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「おはよう孝四郎……って、あれ? 寝不足? 顔死んでるけど」

 クラスメートであり親友でもある山本直哉が、席についた俺の顔を覗き込んで首を傾げた。

「撮り溜めしたアニメでも観てた?」
「……俺の家にテレビ無いの知ってるだろ」

 テレビどころか、パソコンも無ければスマホだって持っていない。ギリギリ、ガラケーだ。

「そうでした〜! じゃあなに、どうした?」
「あー……」

 正直に言えるわけがなかった。昨日学校から帰ってから、まさか朝方近くまでずっと自慰をしていたなんて。

「まあ、ちょっとね……」
「なんだよ気になるなぁ〜」

 しかもその理由が、初対面の男にキスをされ、挙句嫌悪して吐くどころか自身の息子をおっ勃てて、抜いても抜いても治らなかったからだなんて。

「それより、今日もみんなうるさいな」
「ん? ああ、そりゃあ昨日の夜は『遥か彼方へ』の日だったからな! いやぁ〜、昨日も良かった! ほんと切なかった! なんたって昨日はドラッグのカナタがクランケのハルカに──」

 俺の不調に興味津々な直哉から上手く話を逸らしたが、俺の頭の中はまだ昨日会ったあの男のことでいっぱいだった。
 確かにあの男の治療をしたし、今までの経験の中では一番早く治療できたと思う。

「きど……あずさ」

 男──城戸梓は言った。俺たちは、相性が最高なのだと。まるでそれを裏付けるように、ほんの少しキスをしただけで、そちら方面では淡白だったはずの自分の体がおかしくなってしまった。
 抜いても抜いても終わりが見えなくて、恐怖を覚えるほどに。

「遥か彼方へって、そんな面白いの?」
「ちょ、今まで俺の話聞いてたー!?」

 いま世間ではドラッグとクランケの恋愛ドラマ『遥か彼方へ』が大ブレイクしている。
 直哉の説明曰く、ある日突然体調を崩したクランケは、偶然通りかかったドラッグに助けられる。そうして出逢ったふたりは、互いにノーマルの恋人がいるにも関わらず惹かれあってしまう。
 ふたりは恋人を心で裏切りながらも、最後の一線を越えないように必死で耐えるが、ドラッグとクランケである限り惹かれる気持ちを抑えられなくて……みたいな話らしい。
 ドラマの放送翌日は、いつも朝からその話題でもちきりだ。胸キュンの禁断の恋だと騒いでいる。
 だが、俺はその話題を聞くたびゾッとする。
 
 確かに存在するクランケとドラッグ。しかしその数はとても少なく希少だ。直接関わったことのある人間は少ないだろう。だからこそ、そのふたつの性の繋がりを夢物語のように語るものは多い。でも実際は、そんな美しい繋がりなんかじゃない。あれは恐ろしい呪いだ。
 だから俺はドラッグであることをずっと隠して生きているし、親友である直哉にも言っていない。
 自ら進んでクランケを癒そうとは思わないし、やりたい奴が勝手にやればいいと思っている。
 昨日クランケである城戸に会って、その想いは益々強くなった。

「なんだよ、試しにセックスしようって……」
「え、なに?」
「なんでもない!」

 その日は一日中、眠気と触りすぎた下半身の痛みとの戦いになった。





「お待たせしました、ご注文をお伺い……」

 やっと学生としての長い一日が終わり、眠い目を擦りながらバイトに励んでいれば、あと一時間ほどで上がりというところで二度と見たくなかった顔が現れた。

「こんばんは」

 ヒラヒラと手を振る城戸の姿に目眩がする。
 家といい、バイト先といい、そもそも名前といい……なぜこの男は俺の情報を知っているのか。

「……ご注文を」
「ドリンクバーひとつ」
「ひとつ?」
「はい」

 ニッコリと笑う城戸の前には、城戸とはまた違うタイプの美男が座っている。

「えっと……」

 一応決まりとして、席に着くなら人数分の注文が必要になる。
 俺が戸惑っていると、城戸の前にいる男は俺を見ることなくボソリと言った。

「こんなところのもの、口に入れたくない」
「……は?」
「瑞樹」

 ニコニコしていた城戸の顔から笑みが消え、咎めるように名前を呼ぶ。すると瑞樹と呼ばれた男はムスッとした顔をして、

「じゃあ、なんでもいいから飲み物持ってきて。飲まないけど」

 なんて言うから、流石に俺も頭にキて、

「はい。極上赤ワイン、ボトルで三本ですねかしこまりました!」

 と、店で一番高い──といってもファミレスのワインなどたかが知れてるけど──ドリンクを受けてやった。驚いた顔をして俺の顔を見上げた二人。やがて城戸だけが声を上げて笑い、瑞樹は益々顰めっ面になった。
 頼むから、早く帰ってくれ。



「お疲れ様」

 バイトを終えて外に出ると、俺の願いも虚しく予想していた姿がそこにあった。俺が上がる五分前に出て行ったから、嫌な予感はしていた。
 相変わらずニコニコしている城戸の後ろには、あのいけすかない美男──瑞樹が立っている。思わず大きなため息をついた。

「……なんなんですか、マジで」
「昨日言ったこと、考えてくれた?」
「昨日?」
「俺とセックスして欲しいってはな───」
「ばっ、なッ!」

 思わず城戸に駆け寄りその口を手で塞ぐ。

「こんな往来で、アンタ何言ってんの!?」

 自分のバイト先の目と鼻の先で、なにをとんでもないことを言ってくれているのか。城戸を睨みあげるが、その瞳は何故か蕩けていた。

「……ぇ……あっ……? わぁっ!!」

 城戸の口を押さえていた掌に、ぬるりとした感触がして慌てて手を外す。その瞬間、ちゅっと可愛らしい音が鳴った。

「なにすんだよ変態! いっ、いま舐め……ッ」
「だって、あんまり気持ちいいから」

 どうやら城戸は、口元に触れた僅かな時間で俺からドラッグを摂取したようだ。瞳がまるで蜂蜜のように蕩けている。

「ねえ、やっぱり俺とシてみよ? 全部教えてあげるから」

 甘ったるい顔を傾げながら、俺を見つめる。ぺろりと自身の唇を舐める姿がやけに扇情的で、思わず背筋に何かが走った。
 確かにこの男相手なら、性別なんて何の問題にもならないかもしれない。せめて体だけでも繋がりたいと願う者も多いのだろう。……でも、

「俺に全部教えて、仕込んで、それからどうなんの?」
「え?」
「エッチして、楽しんで……アンタが飽きるか、また他に相性の良い奴見つけたら、俺はお払い箱になるんだろ? どっちにしろ、地獄しか待ってないよな」

 城戸は何も言わずジッと俺を見ている。

「俺の母さんは、クランケであるオヤジに相性が良いって誑かされて、散々体を弄ばれて挙句孕まされて……結局番になることもなけりゃ、籍すらも入れてもらえずにゴミみたいに捨てられた」

 会ったこともない父親と自分のどこが似ているのかなんて知らないが、俺の顔を見ると思い出すからと、母親とは一緒に暮らすことすら叶わない。
 城戸が欲しいのは、ドラッグとしての俺の体だけだ。治療で相性のいい相手とのセックスに興味があるだけで、そこに俺と言う『個』に対する興味は少しもない。
 これでは、ずっと憎んできた父親と同じじゃないか。

「アンタは簡単に言うけど、そもそも……エッチって好きな人とするべきことじゃないの? 俺はイヤだよ、好きでもない相手とエッチするなんて」

 言い終わるよりも早く、ふふっと笑い声が聞こえた。

「梓、子供を揶揄っちゃダメだよ。可哀想だ」
「瑞樹」
「だって……ふふふっ」

 無表情の城戸に嗜められるが、それでも瑞樹は笑いを堪えきれないようだった。心底可笑しいと、その大きく綺麗な瞳に涙を浮かべて俺を見た。

「子供の君に、梓の相手はまだ無理だよね。僕もそう思うよ」
「なんで笑うんだよ、俺なんか変なこと言った?」
「ねえ梓、もう帰ろう? いつも通り、僕が治療してあげるから」

 瑞樹は馬鹿にしたように笑いながら、意味深に城戸の肩に指を滑らせる。この時初めて瑞樹がドラッグなのだと知った俺は、拳を握りしめた。

「可哀想なのはアンタらの方だ」
「……なに?」

 瑞樹の眉間に深く皺が寄る。

「好きな人としかしたくないって思うことが子供なの? 大人になったら、誰とでもできるようになるの? 心なんて必要なくなって、気持ち良ければそれで良いって?」

 そんな虚しい世界が、大人の世界なの? だったら、

「だったら俺は、大人になんてなりたくないッ!」

 叫ぶように言うと、瑞樹が鋭く俺を睨みつけた。

「あのさぁっ、世の中そんな綺麗事言ってたら──」
「瑞樹」

 決して大声を出したわけじゃない。それなのに城戸の声は妙に重くて、瑞樹もそのままピタリと口を閉じると俯いた。

「孝四郎くんは何もおかしくない、俺が間違ってた。……ごめんね」

 城戸がぺこりと頭を下げる。その様子には、俺も、そして瑞樹も驚いた。

「い、いや……」
「もう無理に会いにこないから、安心してね」
「へ……」

 困ったように笑った城戸が酷く弱々しく見えて、ドキリとする。

「瑞樹、行こう」

 俺に背を向けた後ろ姿が、夜道にじわりと消えていく。キツい目をした瑞樹が一度だけ俺を振り返ったが、やがて彼も城戸を追って消えて行った。

「な、なんだったんだ……」

 城戸の弱った顔が、どうしてか目に焼きついていた。


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2021/01/16





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