早朝が、本丸調査の集合時間だった。
時の政府の本部、エントランスに集まることとなった審神者達は眠そうな表情である。


「本丸調査には何人来るんだい? 」

「何も知らされていないんだ。おかしな話だが」


朝から整った髪と衣装の燭台切光忠は、温厚な笑みをにこにこと浮かべている。本丸の食事を仕切るため朝が早い燭台切光忠にとっては、このくらいお手の物なのかもしれない。
桔梗が着いた時には、談笑をしている三人がそこにいた。生真面目そうな顔をしている女の審神者、背の高い男の審神者、そしてーー……。



「桔梗さん! おはようございます! 」


「君は……」


「萩っすよ! 前の審神者会議で話した! 」


朝の静かなエントランスに響く、大きな声。そして、耳に印されたタトゥー。
あの時の青年か、と桔梗は思い出す。萩はすぐにこちらに気付いて、あの時と同じ人懐っこい笑みを浮かべて近寄ってきた。
少し困ったようなはにかみ笑いを浮かべ、申し訳なさそうに頭をかく萩。



「いやあ、先日は変なことを言ってすいませんっした」


「いや……大丈夫だよ」



この間はその不審さから突っぱねたが、どうやら調査依頼の件は本物だったらしい。
「変なこと」と聞いた時の、桔梗の微妙そうな顔を見かねた燭台切が、前に歩み出て笑顔を浮かべた。


「萩さん……だね。僕は桔梗の刀剣の燭台切光忠だよ。よろしく」

「よろしくお願いするっす! ほら、まんばも挨拶」


萩が、後方に向かって声をかけた。
エントランスの壁際にひとりぽつんと立っていた白い布ーー山姥切国広が、こちらをちらりと見て歩み寄ってくる。


「山姥切国広だ。不束者な主だが、共々今日はよろしく頼む」

「ああ、よろしく」

「山姥切くん、よろしくね」



淡々とした口調で話し、お辞儀をする山姥切。主を宜しくと付け加える辺りに、世話焼きの片鱗が伺える。山姥切国広といえば、こじらせた性格で有名だが、この本丸の彼はわりかししっかりしている性格のように見える。おそらく、自身の主に苦労されられてきた結果であろう。









「あなたが、今回の調査員の一人ですか」



桔梗と萩の立ち話を見かねたのか、向こうにいた生真面目そうな審神者が声をかけてきた。
ぴっちりと結われた黒髪に、まっすぐ相手を見つめる瞳。彼女の口から紡がれた声の凛とした美しさに、思わず二人の喉が詰まった。



「ああ、桔梗だ。今日は宜しく頼む」


「桔梗さん……ああ、貴女が噂の。
私は梅と申します。今日の調査、宜しくお願い致します」



どうやら、この梅という審神者も桔梗の事は知っているようだった。
深々とお辞儀をした真面目そうな彼女の後ろには、同じ真面目そうな雰囲気を纏ったへし切長谷部が立っている。桔梗がそちらに目を向けたことに気が付いた彼は、小さくお辞儀した。



どうやら、先にいた三人は既に自己紹介を済ませているようである。壁際にいた背の高い男の名前は柊。切れ長の瞳と高い鼻が特徴的な、背の高い審神者である。香りに詳しいらしく、そのような系統を趣味にしているらしい。彼の近侍の歌仙兼定とは気が合いそうな趣味である。








自己紹介も終わり、壁際で待機していた桔梗は、建物の奥から何かの気配が来るのを感じ取る。
後ろを向くと、審神者達のよく知る獣の姿がそこにあった。




『審神者様方、お集まり頂きありがとうございます。私めが今回案内をさせて頂く、こんのすけでございます』




「こんのすけにしては色がなんか違うっすね! 」




『私は審神者様方のサポート役のこんのすけではなく、政府のサポート役でございますから。区別するために灰色になっております』






審神者達の本丸のこんのすけよりも、いくらか冷たい印象を与えさせる灰色のこんのすけは、白い床にちょこんと座ってしっぽを揺らしている。



『こちらの石見国内の審神者様方は以上ですので、これから現地へ向かいます』



「他にもまだいるのか」



『はい。しかし他の方は別の二件の本丸をそれぞれ担当致しますので。会うのは後になるかと』




それ以上質問の余地を与えず、こんのすけはくるりと後ろを向いた。ついて来い、という合図らしい。
桔梗達は顔を見合わせ、灰色のこんのすけについて足を進めた。











今回調査する本丸は、相模国の一〇五番本丸であった。
本丸番号から、かなり昔から運営されていた本丸であることが伺える。つまり、そこにいた審神者も相当なベテランであったということだ。



ーーーーベテランであるはずの審神者の本丸が、こうも無惨に落ちるか。



調査する本丸の庭に立ち、桔梗は眉を寄せた。ほぼ廃墟と化しているこの本丸からは、生気がなにひとつ感じられない。荒らされた跡も多かった。



『事前に連絡があったと思いますが、この本丸は一番はじめに例の事件の襲撃を受けた本丸です。この本丸の刀剣は全て破壊され、審神者は首から上が無くなった状態で発見されました』



「大将首でも取って宣戦布告、というところか」



淡々としたこんのすけの言葉に、柊が呟く。
確かに、そう取れなくもない。この本丸は、三件の事件のうち一番酷い有様になった本丸でもあった。



『今回、九人の審神者様にご助力を頂いております。審神者様の能力、本丸の規模を考え一〇五本丸の調査には四名の審神者様にご協力頂きます』



「こんのすけ殿。ここが四人では、他の本丸は片方が二人以下になりませんか? それはあまりに無理があるのでは……」



『式神使いがいらっしゃるので大丈夫です』



「式神使い……如月家の人っすか?」



『審神者様の個人情報は、こちらではお答え出来ません』





口を挟んだ梅と萩を一瞥して、こんのすけは調査の説明を始める。

萩が言った「如月家」という家系は、勿論桔梗も知っていた。審神者界隈で大きな力を持つ、術者の家系ーー十二月家のひとつであるからだ。
十二月家は、質の良く高い霊力を持つ優秀な術者や審神者を多く排出している。それぞれ自らが得意とする術を持ち、如月家は式神術に秀でた家系であった。









休憩を挟んで約二時間半の調査時間が、桔梗達には与えられた。それぞれの調査場所も既に割り振られており、桔梗は指示通りに審神者が死んだとされる一室へ向かう。



「こんのすけくんの説明は無機質過ぎて、僕らが口を挟む隙もなかったよ」



やれやれ、と言った風に燭台切が愚痴を吐く。桔梗は無言で頷く。案内役のこんのすけは、政府の式神にしても無機質すぎた。



「それで、僕達にはここの審神者の死亡現場の調査かあ……」


「なんだ、不満か? 」


「いいや、そんなことないよ。一番面白そうな所じゃないか。それに、主も一連の事件は気になってたんだろう?
……まあ、普通なら役人がやるべき調査のはずだけどね」


「ああ。確かに、何故審神者にやらせているんだろうな……ただ単に政府が忙しいからかもしれないが」




歩く度に軋む床を進み、桔梗達は立ち並ぶ部屋の一つの前に立ち止まった。
ここの審神者の部屋であった場所だ。




「主は離れにつくってるけど、ここの審神者は刀剣達に囲まれたひと部屋にしてるんだね」



「それが、彼なりのやり方だったんだろう」



「彼なりのやり方、ねえ」


興味なさそうに呟いた燭台切は、躊躇なく部屋の襖に手をかけた。襖越しに漂ってきた異臭が、一気にその激しさを増した。

部屋の中は、阿鼻叫喚と言っていいほどの惨状だった。
壁や天井にまで飛び散っている血は、赤黒く変色している。今まで歩いてきた廊下にも血はあったが、ここは桁違いの有様である。
恐らく審神者が倒れていたであろう場所には死体を印す後がつけられ、周りにはそれを守るかのように折れた刀が散らばっていた。




「さすがに、遺体の方は別に移されたみたいだね」


「専門家が調べるんだろう」



一度部屋を見渡した桔梗は、躊躇せず部屋に一歩を踏み入れる。燭台切も、それに続いた。



「それにしても、こんなに転送ゲートに近いところに部屋を置くなんてさ」



「それも彼のやり方だったんだろう」



「襲撃しろと言ってるようなものだよ」




光忠が呆れながら部屋を見て回るのを確認した桔梗は調査に入る。
部屋の中には手近な武器もなく、刀剣男士に頼る以外に対抗手段がなかったのだろう。庭に面した方向に置かれている机には、書きかけの資料が置かれている。血で滲み、読める跡も残っていないが。
壁際に置かれている本棚も同様に血を被っているが、荒らされた様子はない。
つまり、目的は審神者の情報ではないということか。と桔梗は考える。



審神者の個人情報や真名を奪い取ることが目的なら、本棚は確実に探られるはずだ。しかしそれが見られないという事は、今回の襲撃の目的は別にあるということである。




「燭台切、なにか見つかったか」



「うーん……これといったのはないんだけどね、これ見てみて」




そういいながら、燭台切は積み上げられた書類の一枚を拾い上げた。縦長の白い封筒には、達筆な字で死んだ審神者と送り主の名前が書いてある。
燭台切から封筒を受け取り、さっと目を通した桔梗は驚いたように呟いた。



「水無月……ここの審神者は、水無月家の人間か」


「水無月家って、十二月家の?」




「ああ。政府は死んだ審神者の個人情報も明かさないから何とも言えないが、他の死んだ二人も十二月家の人間なら、敵の狙いが絞れてくるな」



「何らかの理由か怨念かで、十二月家の人々を狙ってるってことかい? 」



「そうなるな」




桔梗は封筒を手にしたまま立ち上がり、本棚の隣に並んだ小さい棚へと向かった。一番上の段を開くと、そこには何枚かの紙の札が仕舞われている。
それを後ろから覗き込んだ燭台切は、不思議そうにつぶやいた。




「これ、出した跡もないね。敵が襲撃してきたら、普通は使うはずだけど」



「ああ。水無月家は札を使った術に優れる家だからな。恐らく本人自身も持っていたはずだ。使っても勝てない相手だったのか……? 」




前へ 次へ




目次 トップページ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -