15:小さな敵にサイダーを
ザンザスは心が焼け焦げている気がしてならない。
午前中にキャバッローネファミリーとホテルで会合し、その後に自身の父親である9代目との遅めの夕食があるからだ、と本人は思っていたが根底にあったのは違う要因だった。
何度も何度もきらが跳ね馬ディーノと楽しげに話していた事を思い出してしまうのだ。
何かに照れた笑顔を見せるていたのは勿論、ディーノに向けている視線が何故か随分と甘くザンザスには見えていたのだ。記憶というのは恐ろしいもので、美化することもあれば悪い方へと上塗りすることも出来る。そのせいで、スイートルームとしては大きすぎる程の部屋で不穏な空気が漂い、部屋にいるベルとスクアーロは喋らない様にと黙ったままだ。
びりびりとザンザスから放たれる不機嫌さは冬の静電気のようである。
きらに早く帰ってきて欲しい、とちょうど2人が願ってた所で彼女はルッスーリアと帰ってきた。

「やだわ空気が重いじゃない!」


「ベル、お菓子いる?」

不穏な気配をすでにスクアーロからのメッセージで知っていたルッスーリアはわざらしく明るく振る舞う。きらはそのメッセージも不穏な空気の訳も知らないのでいつも通りである。

「ザンザスさんも食べますか?クッキー、有名なんですって」

「いらねぇ」

きらの顔を見ずにザンザスは言い放った。

「美味しいのに?」

「いらねぇっつってんだろ」

ザンザスは椅子から立ち上がり寝室へと戻っていってしまう。きらは驚きルッスーリアたちのほうへと振り向いた。

「どうして?」

きらの問いにベルはスクアーロと顔を見合わせて、ただ肩をすくめるだけで答えはない。

「9代目との食事が嫌なのかしら」

「きらもいくんだろぉ?」

「一緒に行くよ。でもどうして」

ザンザスの思い当たらない不機嫌さにきらは今にも顔に雲が立ち込めそうである。しかしそんな彼女にクッキーを一袋押し込んでルッスーリアはこう言った。

「あなたならボスの機嫌を直せるわ。お願いよ」

出来ないよ!と抗議の声をあげたきらだったがみんなにお前しかいない、と言われ不安な気持ちを抱いたままザンザスの寝室にノックしている。

「ザンザスさん?入ってもいい?」

返事がない。寝てしまったのだろうか。

「入っちゃいますよー」

いつもなら許可の声がするのだが今日は聞こえない。寝てるだけなのか、無視なのかと疑問に感じながらも、3回ほど続けてノックした扉をきらは押した。

「何の用だ」

ああ、わざと返事をしなかったんだ、と彼女は確信を得る。
ソファで踏ん反り返って座る彼の手には洋書があるのだ。

「・・・怒ってます?」

「怒ってねぇよ」

きらは口を曲げつつも、彼の斜め向かいに座った。一体何がザンザスを不機嫌にしてるのかわからない。
そしてザンザスもなぜ自分がここまできらを見て苛々してしまうのかもわからない。こんな子供じみた態度を取るつもりなどないし、彼女に不愉快な気持ちを与えているかもしれないのにザンザスはその態度をやめられない。

「じゃあ午前中に私が何をしたか聞いてくれますか?」

ちらり、と読んでいた小説からザンザスが視線をきらに向ける。勝手にしろ、と言えばきらは時系列に沿って話し始めた。朝には何を食べた、だとかホテルに来るまでに見た風景などを楽しげに話しているのだ。ザンザスは本を読んでいるつもりだったが、すっかりきらの声に思考を奪われてページは進まない。

「あと、ディーノさんと話しました」

クッキーの袋を開け切り、視線をあげたきらは先程よりも眉間の皺が深くなったザンザスと目が合う。

「色々話してくれて優しいですよね、ディーノさん」

ザンザスはふつふつと煮え立つ感情を抑えようと努力した。努力しているのに、2人で話していた瞬間を思い出すと苛立ってしまう。その苛立ちは十分漏れているようできらは少しどきどきとしてくる。自分が何か言ってしまったのかと不安になったが、焦らずにザンザスの行動を観察することにした。

「そんなに跳ね馬と話すのが楽しいか」

しばし続いた沈黙に切り込みを入れたのはザンザスの方からだ。お茶を入れようとポットのスイッチを入れたばかりのきらは驚いた顔をする。そんなに?そんなに嬉しそうな顔をしていたのだろうか?自問自答をする。

「・・・楽しそうでした?」

ザンザスは腕を組み何も言わない。
読んでいた本はいつの間にか横に置かれ、きらの方を見つめるばかりだ。一体何が彼の機嫌を損ねてしまったのかわからない、ときらもザンザスに答えを求めるように見つめ返した。

『ヤキモチを焼いていたんだ』

キャンドルが揺れるレストランでのスクアーロが思い出される。あれ、もしかして、ときらは瞬きをしてからゆっくりと聞いてみた。彼がこれ以上怒らない様にと願いつつ。

「もしかして、焼きもちですか?」

「はぁ?」

率直すぎたかもしれない。
ザンザスの眉間の皺がより深く眉間に刻まれたのに伴い、ぴりぴりと部屋が怯え始める。
聞こえるのは今にも沸騰しそうなポットの水の音だけだ。久しぶりの気まずい空気に少し驚くも彼女はこれっぽっちの事では怯まない。
寧ろきらの瞳には濡れた星が宿り始めているくらいだ。これが彼の焼きもちをやいた時の態度なのだ、と彼女は理解した。

「私は焼きもちやきますよ」

かちり、とボタンの色が消えてきらはカップにティーバッグとお湯を注ぎ、ザンザスの目の前に置く。ぶどうの絵が描かれているお皿も取り出してクッキーを袋から取り出して拗ねている自分の婚約者に差し出した。

「・・・そうかよ」

「ディーノさん、このワンピースを誉めてくれたんです。
ザンザスはきらのことちゃんと見てるんだなって、言ってくれたのが嬉しくて」

眉間に皺を寄せたままザンザスはきらの方を見やる。
彼女が今日着ている洋服は確かに自分がプレゼントしたものだったし、言われてみれば会議の始まる前に今日の婚約者は一段ときれいだな、と声を掛けられた気もするとザンザスは思い出した。どうやら全て彼が見た景色を灰色の水彩絵の具で濁してしまっただけの様だ。その証拠にきらは意地悪な風にでもなく、心の底からザンザスに思われて嬉しいという笑顔をしているのだ。

「何笑ってんだ、ふざけてんのか」

「ふざけてません!」

すっかりきらに心のうちを見破られたザンザスは照れ隠しのつもりか、きらのくびれに腕を伸ばし自身の膝の上へと強引に乗せる。
楽しそうに声を上げて笑うきらの頬を空いた方の手で掴み、彼女の唇の端に口づけを落とした。少し力ずくな愛情表現かもしれない。びりびりとした空気に押しやられていた部屋は笑い声によって柔らかさを取り戻している。こんなにも幸せな気持ちにしてくれるのはあなただけなのに、ときらは思いザンザスの首に腕を回して寄り添う。

そして、この後無事に機嫌の直ったザンザスを見てルッスーリア達は大喜びし、きらは感謝されたとか。
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