないの。
そうきらは言えたら良かったのに、言えなかった。口づけを断ったのを彼が気にしていたらどうしようと不安だったのだ。きらの気にしすぎなのかもしれないが何となくいつもより、話しかけにくい気もしていた。どことなくこちらを警戒する様な、観察する様な視線をザンザスからきらは感じていたのも不安の理由の一つであった。

「一緒の部屋だろ?」

「ベッドが二つあるから」

「ああ・・・」

きらの言わんとする事を汲んだスクアーロはこれ以上聞くのをやめた。
やはり二人の間の問題がある様だ、と彼は納得しザンザスの元へきらを連れて行く事にした。短い距離なのだが、二人の間の気まずさを自分が緩衝材になればと考えた上であった。しかし、ザンザスはそれに気づいたのか、きらの方に視線もくれず屋敷の中へと足早に入ってしまったではないか。
ああ、やっぱりあの暴君は何か腹に一物を抱えている。スクアーロは確信を得るなりザンザスを追いかけた。
自分の目の前をすり抜けていった二人を見て、きらは気にしすぎが事実へと色づいて行くのを感じた。

彼女の中で大きく厚い雨雲が襲いかかり始める。きらのいる場所は眩しいほどに晴れているのに、誰かにもたれかからなくては立てない程の雨の中にいる気になった。
誰か、誰か、と無意識のうちに助けを心の中で呼んだが大きな雨の音で声はかき消され、ワンピースは雨水を吸いじっとりと重くなっていった。優しく明るい同い年の娘につけてもらった花はくったりと地面に落ち、雨に打たれている。
本当に助けて欲しいのはあなたなのに、と悲しい気持ちになった。

「きらちゃん」

後ろから肩を触れられ、きらは大きく振り返った。瞳にはルッスーリアと色とりどりの草花が映る。空は澄み渡り、湖が静かに笑う声がする。テーブルに並んだ数々の料理の食欲をそそる匂い、甘い香りがする焼き菓子やどこかでエスプレッソの匂いもした。肌に触れる太陽は暖かく、きらの乱れた心を宥めようとしている。
眼に映るもの全てがきらの感覚を激しく刺激していた。意識と体がばらばらな気がして、今にも目眩を起こしそうだった。

「何かあったの?顔色が悪いわよ」

「何もない・・・」

「・・・気にしてるのね、ボスを」

頬に手を当て喋るルッスーリアにきらはまだまだ敵わない様だ。

「・・・してる。どうしよう」

体の横に置いてあるきらの手は拳の形になり力が込められていた。
ルッスーリアはそっとその手を取り、力を抜く事を促すかの様に手を握った。

「自分はどうしたいの?」

ルッスーリアのサングラスにきら自身が写る。青空には似つかわしいほど不安な顔をしていた。

「・・・・ザンザスさんに言いたい。
好きだけど待って欲しいって」

小さな声できらはルッスーリアの質問に答える。自分の声すら、まるで自分の声ではない様な感覚に陥っている。僅かに彼女を支えているのはザンザスに悪い意味で与えてしまった緊張を、自分できちんと解きたいという思いである。

「私達のボスはきらちゃんに酷い事する人かしら?」

「もう、しないと思う」

きらの瞳を覗き込む様にルッスーリア は問いてくる。まだ幼くて幸福だった頃、生みの母親もこうしてくれた記憶が蘇り、ふと懐かしく切ない気持ちになった。
そして何かに恐れる様なきらを優しく叱責するが如く、ルッスーリアは愛情を持ってこう告げる。

「じゃあそう思う自分を信じなくちゃ!
私が大丈夫ってどんなに言っても、最後はあなた次第よ!」

ルッスーリアの言葉は瞬く間にきらの中に残る雨雲を払った。雨雲の間から光が差し込んでくる。自分を信じる、まるで今まで聞いたこともない言葉の様だったが雨雲のせいで暗かった辺りがゆっくりと、薄く、確かに、明るくなっていくのを感じた。
ああ、自分はずっと自分を信じてなかったのかもしれないと。信じる時もあったが、いつも自分を信じるのはいけない事だと思っていた。
義母と父親のせいだった。自分に背を向けなければきらはあの日々をやり過ごせなかった。ならば今まで傷ついてきて、抑え込んできた自分自身の為にも、この自分を信じてもいいのではないかときらはやっと思えたのだ。
時を同じくしてやっと意識と体が一致し、眩しくて麗しい景色の中に戻ってきた。
耳横には確かに花があるし、着ている服も濡れてなんかいないし、足元の緑の小さな草だって柔らかい。

「そうだね、そうだよね」

ルッスーリアの手を握り返しきらは笑った。彼女の張り詰めた感情が抜けた事にルッスーリアは嬉しくおもい、きらを抱きしめた。

「午後の観光で自分から話しかけてみなさい。ボスも待ってるはずよ」



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