騒然としたままに審神者会議は終わり、帰路につくもの、話をするものとわかれていく。
彼女も、そのまま帰路につこうとしていたが、扉を抜けようとしたその時に、後ろから声がかかった。


「ちょっと待ってください!桔梗さん」


「……誰だ」


後ろから呼び止めた聞き覚えのない声に、彼女ーー桔梗はいかぶしけな顔をする。


呼び止めたのは、一人の青年だった。
今風に伸ばした暗い茶髪に、黒い瞳。どんな趣味をしているのか、耳朶に黒い印のタトゥーが刻まれている。

彼は、はっとしたように居住まいを正し、桔梗に向かい合った。



「あっ、あの、突然すんません!
はじめまして! 俺、萩と言います」


「萩……か。ああ、初めまして。私を知っているようだが」




萩と名乗った青年は、桔梗と同い年か、それとも年下か。
彼は、探りを入れるような桔梗の言葉に、ぱっと目を輝かせた。そして口をつくのは、弾丸のような言葉たち。



「そりゃ、そうっすよ! 桔梗さんといえば、巷では『大将審神者』として有名で、刀剣の主たるその居住まいと、本人自身の強さでも……」




止める暇もなくつらつらと褒め言葉を口にする萩に、桔梗は眉をひそめる。

自分が『大将審神者』ーーそう呼ばれていることは、勿論知っている。そして、何度かその類の冷やかしを受けたこともある。それは暴言である時もあれば、このようなやけに崇め称える内容でもあった。
今回もその類であろうと考えた桔梗は、萩の言葉を遮った。



「用はなんだ。冷やかしならいらん」



「あ! いや、ちがうっす、用があったんでした!!

ーーーーあの、桔梗さんって例の『本丸襲撃事件』の調査依頼、受けてるんすよね? 」



桔梗の金色の目が一瞬見開き、そしてまた細められた。



「……そうだが。なぜ知っているんだ」




我にかえった萩が口に出したのは、「本丸襲撃事件」の事だった。
桔梗は、萩とまったくの初対面である。
調査依頼も審神者個人に来るもので、他の審神者の依頼については知らないはずである。

不審感を募らす桔梗の気配を見て取ったのか、彼は慌てて説明を加えた。



「あ、俺耳が人より良いんすよ! だから、会議の時に話してたのを聞いたんです! 」


「会議で? 確かに話していたが……術式でも使ったのか」


「いや、違うっす」



ーーーーそんなことができるのか。
審神者会議の部屋はとてつもなく広い。そして、あの騒がしさの中それを聞き分けるなど。術式でも使えばそれは別であるが、彼は違うと言った。

萩は、桔梗のその疑問などお構い無しに話しを続ける。



「俺も調査依頼、受けたんすよ!
だから、ちょっと声かけてみようと思って」





ひとなつっこい笑みを浮かべる青年だが、彼の話す内容は奇妙なものである。到底信じられる話でないのは確かだ。
けれど自分の瞳の色の特殊さに、人の事は言えないなと桔梗は思う。彼女の瞳は、人ではまずありえない金色だ。こうやって話している今でも、通り過ぎる人々の物珍しげな視線を感じる。




「そうか。同じ調査仲間だ、よろしく頼むよ」





桔梗は、萩に軽く笑いかけてから背を向けた。そのまま、会議場の大きな扉をくぐる。桔梗の姿は、人の波に飲まれて直ぐに消えた。










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