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switch V 【前】***


 清宮の卑怯な策略により、俺たちが正式にパートナーを組んでからもうすぐ三週間が経つ。あれからと言うもの、バイトと大学へ行く以外のほとんどの時間を共に過ごし、プレイをする度肌を重ね、求められるがままに深く繋がった。それが清宮とのプレイでは当たり前になっていたが、自分の尻に奴の立派なイチモツを突っ込まれる行為にはまだまだ慣れず、痛みと恐怖が伴う。
 今の俺にとって、それがSubとして褒美を貰う為の我慢≠ノなっている。

「伊沢くん、まだいける?」
「はっ…ぁ、むり…も……やっ」

 この半端じゃない清宮の体力は一体どこからやってくるのか。
 吐き出すものがなくなってからも永遠と続いていた抽挿が漸く止まり、すかさずイヤイヤと頭を振った俺の髪を、清宮はその長い指でゆっくりとすいた。

「そう? じゃあ今日はここまでにしよっか」
「も…早く抜け……ンあッ!」

 花の蜜を煮詰めた様な声を俺の耳に落としながら、ズル、と中から清宮が抜け出す。その感覚にもまだ慣れず、思わず変な声をあげた。清宮が口角を持ち上げる。

「まだ中だけじゃイけないね」
「ぁ…たりめ…だろ…ッ」
「でも、後ろ無しでもイけないよね? 痛ッ!」

 俺の腰をまだ意味ありげに撫で上げた清宮の手を叩き落とした。

「さっさと終われよ!」
「ざぁんねん。じゃあ口、開けて?」

 言うが早いか互いの唇はあっと言う間に重なった。
 大人しく開いた唇の隙間から、ぬるりと清宮が忍び込む。荒い息を宥める様に息継ぎを促しながら、俺の好きな場所を擽り遊んでいく。
 与えられるものの中で、唯一気に入っているのが清宮のキスだ。この優しく慰めるようなキスが、Subに変貌した俺にとって極上の褒美≠ニなっていた。そしてこれが、俺たちのプレイ終了の合図だった。
 ぢゅ、と音を立てて唇が離れる。

「も…眠い」
「じゃあ少し寝よっか。起きたら一緒にお風呂入ってぇ、お出かけしようね?」
「風呂はひとりで入る。そんで帰る」
「ふふ……ダメ」
「チッ」

 休日になる度に昼の街を連れ回されるのもまた、当たり前になりつつある。清宮によって俺の生活は、どんどん変化を遂げていた。


 ◇


「清宮くぅん、私にも命令して〜?」

 こうして清宮が、見ず知らずでありながら随分と自信ありげなSubに声をかけられるのも、街を歩けば毎度の事。

「ごめんねぇ? 俺、パートナーいるからさぁ」

 清宮は必ず断る。パートナーが居ると言えば、大抵の奴は不服そうにしながらも諦めて去っていく。例え俺が冴えない見た目であっても、D/Sの間で首輪を着けたパートナーの存在は大きい。
 清宮はD/Sの間でかなりの有名人だが、それはswitchができるからだけでなくDomとして有能だからだ。そんな男が俺だけにその才能を向けようとするのだから、それはそれは大きな優越感を俺に与えていた。

「ぇえ〜、ちょっとだけ! ね? ちょっとで良いからぁ」
「ん〜」
「ホントにちょっとだけ! それで諦めるから、ね? 良いでしょう?」

 今日の相手はいつになくしつこかった。声も大きく、周りからの注目を集めている。基本人当たりの良い清宮も、流石に戸惑いの表情を浮かべた。まぁ、それでも結局は断るだろうけど。だってこいつには、俺がいる。

「うん、分かった」

 は? 驚いて清宮を見た俺を、清宮は見ない。

「一回だけ。今回限りだからね?」

 そう言って清宮は、この俺の目の前で。嫌らしく媚を売るSubを受け入れた。


 DomとSubの関係性はとても不思議で難解だ。友達でもなければ恋人でもない。例えD/Sパートナーが存在していても、そこに婚姻関係の様な確固たる証は何もない。互いに恋人を作り、結婚することも当然できる。恋愛関係とは全く別のフィールドで繋がっているのが、DomとSubなのだ。
 自身の恋人や結婚相手にD/Sパートナーを作ることを咎められないのと同じように、自身のD/Sパートナーに恋人を作ることや結婚することを咎めることはできない。
 首輪を着けた他人のパートナーに手を出すことはモラルを欠いた行為だと認識されているが、それ以外は特別厳しい決まりはない。場合によっては複数首輪付きのパートナーを持つ者も存在する。つまり、首輪を与えた俺というパートナーがありながらも別のSubに命令を下そうとする清宮の行為は、マナー違反に当たらない。咎められない。
 案外、D/Sパートナーとは虚しい関係性なのかもしれない。

「Kneel」

 清宮の澄んだ声が支配の言葉を落とせば、その後ろで思わず俺が膝を折りかける。が、何とか思い止まった。今日の俺はまだswitchをかけられていない。この命令は、俺に向けられたモンじゃない。
 真っ直ぐに命令を向けられたSubは、恥らいながらも道のド真ん中でいそいそと清宮の足元に座り込んだ。
 桃色に上気した頬と共に大きな瞳で支配者を見上げるその姿は、Domからすれば苛めたくて堪らなくなる程いじらしい。まだDomのままである俺も、無意識に唾を飲み込んだ。

「よし、いい子」

 所謂おすわり≠セけをさせて、清宮は目の前のSubの頭を優しく撫でた。たったそれだけのことを褒美と受け取ったSubは、大きな瞳を蕩けさせ、自身を撫でるその手に嬉しそうに擦り寄る。

「清宮」

 手とSubが再び触れ合う前に、ぐい、と清宮の腕を引いた。邪魔された事に気付いたSubが舌打ちをする。

「腹減ってんだよ、早くしろよ」

 眉間にシワを寄せて吐き捨てると、清宮は少しだけ驚いた顔をして、直ぐに大きな笑みを浮かべた。

「うん、ごめんね? 直ぐ行こうね」

 Subから引いた手を俺の腕へと伸ばす。それをサッと避けて背を向け、いま来た道を戻る。昼飯をどこで食うのかなんて知らない。ただ闇雲に足を動かした。
 何だか気分が悪かった。鳩尾の辺りがモヤモヤとして気持ちが悪い。後ろから慌てて俺を追いかけてくる清宮の気配に一瞬胸がすくものの、モヤモヤは直ぐに戻って来た。

「今日はどこで食べる? 何が食べたい?」
「………」
「俺が決めちゃってもいい?」

 返事をする気にはなれなかった。できれば今は顔も見たくない。だが無言を貫く俺に、何故か清宮は嬉しそうな笑みを向ける。そっと握られた手を振りほどこうとしたが失敗して、諦めて力を抜いたらもっと強く握られた。

「伊沢くん、すっげぇ可愛い」

 笑みを崩さない清宮が、俺の腕を引いて一歩前へ出た。先を歩く清宮を見て、ふと考える。
 真昼間の街中で同性と手を繋いで歩くのと、道の真ん中でおすわり≠させられるのは、果たしてどちらが恥ずかしい行為なんだろう。
 考えて、直ぐに馬鹿馬鹿しいと頭を振った。人に見られて恥ずかしい行為を強要されるのは、どちらにしろSubにとっては気持ちの良い行為≠ナしかなくなる。目の前のこの男は、パートナーが居ると言いながらも全く無関係なSubを気持ち良くさせた。
 考えなくても分かるその明白な事実に、何故か無性に腹が立った。



 しつこいSubの要求を受け入れた清宮の行動は、どうやらD/Sの間で直ぐに噂になったようだった。お陰で昼夜も場所も問わず清宮に絡む輩が増えた。こうなると最早首輪≠フ存在など関係ない。
 勿論その全てを相手する訳は無いのだが、それでも時折、清宮は俺以外のSubの相手をするようになった。
 やたらめったら受け入れている訳ではなく、相手を選んでいるみたいだったし、どれもあの日と同じく『Kneel』の一言で終わる簡単なプレイだった。時には面倒臭さを表情全面に押し出しながらすることもあった。だが、相手をしていることに変わりはない。その度に気持ち悪さが込み上げて、躰の中に黒いシミが広がるような感覚を覚えた。
 俺は決して、清宮に固執したりしてない。執着なんかしちゃいない。脅され無理矢理パートナーにさせられているだけなんだから、アイツが何をしてようと俺には関係ない。そう思う一方で、首に着けられた漆黒の首輪が酷く重苦しく感じるようになった。

(俺は特別なんじゃねぇのか? この首輪に意味なんてあんのかよ)

 今すぐ外して投げ捨ててやりたい。頭の中でそんな事を考えるようになって一週間が過ぎた頃、まるで見計らったように悪魔の囁きが落とされる。

「その首輪、外してあげようか?」

 深夜の居酒屋。店員としてテーブルの上で散らかされた食器を片付ける俺に、そいつは女の様な顔で綺麗に笑ってそう言った。



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2017/01/30



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