02:そうして立つ鳥は跡を濁し
忘れ物をした気がする。
忘れ物をした時って、全ては完璧だと想っているのに頭のパズルが一個足りない感覚になる。なのに、戻らずに歩を進めてしまう。

「こっちで買えばよくね?」

「うーーんあるかなあ」

「あるっしょ。ないなら出張行った時に買ってくれるよ」

やっほーと迎えに来たベルと空港へ向かい、あっという間に今自分はイタリアにいた。
再会の感動を味わう間も無くであった。

入管を済まし、荷物を受け取り入国ゲートを抜けた時だった。仕立ての良いスーツを着た青年の後ろ姿が目に入り息が止まった。
あの青年にそっくりな後ろ姿だったのだ。
青年のファミリーも二度と自分の前には現れないと聞いていた。

なのに、どうして?

でも馬鹿だなきら、思い過ぎ。ここはイタリアなんだし、似たような容姿の人が居てもおかしくないよ、と自分を宥めた。
宥めてその場をやり過ごして、いつの間にか忘れてしまうのは十分得意な筈なのにこの違和感は車に乗り込んでもヴァリアー邸についても拭えなかった。


「おかえり!きらちゃん!!」

「ただいま!」

ルッスーリアと再会のハグを交わす。彼が無事の到着と再会を喜んでくれているのがよくわかった。彼のお気に入りだという香水が鼻をかすめ、本当にイタリアに来たのだと実感した。

「お馬鹿な部下がやらかしちゃって、きらちゃんの渡航情報が漏れるとこだったわ。
念のために別便で来てもらったしお仕置きも終わったから大丈夫よ」

明るく事の顛末を話してくれたルッスーリアだったが、やはりこの世界は普通ではない。

「元気そうだな」

そう言って階段から降りてきたのはザンザスさんだった。
任務があったのだろうか、隊服を着ていた。久しぶりの婚約者との再会なのに、
ひたひたと黒くて海藻が生い茂る湖から這い上がった様な怪物が背後に近づいてきていた。
鮮明にあのパーティーが思い出された。
空港でみた、そっくりな青年の後ろ姿。雪空の下に現れた悪魔、怒りに塗りつぶされた表情。

「ザンザスさんもお元気そうで」

目の前に集中できない。どうにか、忍び寄る怪物を抑え込み答えると彼は鼻をフンと鳴らして笑った。

ひたひたと、濡れた足音に怯えながら皆とのディナーに集中をした。
ルッスーリアが作ったというポルペッティーネはすごく美味しい。ローストポテトも、リゾットも美味しかった。
私には叔母しか知り得る母親がいないのだが、こんなにも明るくて愛を持っている食卓を囲めれば幸せだろうと思う。

「よく飲むなぁ」

スクアーロに言われ、鶏をかたどった水差しへ伸ばした手が止まった。
何故か恐ろしい程に喉が渇いていたのだ。飲んでも飲んでも、喉は潤わなかったのだ。

「しょっぱかったかしら?」

心配そうな顔をしてルッスーリアが尋ねてくる。

「違うの、普通に喉が渇いてるだけなの。すごく美味しいよ」

美味しい、美味しいのに喉が渇くのだ。まるで怪物が私の体に入り込み、水分を奪っていく様な気がしたのだ。
ザンザスさんの赤い瞳がこちらに向けられている気がした。もしかして私の異変に気づいてる?そんな筈はない。そうだ、と信じて鶏の嘴を傾け、コップに並々と水を注いだ。

「きら」

「はい」

「何か気になるのか」

コップに触れた唇が震えた。水を口の中に大量に流した事にして答えを考えた。
嘘、ばれてた。ばれてないと信じたのに。ザンザスさんの言葉に食卓は静まり返った。
ベルも、マーモンも、レヴィもが手を止めてこちらを見つめていた。
もしかして皆にばれてたのかな。
そして少ししか口に含まれなかった水を、あたかも飲み干すのに時間を要していた様に見せ、心配さすまいと答える。

「少し、疲れただけなのかもしれないです」

「・・・そうか」

疑うようなザンザスさんの視線を感じたけれども、私は寝る前にキッチンからミネラルウォーターを取りに行く事で頭がいっぱいだった。


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